私にはわかりません

内田 薫

プロローグ

第1話 勘違いじゃないですよ

子供の頃、自分は何でもできる特別な人間だと思っていた。勉強も一番。運動だって一番。足の速さにいたっては男子よりも速かった


 そんな私を、まわりが褒めて、喜んでくれて。凄くなんかないよと、謙遜はするものの、内心まわりから頼りにされる自分が誇らしくて大好きだった。


 クラスで学級委員を決める際、周りの推薦を嫌がる振りはしても、決して辞退などしなかった。


 リーダーシップを発揮してクラスの手綱を握れるのは私しかいないと、内心思っていたから。実際に私が学級委員を務めた期間は、大きな問題などおきたことがなかったし、それどころか普通以上に上手くいっていたのだ。

 だから私はこの先も、中学、高校と何の弊害もなく進んで行くんだろうなと、子供ながらに飛躍して考えていたのだ。


ホント……今思えば、思い上がりも甚だしい。

もしも、タイムスリップして、この時間にメッセージが送れたとしたら、私はこう送るに違いない。


”───と。





 高校二年の春


 後輩に恵まれるこの季節。なんだか学校全体が浮き足立っているように感じる今日この頃。体育会、文化系の奴らがこぞって一年生を部活動に勧誘していた。


 この学校は進学校には珍しく部活にも力をいれており、経験者だけでなく、まったくの初心者でも体験入部などを交え幅広く勧誘している。さらに特待生なども積極的に受け入れており、特に野球や柔道などは優秀な成績を収めていたりする。


 「肉体を極め、精神の向上をはかる」が、校長の口癖なだけに、部活に全力なのだ。


 しかし、部活に力を入れるとはいうものの、やはりここは進学校。部活と勉学、どちらの方に力をいれているのかと問われれば、勉学の方がしっかりと力を入れている。


その証拠に、この学校には頭が良い奴だけを集めた特別学級なるものが存在する。

当然、校舎も一般とは違い、授業内容も全然違う。ここだけ見ても、部活の特待生組とは、期待のそれがまったく違うのが伺える。


 “甲子園出場”よりも“東大現役合格”の方が受験生が集まりやすい為、優遇度合いに歴然の差があるのも仕方がない。


 部活も良いがまずは勉強。


 そういわんばかりにクラス替え早々、特別学級では無く一般のクラスでも早速進路希望調査が行われていた。もちろん、受験は来年だが、将来、理系文系と分かれるんだから早めに自分の進路を考えておけよということだろう。


 だが、これはあくまで“希望調査”だ。


 だから別に自由に書いても言い訳である。何も普通に大学に行くことだけがすべてじゃないだろう。


 「だからってこれは無いんじゃないですか、如月さん?」

 「どこがですか?進路希望を書いただけですけど?」

 「それでもこれはないでしょう。なんですか印税暮らしって…作家にでもなるつもりですか?」

 「そうですね、それが理想です」


 授業は終わり、閑散とした職員室で学年主任の大沢は大げさに溜息をついた。


 現在17時過ぎ。私は今、職員室に呼び出され進路希望について尋問を受けているところである。


 「確か如月さんは理系でしたよね?作家になるなんて専門外なんじゃないですか」

 「はあ……」


 先生と生徒という立場にも関わらず、敬語で話す大沢に、こちらもお返しにと大げさに溜息をついてみせた。私は、この普通とはちょっと違う先生が苦手だ。


 「いいですか先生?何も作家になる事だけが印税暮らしをする方法ではないんですよ。21世紀に代表されるような物を発明する。発明までの工程を3つ4つに分けて、ゴーストライターが書籍化。それだけじゃなく、発明するまでの涙の工程をドキュメンタリータッチで映画化。悪用されないよう特許を取ることも忘れません」


 ほぼ妄想で終わるだろう確率の方が高い進路希望を語ると、大沢はニッコリと笑顔で続ける。


 「なるほど。そういう方法もあるんですか」

 「わかっていただけました?」

 「では、発明までのプランは?」

 「は?」

 「開発までのプランですよ」

 「それは今から考えてっ…て、痛い!ふれらないでよ!」


 言った瞬間、両頬をつねられる。まさに私が苦手とするのはこういうところだった。


 一見、無害そうな顔と口調なのだが、それは見た目だけの話であって、嫌味を言ってくるのは日常茶飯事なのだ。口調が変わらないから尚タチが悪い。しかも、今のご時世、こういう暴力的なことってアウトなんじゃないですかね。


