1.許されざる一匹狼(マーヴェリック)

 この国では春から内戦が続いておりました。同じ年の三月十一日には日本という国で大地震が起こり、五月の初めにはパキスタンで9・11の首謀者とされた男が米軍によって殺害され、おおよそ三週間が過ぎた今でも、戦火は治まる事を知らないようでした。


 * * * * * *


 曇り空の夜、東から続く広大な砂漠の道を数台のトラックが走っていました。幌に覆われた荷台の積荷は、大量の武器アームでした。イラク製カラシニコフ突撃銃、通称『タブク』、イスラエル製ウジ短機関銃、旧ソヴィエト連邦製RGD‐5破片手榴弾、それからPMN対人地雷、中国製六九式対戦車擲弾発射器ロケットランチャー……少し前までは東の国の戦争に流されていたそれらの火器は、今やこの国の火種を拡大させる為に、再び送り込まれてきているのでした。

 さてその密輸トラックの積荷の陰に潜むように、一人の少女が居りました。少女もまた、背中には大英帝国製リー・エンフィールド小銃を背負い、右腰のホルスターには鈍く銀色に光る回転式リヴォルバー拳銃『ピースメイカー』を提げ、じっと、息を殺していました。

 その日は少女の十歳の誕生日でした。第六の月ジュマーダー・アルアーヒラ二十二日、ちょうど十年前のその日、ハイジャックされた旅客機が二機、合衆国の貿易センタービルに突っ込みました。おそらく世界でいちばん聖書とコーランが燃やされた日でした。

 少女はホルスターから『ピースメイカー』を抜きました。そのグリップには羽を広げた鳥の意匠が刻印されていて――少女はそれを孔雀だと思いました。銃のお尻の装弾ゲートを開け、積荷のうちから357マグナム弾をいくつか拝借して、そのうち六発を装填するとホルスターにしまいました。それから同じく積荷である『タブク』突撃銃に、三十連発の弾倉を捻るように装着しました。

 ぶもももも、と異音を吐きながらトラックが止まりました。少女は『タブク』の安全装置を外し、音を立てないようにゆっくりとボルトを操作して、薬室に初弾を装填しました。

 武器の密輸に関わっていたのはトラック二台分、運転席と助手席を合わせて四人と、それからもう一台にいる護衛の六人でした。少女はトラックに便乗する際にそれを確認していました。

〈おいおい、またエンストかよ! 勘弁してくれ〉

アラビア語で話す声が聞こえて、二人がトラックから降りたようでした。もう一台のトラックはどうやら隣に停まりました。少女は声の方向に銃口を向けたまま、幌の切れ目まで忍び足で近付きました。胸のシースから、指をかける輪のついた三日月型のナイフを音も無く取り出しますと、少女はそれをライフルと共に構えました。すると、おあつらえ向きにこちらに背中を向けた男が、

〈おうい、休憩だ! ――いつまで? 修理が終わるまでだ!〉

と、護衛の六人に向かって叫びました。それが彼の最後の言葉になりました。少女は彼の首にナイフを刺しまして、ちょうど獣の爪が勢いよく皮と肉をひっかくように、喉を切り裂きました。その首にはフンコロガシを象った御守りがかけられていました。それから、乾いた砂の上にぽふりと着地をしました。少女は裸足はだしでした。

 それらはすべて無音でした。また闇夜が、鮮血や死体を覆い隠してくれてもいました。そこは見渡す限りの砂原で、ところどころ丈の短い草の生えるステップ気候帯でした。草は黙って風に揺れており、水の足りない赤い薔薇の花は枯れかかっていました。

(下弦の月は雲に隠れている)

 少女は思いました。もっとも、月の光クレア・デ・ルナよりもトラックのヘッドライトのほうが、だんぜん眩しいのですが。トラックの下に死体を隠すと、小高い砂の丘に目線をやりました。

(丘を越えれば、ひとまずやり過ごせるだろう)

