第11章 過去と絆と友情と

(1) 私たちのアイコン!?


 ――― わたしたちのアイコン!?


 火曜日午前の明るい日の光が差し込み、天井からは空調の涼しい風が流れるオフィスでさくらたちフローラの3人の声が反響していた。SVは3人の顔を見てからうなずいた。


 「そうよ。これから活動していくにあたってね。同じデザインの色違いとかでもいいわよ。要するに、このアイコンはこの子ってファンが理解できれば十分だから」


 まだ勤務時間前で、私服のままだったフローラの3人は互いに顔を見合いながらSVの言った意味を考えていた。そして最初に口を開いたのはどうやら意味を理解したらしい美咲だった。


 「なるほど、なるほどー 私たちのシンボル、目印みたいなかんじですねー?」

 「他の子たちにはこの前伝えておいたんだけど、あなたたちはちょっと忙しそうだったからね。みんなはどう? 考えてみた?」


 SVの後半の言葉は応接エリアでソファーに座りながらわいわいやっていた他のメンバーに向けたものだった。舞とこまちがソファーに並んで座っていて、SVの言葉を聞くとテーブルに置いていたスケッチブックを開いて掲げてみせた。

 こまちの開いたページには、環を持つ惑星をモチーフにしたアイコンがあり、色違いで3つ描かれていた。


 さくらがそれを見て、しみじみと感心していた。


 「すごいね。これ、こまちちゃんが、描いたの?」

 「むふふーん」


 ドヤ顔をきめて得意そうなこまちだった。

 美咲がさくらの隣にならんでスケッチブックを見ながら、「ほー、すごーい」とさくらと同じように感心していた。


 「これ、3つとも色違いなだけ? 土星なのかな?」

 「違う! 天王星、木星、土星!」

 「え? そうなの? わっかあるから同じかと思った」


 いずみがそれを見てなんどか頷きながら気が付いたことを口にした。


 「あー、太陽系で環があるのは3つだもんね。そういうこと」

 「正解! ぷらす、占星術!」

 「占星術? わたし、そっち方面詳しくないからな」

 

 反対側に藤森と一緒に座る広森がおだやかな表情を浮かべながら、いずみの話に付け加えた。


 「木星はともかく、確か土星と天王星は凶星だったと思うけど……いいの?」

 「おk! 意味、重要!」

 「こまちちゃんは、天王星で青なんだったよね? 意味は……」

 「変化! 革命! 主張!」


 美咲がそれを聞いて、いずみになるほど、という笑顔を見せた。


 「こまちちゃんらしいよね?」

 「まあね。ところで、フェアリーリングは?」


 それには舞が答えた。


 「私たちはみんな同じ妖精さんの翼で、色だけ変えようって」


 コピー用紙に手書きで描いたらしいアイコンの絵は、シンボル化された妖精さんの小鳥の翼のような両翼の間に、それぞれの名前をローマ字で入れる、というイメージのようだった。


 さくらたちは3人で顔を見合わせながら、ある意味で当然な結論に達したようだった。みんなが思っているであろうことをさくらは口にした。


 「やっぱり、私たちはお花、だよね」

 「そうだよねー、いずみんもそう思うでしょ?」

 「まあ、私たちはフローラなわけだしね」


 舞と藤森が3人に話に同意した。

 なんだか舞が楽しそうに目を細めていた。


 「うん、やっぱり美咲ちゃんたちはお花だと思うよ。どんなのがいいのかなー?」

 「お花のアイコン、かわいいですねー! それで、アウローラのみんなのアイコンが決まったら、きっとかわいくて素敵な感じになるとおもいます!」


 みんなの話を聞いてがぜんやる気がでたらしい美咲は、気分を高揚させたのか目を輝かせながら、ぴょんと小さく飛び跳ねた。そして両手を胸の前で握って、たのしそうなその笑顔をさくらといずみに見せた。


 「よーし! なんか、ますますアイドルっぽい感じになってきた! 私たちのアイコン、どんなのにあるのかな! たのしみだー!」

 

 そのうれしそうな美咲の様子を見て、さくらといずみも頷き合って同意した。


 メンバーの様子をみていたSVは、みんなが楽しそうにしているので安心したようだった。応接エリアにいるみんなが、お互いのアイディアなどをわいわい言い合っているのを眺めたあと、美咲たちに大事なことを伝えた。


 「こんな感じ、ていうのを決めてくれれば、あとは社内のデザイナーさんがちゃんとプロっぽく仕上げてくれるから。だから、どんなものがいいか、それぞれのメンバーで納得がいくように話し合って決めておいてね?」


 全員のうれしそうな「はい!」という声がオフィスに響いた。



          **



 エントランス周辺でのグリーティングを終えてシャワーと着替えを終えると、オフィスの応接エリアにフローラは集まり、城野からお盆の観光イベントについて説明を受けていた。駅前に貼られていたポスターが小さくなっただけのチラシが1枚テーブルに置かれていて、それに美咲が気が付いて手に取っていずみにみせた。