 「お生憎様ですね。私も、こういうことをする生徒は選んでますよ。如月さんは頭だけは良いですからね。問題をデカくすると自分もめんどくさい目に合うのが分かっているから、大騒ぎはしないでしょ?」

 「……………」


 確かに当たってるけど、この人最低だな。周りの先生が部活の顧問でいないからってやりたい放題ですね。


 「話を戻します。如月さんはこの紙をちゃんと見たんですか?」


 机に置かれた一枚のプリントを掴み、勢いよく眼前に掲げてみせる。近い近い。眼前過ぎて逆に見えないです。


 「希望調査、進路希望調査です。何を勘違いしてるのか知りませんが、夢を書けとは一言も書いていませんよ」


 確かに夢と言われてもおかしくない内容だったから、そう言われても仕方がない部分がある。


 しかし、私はそれがわかった上で、ただ一点の言い回しが気に入らず反論する。


じゃないですよ」


 勘違いなんかしていない。面倒臭いから適当に書いただけだ。

 それに、もう一度経験したこと。人間は数ある哺乳類の中でも脳が発達した動物。学習しなきゃ嘘だ。


 「そうですか。でもこれは受け取れません、書き直してください」


 新しい紙を私に押し付けると、机に置かれているコーヒーを手にし口へと運ぶ。穏やかな顔立ちに、その仕草はとてもマッチしていて一瞬問題を忘れかけてしまうが、慌てて抗議する。


 「ちょっと待って下さい。私は…」

 「ちょっとじゃありません。大体、21世紀に残る発明とか言ってますけど、だったら、なおさら大学に行った方が良いと思うんですけどね」

 「そんなのわかってますよ。ただ……」

 「ただ、なんです?」

 「…それって大学の研究所とかに入るってことですよね?私あまり人と喋るの得意じゃないですし、そもそも大学に受かるかどうかも怪しいとこですよ」


 それなりの大学に入るなら、今の実力では五分五分といったところ。就職難の今、中途半端にレベルを下げても後々苦労するだけ。先のことを考えるなら上を目指して行かなくてはならない。それは夢ではなく、ちゃんと現実を考えての答えだ。


「如月さんは頭は良くても、コミュ症なのが玉に傷ですね。さっきまでの勢いはどうしたんですか?ドキュメンタリータッチで書籍化!とか馬鹿なことを言ってたのに」


 隠しもせず目の前でクスクスと笑う。完全に馬鹿にしてるよこの人。


 「じゃあ、適当に大学の名前書いておきます。それでいいですよね?」


 笑われて若干腹が立たったので言い返そうとも思ったが、このままでは堂々巡りになると思い直し、私は強引に話を終わらした。


 「じゃあ、私はこれで」


 返事も待たず、このまま家に帰ろうと席から立ち上がる。と、そこを手で抑えられて、また大沢の正面に向き直される。


 「待って下さい。何も進路希望調査のことだけで職員室に呼んだ訳ではありません。さっきまでの話は、本筋への取っかかりみたいなもので、本題はここからです」

 「えー、まだあるんですか? もう何ですか、本題って。早くして下さい。早く帰りたいです」

 「そんなに嫌がることないでしょ…如月さんにとっても悪い話ではないんですから」


 ニコッと擬音が聞こえてきそうな笑顔。そんな胡散臭い笑顔で言われてもねえ…もしかして印税暮らしの秘訣を教えてくれるとか?


