(6) 私たちが過ごす時間
撮影から二日たった月曜日。
イベントのグリーティングから戻ってきたさくらたちは、田所に声をかけられてこの前撮影した取材映像をトレーニングルームで見る事になった。着替えてトレーニングウェア姿になっていたさくらたちは、テレビに視線を向けて床に敷かれたカーペットに座っていた。
編集した動画はDVDに記録したものを持ってきていたが、元素材の入ったHDカメラも一緒に持ってきていた。そのテレビ台の前に置かれたHDカメラの中には、田所たちが日曜日にもいろいろなロケーションに赴いて撮影してきたキャストたちの動画が入っていて、エンターテイメント部以外のキャストも写っていた。使わなかった動画も含めて、自分たちの出演したシーンや顔見知りのキャストが写っているシーンなどを鑑賞した後、編集済みの動画の方も再生してみた。
「エンターテイメントに関わる人みんなを『仲間』ってことにして、イシュー・キャストとか、ファシリティー・キャストとか、いろいろ撮ってきたんです!」
田所は企画を一部変更したことをそうさくらたちに伝えた。
動画にはエンターテイメント部ではないが、普段からいろいろお世話になっているキャストたちがいろいろ写っていた。深雪が言っていたように、ロケーションや部署が違っても一つのステージを成功させるためにつながっている彼らは、確かに仲間といってよいとさくらたちは思った。
最後まで見てから、いずみが口を開いた。
「これ、編集も田所さんさたちが?」
「はい! 編集機材をお借りして自分たちで編集しました!」
「うん。いい動画だと思います。さくらたちは?」
さくらも同意してうなずいた。
「いろんな人が、いろんな場所で、私たちと一緒に頑張ってるって、わかるね?」
美咲もうんうんと頷いていたが、ん? と何かに気が付いたようだった。
「あれ? 何かが足りないような気が……」
「ええ!? なにか問題ありましたか!?」
田所が少しあわてていた。
美咲は考えながら口を開いた。
「んーと……これってエンターテイメント部のキャストが中心ですよね?」
「そうですね。アンバサダーさんやダンサーさんの事を知ってもらって、それを支えるキャストの皆さんのこともっていうコンセプトで……」
「なるほど、私たちの事を……あ!」
「え?」
いずみとさくらも気が付いた。
「私たちの紹介は?」
――――ああ!
田所が気が付いた。
たしかに、アンバサダーは全員写っているが、よくよく考えるとアンバサダーそのものを取材した映像を撮ってなかった。
舞やつばさたちの姿も撮っていたし、ずっとさくらたちが同行していたから「アンバサダーたちの紹介」という項目をストンと意識から外してしまっていたらしい。
「どどどど、どうしましょー! ああ! そうだ、今、今撮りましょう!」
いずみが「いま!?」とあわてだすと、テーブルの上に置いていたHDカメラを佐藤がさくらたちにむけた。
「それでは、どうぞ!」
さくらたちは3人でカメラの前に立ち、あたふたと笑顔を浮かべた。
いずみが応急で作ったモデルスマイルを顔に浮かべてコメントを始めた。
「私たちは、アンバサダー・キャストのユニット『フローラ』です」
それを受けて美咲が笑顔を作って口を開いた。
「えーと、それでは私たちの紹介をしますねー! いずみんと、さくらと、わたし、美咲の3人ユニットで……あれ? どうしたの?」
佐藤と田所がすまなそうな顔をしていたので、美咲はカメラを回していた佐藤に思わず声をかけてしまった。
「今の、なんかダメだった? やる直すよー?」
「いえ、あの……カメラの容量不足で保存できません……ごめんなさい!」
―――ええ!?
さくらたちの声がトレーニングルームに響いた。
フローラの3人がトレーニングルームでわやわやしている間、SVはオフィスの自分の机で久保田がプリントアウトしてくれた会議資料を読み込んでいた。
このあと監督を交えてエンターテイメント部マネジメント計画会議が予定されていて、そこで提案されることになっている新たな計画について記載されていた。
その計画は、パーク内で行われている店舗やアトラクションのステージの管理を店舗運営部や運営部からエンターテイメント部に移管したうえで、そこでステージで演じていたキャストを異動させて人事を統合する、というものだった。
エンターテイメント部では、すでにアウローラ・ユニットとは別の、パーク外でのタレント的な活動を行うことを目的としたユニットの新設が予定されている。
計画の概要には次のように書かれている。
――― エンターテイメント部の収益部門化をさらに促進し、パーク外での芸能活動を通してパークおよびアーニメントのブランドを確立することで、当社の収益構造の強化と安定化を図ることが本計画の基本的なベースラインである。また、通常時はパークで業務に従事することで、タレントとなるエンターテイメント・キャストは一定の雇用と収入を確保することが可能となり、雇用者・被用者双方に対し相互の利益を担保しつつ先行する芸能事務所等との差別化を図ることで、広く人材を確保することが可能であると思料され……
そして別にプリントアウトされた書類をSVは手に取った。その書類には「エンターテイメント部・新ユニット候補者」と表題があり、いくつかの顔写真とプロフィールが印刷されていた。その書類の一番最初のページには、2人の名前と写真が上がっていた。