 「これ、待ち合わせの時に見たのと同じだよ。いずみんが見てたやつ」

 「そうだね。関係ないと思ってたけど、関係あったとは」


 城野は簡単な作りの進行台本を3人に渡しながら、「なんだ、知ってたんだ」と口にした。


 「それなら話がはやいわ。その通り、駅前のイベントよ。ココとミミもいっしょにね。それから……」


 バインダーで挟んだ企画書をめくり2枚目を見せた。

 そこには宣材写真が2枚あり、1枚は自分たち、もう一枚は見覚えのあるアイドルの3人組だった。


 「今回もFigure!フィギュアと一緒に出るわ。このイベントでは最初から一緒にステージ進行に関わるから、ライブの時とは違ってがっちり絡むわよ~」


 美咲がほほう! と前のめり気味でその写真を見た。

 さくらも興味深そうな目をそれを見ていた。


 「今度は、最初から、一緒、なんだね?」

 「いやー、ますます、なんか芸能人ぽくなってきてない?」

 「そうなの、かな?」


 美咲は乗り気になったようでうれしそうだった。

 いずみは、さくらが嫌がったりしないかと少し心配したが、そうでもなさそうなので少し安心して、それが表情に出ていた。


 城野はバインダーをくるりと引っ込めて次のページへめくり、腰に手を当てながら3枚目を読んだ。


 「で、重要なのはここから。当日の模様はテレビで中継される予定だから。ほら、AMBでお昼に情報番組やってるでしょ? あの番組のローカルニュースのコーナーで10分ぐらい取り上げられる予定だから」


 美咲がまた表情を明るくした。テレビに出るのがうれしいようで、やった、と口にしていた。


 「またテレビに出れるんだ! すごいなー フローラの名前が全国区に!」

 「残念。ローカルっていったでしょ? 放送されるのは秋田県内だけ」

 「えー、なんだ、じゃあ、いつもと変わらないじゃん」


 いずみが妹を叱るようなお姉さんの目で美咲に視線を送った。


 「贅沢いわないの。この手のイベントなんて夜のニュースでちょっと流されるだけでもありがたいぐらいなんだから」

 「そういうもんなの?」

 「わたし、いくつもイベント出たけど、テレビで中継なんて数えるくらいしかなかったよ。そもそもそれだって写ってなかったし」


 城野がうんうん、と頷いて3人へ顔を向けた。


 「そう。いずみのいう通り。中継があるだけマシなんだから。慣れてきたとはいえ油断大敵、しっかり進行を頭に入れておいてね」


 はーい、という3人の返事を聞いて、城野はみんなに配った当日の進行表を見るように促した。


 「それじゃ、当日の体制だけど、駐車場から会社のマイクロバスを出してもらえるからそれをロケ車にして、私がマネージャーとして、SVさんが責任者として同行するから。パークには久保田さんが残って他のメンバーをサポート。それで……」


 城野の声と空調の音がオフィスの中で流れ、打ち合わせは淡々と進んでいった。







 秋田の駅前から少し離れた再開発エリアの近代的なビルとは対象的に、一方通行の3車線道路を挟んだその小さなビルは、いかにも「雑居」といった印象だった。古くは無いものの、よく見かけるありふれたビルのひとつ、といったイメージだ。

 

 だが、一階にある調剤薬局の脇から小さなエレベーターと細い階段でつながる2階に上がると、入り口のドアには「関係者以外の方の立ち入りを固くお断りいたします」というよく見る警告のほかに、普通の会社ではまず見かけない警告文も張ってあった。

 

 ―― サイン・写真撮影などは他の入居者の方のご迷惑となりますのでご遠慮ください。ファンのみなさまのご配慮と応援に感謝いたします。

                     白井プロダクション ――



 アーニメント社はパークでの事業がメインなので例外として、秋田では一応最大手の芸能事務所である白井プロの事務所がここだった。いずみがいた事務所とは、レッスンやイベント管理などで協力体制にあったので、いずみもここの事務所には実は何度か訪れている。大都市の事務所と違って地方都市での芸能活動は事務所同士である程度協力しないとレッスンや仕事で不都合が生じるのだ。


 その白井プロは今ではローカルアイドル事業に本腰を入れていて、その中でも一番人気かつ有名なのはFigure!フィギュアだった。小資本の事務所である白井プロはプロデューサーが2名、事務員が1名というまるで何かのゲームのような体制で仕事をさばいていた。


 Figure!を担当している男性プロデューサーがわかば達と応接間で打ち合わせをしていた。他の数名のアイドルはこのビルの3階にある別会社のダンス教室でトレーニングを受けているところで、事務所の中は静かだった。


 渡された企画書のコピーを見て、わかばが「え!?」と声を上げた。


 当日一緒にステージに上がるメンバーがフローラだとわかったからだった。

 わかばの両サイドに座るさつきと佐竹が「ほうほう」と一緒に企画書を覗き込んでいた。


 「さっそく、王子様とぉ、いっしょだねぇ?」

 「よかったね、わかば」

 「はい! わあぁ こんなに早く一緒にお仕事できるなんて……」


 プロデューサーは3人が楽しそうにしているのを見て安心した。


 「喜んでもらえてよかったよ。フローラはこの前のステージが業界でもちょっと話題になってるみたいなんだ。秋田の話題がそれなりに盛り上がるのは僕たちも助かるんだ。秋田が注目されれば他のアイドルも売り込みやすくなるからね」


 ふーん、とさつきがうなずいていた。

 その間も、わかばはフローラの写真を見ながら目を輝かせていた。 



 さて、とプロデューサーが進行表を配りながら口を開いた。


 「それじゃ、当日の動きを説明するから。当日、ここに集まって会社のワゴンで移動する。そのワゴンが楽屋代わりだね。それで、その後運営委員の人たちと打ち合わせて、演者さん同士の顔合わせ。ステージの進行は、2枚目のタイムスケジュールを見てくれ……」


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