 「バカでしょ?」

 「冗談ですよ、それよりなんですか話しって?」


 そこで大沢は一度、目を竦めると一泊おいてコーヒーを机に置いた。そのあまり見たことがないくらい大仰な仕草に、不覚にも虚をつかれたのを自覚する。それだけ雰囲気が変わっており冷水をかけられたような空気だった。


 だが、それも後になって思い返せば納得できる。


 それぐらい、予想だにしないことを大沢は切り出したのだ。


「生徒会に入りませんか?」


そんな、考えもしなかったことを。


 「生徒会…ですか?」

 「そうです。まぁ生徒会といっても、正しくは、生徒会総務部なんですけどね。生徒会所属ではあっても生徒会活動などは行わず、基本的に生徒からの依頼に答える何でも屋です。私はそこの顧問をしてるんですよ。知ってましたか?」

 「知らないですよそんなの。初めて聞きました。ていうか、そうじゃないです。何ですかいきなり生徒会の誘いだなんて」


 話が唐突過ぎる。


しかも、入らないかなんて聞かれてもそんなの入らないに決まっている。こんな中途半端な時期に生徒会に参加した所で、嫌に目立ってしょうがないし、周りに気を使って苦笑いを浮かべている自分が目に浮かぶ。


 「そこは安心して下さい。現状、部員は一人しかいません。それに、その子は頭も良くて、なかなか切れる生徒なので案外話が合うかもしれませんよ」

 「それだけ出来るなら、尚更、私なんかいらないじゃないですか」


 なにを言ってるんですか、と半ば呆れながら答える。

 それには一理あると思ったのか、大沢は頭をポリポリかいた。


 「いやそうなんですけど…有能過ぎも実は問題なんですよ。如何せん堅物で、ことが上手く運びにくいんです。だから如月さんみたいな非人間的な人と組めば少しは部活動がやりやすくなると思いまして」

 「バカにしてるでしょ?」


 そんな理由で勧誘するとか正気ですかこの人。良いように利用してるとしか思えないんですが…もう少しオブラートに包むとかできなかったんですかねえ…。


 「あら? 気分を害してしまいましたか? すみません、言い方が悪かったですね。私は何も、部活動のことだけを考えて言ってるわけじゃないんですよって…その目はまさか疑ってます?」


 ジトっと、睨めつけるように見ていたので、さすがの朴念仁も気づいたみたいだ。でも、それは当たり前でしょ? 今の話を聞いただけで私のことを考えてるとは到底思えない。


 「んー…まあ疑ってるみたいだから説明しますけど、簡単な話ですよ。如月さんが部活動に参加してしっかりと仕事をしてくれたらの話になりますけど…」


 大沢はそこで一度言葉を切る。


 もったい振るように視線を泳がせると、子供っぽいイタズラ好きの少年のような笑みを浮かべながら言った。


 「大学の推薦を出してあげようと考えています」

 「んえっ!? ホントですか!!?」

 「近い近い!!!」


 考えてもみなかった答えに勢いよく椅子から立ち上がって大沢に詰め寄る。椅子が机に当たり職員室中に反響した。


 「何故ですか! どういうことですか!? 私、自分で言うのもなんですが推薦貰えるような人柄じゃないですよ!?」


 食い入るように詰め寄り、思いつく限りの疑問をぶつける。嘘なら嘘と言って欲しいのでこちらも真剣だ。


 「そんなことは分かっています。だから部活動をやるのが条件なんです。総務部は、生徒会活動と違い総じて人の役に立つような事が多い。如月さんみたいな人でも、こういう部活動をやっていたら、こちらも推薦を出しやすいんですよ。もちろん、成績が良いのが絶対条件ですけどね」

 「…………」


 詰め寄るのを止め、呆然として考えた。


 ボランティアをやるだけで推薦が貰える? おいしい。おいしすぎる。だが、過去の経験上、何か裏があるんじゃないかと考えずにはいられない。


 「ありませんよ。大体、如月さんを騙して何の利益があるんですか?」


 …まあ言われてみれば確かにない。確かにないのだが無性に胸がざわつく。昔とは自分含め、なにもかも違うはずなのに。


 「……何故、私なんですか? 他にも推薦が欲しい子なんていっぱいいるじゃないですか。理由を教えて下さい」


 椅子に座り直し、正面から真っ直ぐに見つめる。


 普通だったらその場で参加を希望するのだろうが、疑り深い嫌な自分が顔を出して、つい聞いてしまう。

 