敵はまだ煙草を吸ったり、小便をしたり、談笑したりしながら、車の修理の終わるのを待っていました。

 一人のゲリラが、煙草の煙を追って空を見上げました。すると、頭の上をちいさなこぶし大のものが飛んでくるのが見えました。それは低い背の茂みに入って、見えなくなりました。

〈なんだ?〉

男はそれを酔っ払ったトビネズミかなにかだと思いましたが――思っているうちに、それは化学反応で燃え上がり降り注ぐ白燐の粒子となって、破裂音を轟かせながら、

〈敵襲だ!〉

と叫ばないうちに、三人の男を炎上させました。

 少女は既に丘へと駈け出していました。すると白燐はやがて煙幕を発生し、ゲリラたちの視界を遮りました。が、修理をしていた男が狼のように斜面を登る少女の姿を捉え、肩からカラシニコフ小銃を下ろし、ボルトをがしゃんと操作して初弾を装填しました。

 それとほとんど同時に少女は舌打ちをして、側面に回転するように倒れ込みました。そして、戸惑った男が照準を合わせるより先に、仰向けになって『タブク』を乱射しました。弾丸は大腿動脈と肝臓を破壊しながら貫通し、放っておいてもそのまま失血死するのがその男の命運のようでした。

 煙幕から抜け出してきた何人かのゲリラたちが、少女に向けてカラシニコフ突撃銃やPK機関銃をめちゃくちゃに撃ってきました。でもその弾丸はほとんど彼女の頭の上を飛んで行っており、

(練度の低い奴らだ)

と、少女は思いながら、丘の中途にある岩を遮蔽物にするように、飛び込んで隠れました。

 少しの間、銃声が止みました。少女は衣嚢から手鏡を取り出して、向こうの様子を窺おうとしましたが、一瞬のうちに、轟音と同時にその手鏡は砕け散りました。

(――それでも腕の立つ奴は居るらしい。或いは、味方と居る事の連帯感と、責任の所在の曖昧さの故か……)

さて、岩場の後ろに釘付けになってしまった少女は、とりあえず『タブク』の弾倉を交換し、セレクターを全自動に切り替えました。怒号と銃弾が飛んでくるのを無視しながら、セムテックス爆薬の無線起爆装置を取り出して、耳を塞いで口をぽかんと開け、そしてスイッチを押しました。

 トラックが火を吹いて爆発しました。

 それはほとんど花火のようでした。銃弾と砲弾を満載した荷台は、色とりどりの曳光弾を飛び散らせ、周囲を昼の明るさにしました。

 左側面から、別働隊として動いていた数人のゲリラが叫びながら突撃してきました。少女は『タブク』を連射しましたが、弾倉を撃ち切るより先に、銃が回転不良マルファンクションを起こしました。

「――これだから自動式は」

 少女は装弾不良を解消するより速く、右手で撃鉄を起こしながら『ピースメイカー』を抜きました。そして撃ちました。その轟音が届くより速く、弾丸は相手の脳漿をブチ撒けました。それから、扇を煽るように左手で撃鉄を何度も叩いて、至近距離のゲリラたちを一網打尽にしました。

 一帯は途端に静かになりました。少女は『ピースメイカー』をホルスターに戻し、『タブク』の作動不良を調べました。すると、粗悪な弾薬が膨張し薬室に張り付いているようでしたので、少女は溜息を吐いて、『タブク』を捨てました。