その顔写真の下には名前があり、
樽山 深雪 下村 絵智子
と書かれていた。
その顔写真をしばらくSVは眺めていたが、そこに書類の束を抱えた城野が声をかけてきた。SVはその書類を他の種類の束に一緒にまとめると、城野と一緒に会議のためにエンターテイメント棟に向かってオフィスを出て行った。
トレーニングルームには、STARやフェアリーリングも集まってきた。トレーニングが始まる前に、みんなで田所からもらったDVDを再生してみた。
たまたま撮影の時にいなかった広森が、みそのたちが藤森手作りのお菓子を食べてながら和んでいるシーンを見て、ひそかに「ぐぬぬ」と口の中でつぶやいていた。だが、藤森に「今度、彩音さんもいっしょにお菓子作りませんか?」と誘いを受けて表情を一変させて眩しいくらいの(少し濁った)微笑みを浮かべた。
「それなら、今度一緒に私のうちで作りましょう? 私のお母さんもお菓子とかよくつくるからオーブンとかミキサーとか、いろいろ道具もあるわよ?」
「ほ、本当ですか!? じゃあ、舞ちゃんもいっしょに?」
「え? いいんですか? 私そんなに料理とかできないですよ?」
「もちろん! 舞ちゃんもだよ! いっしょにいろいろなお菓子つくりたいな」
くひっ、という表情と不釣り合いな煩悩の混ざる声は小さすぎて舞には聞こえなかったようだった。当日のきゃっきゃうふふな想像でもしたのか、舞と藤森が楽しそうになにか相談しているのを、やさしそうな(だが、若干気持ちの悪い)笑顔で見守っていた。
STARの3人はいつも通りみんなでぎゃーぎゃー騒いでいた。
キャラクター・ハンドラーのお姉さんの自白シーンで、こまちとつばさが騒がしく何かを言い合っていた。
「お姉さんのユニット見せてもらってたけど、あれは間違いなく重課金兵だったぜ。うちも持ってないSSRでメイン固めてたぜ?」
「ガチ勢!」
「こまちがほしがってた奴、2枚ももってた」
「ぐぬぬ」
田澤は話の意味が理解できないらしく「なに? ゲームの話?」と二人を見比べていた。こまちがすかさず「チャレンジ!」と両手を上げてぴゃーっとアピールしていた。
「田澤さんもやれってさー」
「えー! 私、ゲーム苦手なんだよなぁ」
「大丈夫大丈夫、うちだってシューティングとか苦手だけどこれはできてるし」
「ダンス! 勉強!」
「ゲームで勉強になるの? 指でやるんでしょ?」
「まあまあ、ほら、リズム感の勉強にはなるんじゃないかー?」
STARもフェアリーリングも、なんだか賑やかで楽しそうだった。
さくらは、トレーニングルームの騒がしくも楽しそうな風景を、なんだかうれしそうに眺めていた。
ぺたんと女の子座りしていたさくらに、となりで足を崩して座っていたいずみが表情に気が付いて話しかけた。
「さくら、どうしたの? なんか楽しそう」
「え? そう見えた?」
「うん」
「……なんか、みんなの声が聞こえるって、安心、て感じ、して……」
さくらを挟んで反対側に体育座りしていた美咲が、さくらに背中から抱きついた。
「なになに~? さくら、なんか楽しそうだね~」
「うん、ちょっと、今、たのしいなって、お話してた」
さくらが視線をみんなの方に向けたので、いずみも美咲もそれに合わせた。3人の目には、楽しそうに話したり、じゃれあったりしているみんなの姿が写っていた。さくらは背中の美咲と一緒にその様子を眺めながら、自分の心を確認するような声で小さく口を開いた。
「私、みんなと一緒になれて、うれしいな」
そうつぶやくさくらの穏やかで温かそうな表情を見て、美咲もいずみも同じように頬をゆるめた。いずみはさくらと同じようにみんなを見ながら話しかけた。
「さくら、本当にみんなが好きなんだね」
「うん……ずっとみんなと、ステージに立っていたい、な」
えへ、と恥ずかしそうにいずみに照れ隠しの微笑みを見せた。
あまり本心をさらけ出さないさくらにしては珍しいことだといずみは思った。だから、いずみはそれがさくらの本心なんだろうと直感で理解した。さくらの言葉に、いずみは微笑み返しすこし頷いた。
美咲がもう一度背中越しにさくらを抱きついた。
「心配しなくても、ずっといっしょだって! 私たちみんなでアウローラ・ユニットなんだから! ね!?」
さくらは美咲に肩越しに笑顔を向けた。
友達にだけ見せる、それはさくらにとっては無意識な、でも特別な笑顔だった。
仲間たちと過ごす時間がとても貴重なものだと、さくらは心から思うようになった。
ほんの2か月前まで、こんな気持ちになることはなかった。
美咲と一緒にアンバサダーになることを決めたあの日から、とても濃い時間を過ごした2か月間だと、このトレーニングルームに集まるみんなの姿を見て再認識したのだった。この時間がずっと続くと、さくらはそう思い込んでいた。その思い込みが正しいのかどうかは、まださくらにもわからない。
アウローラ達のはじめての夏は、彼女たちの絆をさらに温めながら中盤へと時の流れを進めた。背中に夏の少し熱を帯びた空気と自分の親友と呼べる女の子の存在を感じながら、さくらは目を閉じてみんなの声に耳を傾けていた。
――― このにぎやかな、楽しい時間がずっと続くこと無自覚に信じながら……
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