こんな態度じゃ相手がイラつくのはわかっているが、後々痛い目に合うのはゴメンなのだ。


 「聴く程の理由じゃないですよ」

 「それは、私が決めることです」


 言い返されるのは予想済みだったのか特に気にかけた様子はない。それどころか嫌な顔一つせず、優しい笑みを浮かべながら答えてくれた。


 「如月さんをね、このままにしておきたくなかっただけですよ」

 「え?」


 その答えに、奇しくも動揺する。しかし、努めて見せないよう言葉を返した。


 「どういうことですか?」

 「そのままの意味です。私は、如月さんの担任ではありませんでしたが、去年から教師としてずっと見てきました。勉強はしてますけど、クラスにはまったく馴染めていない。話しかけられても、そっけなく対応するだけ。まるで人を避けるようにいつも退屈そうにしていますね」

 「……よく見てますね、でもその発言セクハラですよ」

 「そうですか? そう言われても目についてしまった物は仕方がないですからね」


 大沢は草のように細い息を吐くと椅子に体を預けた。


 椅子からギイギイと金具特有の音が聞こえ、ある程度体重をかけてるのがわかる。その金具が戻る反動でまた元の体制へと戻ると大沢は続けた。


 「如月さんがどんな人生を歩んできたかは私は知りません。でも、初めから人を避けていたわけではないでしょう?」

 「…………」


 その問いには答えなかったが、変わりに眉間に皺が寄った。


 図星を突かれたというのもあるが、なにより、何も知らない奴が表面だけ見てわかったように語られていることに無性に腹が立ったからだ。


 無言で自信なさげに見えたというのは否定しないが、それがすべてを肯定することにもならないだろう。


 「もしも私の思い違いなのだとしたら謝ります。でも、その生き方はきっと将来あなたの枷になる。苦労して後悔することになる。だから、変わって欲しいと思って誘ったんです。活動を通して如月さんが変わってくれたらって思ってね」


 言葉を返そうとするが上手く出てこず、黙秘を続ける。

 大沢は、それにと付け足す。


 「さっき推薦が欲しい子なんてたくさんいると言ってましたけど、如月さん程の成績であなたより問題がある生徒なんかいないんですよ。贔屓している訳じゃないし、なにより教師として見過ごせない———ただ、それだけですよ」

 「そうですか……」


 優しい口調で話す大沢は何処か寂しさを感じさせる。


 『あなたより問題がある生徒なんていない』なんて軽口を叩きながらも、しっかりとこちらを見据え答えを待っているようだった。


 「……………」


 誘うには何か理由があるはずと思い聞いてはみたが正直困ったことになった。まさかこんな理由だとは思いもしなかったから。


 他人ならいざ知らず、私には単純なようでいて、この上なく複雑な問題だ。


 大沢の答えは変われと、自分を変えて欲しい…と。


 今の私は過去の経験からきた性格なのだ。それを否定しては辛い思いをしてきた事が無になってしまう。私には、それが耐え難く嫌で、そして怖い。

他人に言われ、おいそれと変えてしまえるほど簡単な事ではない。


「………………」


 しかし———そう思えたのも束の間で、水を垂らした紙面のように少しずつ、だが、確実に違う感情が自分を満たしてきていたのを感じていた。


 それは、明確な負の怒り。


 大沢に対しての怒りはもちろん、確信を持って否定できなかった自分自信に対する憤りだった。


 「…先生」

 「なんでしょう?」

 「最後にもう一つだけ聞いてもいいですか?」


 大沢は無言で頷く。


私自身、怒り先行で感情をぶつけるのは好きじゃない。気に食わないと自覚しているが故に、尚更感情を押し殺して平然を装う。

 

 「先生は私に変わって欲しいとの事でしたが、それって私が変わらないと推薦はもらえないってことですか? 部活を始めたとしても、それだけで変われるとも思えないんですけど」


 推薦が貰えるのは確かにありがたいが、自分を偽ってまでその資格が欲しいとは思わないし、思えたとしても長続きはしないだろう。


 そんな私が、部活をやったところで考えを改められるとは到底思えない。


 「そうですね、如月さんの意見はもっともだと思います。ただ、基本的に総務部は人の依頼で動く部活なので人助けの仕事が中心です。私はその仕事柄、如月さんも変わってくれると信じてるんですよ」