 拳銃を装填する音がしました。少女は振り向きざまに『ピースメイカー』を抜いて引き金を引きました。撃鉄はかしゃんと金属音を立てて落ちました。

「十一人いたのか」

言いながら少女は倒れた男の拳銃を足で払い退けました。それからそれを拾って、スライドを引いて初弾を手動で排莢し、安全装置を外しました。

「ひぃっ! ころ、殺さないで」

「お前らは誰だ? この辺りの人間ではないな――あのフンコロガシの御守りは太陽神ケプリ……それにこの銃は、エジプト製のベレッタだ」

「――雇われたんだよ! 俺らはただの運び屋だって」

「誰に雇われた」

少女は拳銃を男に向けました。背の低い男は両手を高く上げて、

「下っ端の俺らが知る訳ないだろ! イラクか、トルコか……ともかくその辺の組織だ!」

「そいつに会ったのか?」

男はうなだれて首肯して、

「……おかしな奴だった……この暑いのにガスマスクを付けて、革の手袋に長袖のカミース、白いパーカーを頭から羽織って……腰には、ナチスのパラベラム・ピストルを吊るしてやがった……まるで、亡霊が服を着ただ」

「……やはり、アポロが……」

少女は引き金をゆっくり絞りだしました。すると男は慌てて、

「ま、まま、待てって! 俺には家族も居るんだ、分かるだろ? なぁ、おい、助けてくれよ、何でもするからさ!」

と、嘆願しました。

 少女は眉を上げて、男の足元に目をやりました。

「いい靴だ」

すると男はそそくさとその軍用ブーツを脱いで渡しました。

「そしたら、穴を掘れ。ひとつで充分だ」

命令された男はすぐさま砂の海をスコップで掘り始めました。少女はブーツを履くと、堅く紐を締めました。男の背が低かったので、歳の割には背の大きい少女には、丁度いい大きさなのでした。

「深さはそのくらいでいい。そうしたら、穴の中に入れ」

男は肩の深さまでの穴に入りました。少女は銃を向けたまま、足で砂を穴の中に戻しました。すると、男はほとんど身動きが取れなくなりました。

「目をつむって、口を大きく開け」

言われた通りにすると、鉄の味のする大きな林檎様のものを押し込まれました。目を開けると、それは手榴弾でした。男は叫びたいのにうまく声が出ず、ただ鼻息を荒くしただけでした。

 少女は男の口の手榴弾の安全ピンを抜きました。そして、それを指でくるくるさせながら、

「いいか? 手榴弾はこのピンを抜いてもレバーを押さえていれば、爆発しない。レバーにピンを挿し戻せば、もう大丈夫という事だ」

そう言って、天高く安全ピンを放り投げました。男は声にならない呻き声を上げました。少女は指笛をぴぃぃぃ、と鳴らすと、

「非道いと思うか? ……私は随分寛大だぞ? 何せ、お前に生き残るチャンスを与えたんだからな。――這ってでも探す事だな」

そう言うと、闇の彼方から駆けてきた葦毛の馬に飛び乗りました。その馬の顔は蒼褪めていて――燃える車の火や、主人の少女にすら、酷く怯えた様子でした。

 少女は背中のリー・エンフィールド小銃を馬の鞍に差すと、そのまま西の方角へと走り去ってしまいました。


 埋まった男はあついなみだをぼろぼろ流して、ひとり思いました。

(ああ、助けてください、神様……といっても、まじめに聖典なんて読んだことも無かったが。あの宣教師が言っていた聖書の節はなんていったか……――ああ、ヨハネの黙示録第六章、その八節。

『見よ、蒼ざめたる馬あり、これに乗る者の名を死といひ、陰府よみ、これに従ふ、かれらは地の四分の一を支配し、剣と飢饉と死と地の獣とをもて、人を殺すことを許されたり』…………

『第五の封印を解き給ひたれば、かつて神の言のため、またその立てし証のために殺されし者の霊魂の祭壇の下に在を見たり』…………『彼ら大声に呼はりて言ふ、「聖にして真なる主よ、何時まで裁かずして地に住む者に我らのをなし給はぬか」』…………)

口に手榴弾を咥えた男は、目をつむったまま、そして眠りに落ちてゆきました。その顔は憔悴しきっていて、それでも、その手榴弾がしばらく爆発しない事は、確かのようでした。

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