 「質問の答えになっていません。結局、変化がなければ推薦はなくなるんですか? それだったら仕事をこなしても無意味になる可能性があるので、入部なんて絶対しませんよ」



 仕事をするが条件なら入っても問題はなさそうだが、私自身の根本を推薦の対象にされては話は変わってくる。


 自分の事とはいえ自分ではどうしようもないこともある。入力されればバカ正直に動いてくれるような機械ではないのだ。


 「そんなに入りたくないんですか? 私としては、変わってくれるのが理想なんですが……んーじゃあ、こういうのはどうです?」


 得意気に人差し指を立てる大沢。なんですか、それ。


 「一度仮入部してみるというのは」

 「仮入部、ですか……?」

 「そうです、一度入部してみるんですよ。仕事を通して見えてくる部分があるかもしれないし、仮入部なら入りやすいでしょう?」


 大沢なりに妥協点を模索した結果なのだろうか。辞めやすく、それでいて入りやすい。


 さすが胡散臭い詐欺師みたいな大沢が考える手だ。そのやり口には呆れるを通り越して関心すら覚える。


 「それはそうですけど……でも、それって仕事をこなせば推薦がもらえるって意味ですか?…それだと私なら適当にやってこなすかもしれませんよ」


 大沢はフムッと何処か得意気な顔をして再び背もたれに体重をかけた。


 「例え上っ面で仕事をこなしたとしても、私はそれが悪いとは思いませんよ。それに今のあなたと比べたら逆に高評価ですよ。そうですね…まあ、今の性格で部活を続けられるのなら続けてみせて下さいよ。続けてみたら変化はなくとも、なにか答えが見つかるかもしれませんし、それなりの評価をいたしましょう」

「……そうですか」


私は、先を上回る苛立ちを自覚しながらも、努めて冷静を装った。


 まったくもって安い挑発、子供扱いも甚だしい答えだ。

 

馬鹿にするにも程があると思うし、何よりそんなものが通用するとでも本気で思っているのだろうか。私のこと何も知らないくせに。それこそ表面しか知らないのに……


 「…………」


 と——————まあ、ブツブツ文句言うあたり腹が立ったのは事実だったし、結果からみればそう思われても仕方がない部分があるんだけど。


 ———正直な話し言い返してやりたいのが本音だ。


 変われ?苦労する?


 考えれば考えるほど、それを否定したい自分がそこにいた。

 大きな声で言ってやりたかった、今を苦労しない為に今の自分がいるのだと。それが私の答えだと。


 昔、なにがあったのか———学校はもちろん家族でも、それを知る者は両親ぐらい。それに、いたとしてもどうでもいい。今の私とは別人だから。


そう、別人だからこそ今の自分を否定するようなら食ってかかってでも間違ってないと証明してやりたかったのだ。


 否定して、否定して、自信を持って今の自分に確信を持ちたかった。


 だから、私は対抗心にも逆境心にも似た感情を抑えながらも、大沢にこう答えるのだった。


 「じゃあ、お試しで…一度だけ……なら」

 「まさかやってくれるんですか!?」


 歯切れの悪い口調が聞こえ辛かったのか、もう一度確認してくる大沢に私は大きく頷いてみせた。


 一度だけ。一度やってみるだけだ。


 ————間違いなんかじゃない。


 そんな思いを隠しながら。


 「如月さんならそう言ってくれると信じてました! やはり如月さんはツンデレですね!!」

 「別にツンした覚えはないし、デレてもいません」


 喜んでいるのか、大沢が手を取って何度も握り返してくる。止めて下さいセクハラです。


 「参加してくれるなら、なんでもいいです。じゃあ、早速、総務部のある部屋へと参りましょう」

 「えっ! 今からですか!? 私、夕飯の仕度があるんですけど…」

 「すぐに終わります! ほら行きますよ!」

 「ホントに行くんですか!? ちょっ…引っ張らないで下さい先生!……ちょっ…やめ…離せって言ってるでしょこのセクハラ教師!!」


 無理やり私の手を引っ張ると職員室から出て勢いよく階段を駆け上がる。精一杯の抵抗も虚しく、もうすでに後悔し始めている私は、されるがままに後ろを付いて行くしかなかった。

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