(6) わかばの涙、さくらの心
公開収録は進んでゆき、各地のゆるきゃらを紹介するパートが始まった。フローラの3人は、アンバサダーコスチュームに、これは初お披露目となるロングブーツを着用したスタイルで、秋田県パートの司会進行を務める。
番組の趣旨にあわせて「ろこどる:秋田県チーム」と書かれたネームプレートを付けていた。ろこどる、という点にさくらは違和感があるようで、それをつけるとき、少し戸惑っていた。美咲といずみはまったく気にしていないようだったが。ゆるキャラではないものの、秋田で一番有名なキャラクターと言えばココとミミであり、東北全体で抜群の知名度があることもあって、フローラの3人とともに秋田県内の他のゆるきゃらたちと一緒にステージに上がっていた。
MCを担当する秋田のローカルタレントの女性が、フローラの3人のコスチュームを褒めていた。
「すごい! なんかアイドルみたいですね! ものすごくかわいいじゃないですか!」
会場から拍手があがった。3人はありがとうございます、と笑顔でお礼をいった。中央に立つさくらが、事前に決めていた台詞を口にした。
「私たちは、ココとミミ、そしてアーニメントの仲間たちと一緒にこれからもふるさと秋田の、そして東北のみなさんにハピネスをお届けします! パークアンバサダーは、パークと地域のみなさんの懸け橋になれるよう頑張りますので、応援よろしくお願いしますね!」
いつもと違い流暢に台詞を口にして、明るい笑顔を会場に振り撒いた。ココとミミがうなずいて、3人を紹介するようなポーズを見せた。観覧者は拍手でそれに答えた。そして、いずみが司会を進めた。
「それでは私たちの秋田県で活躍するゆるきゃらたちをご紹介しましょう!」
その声にあわせて、ステージの裾からナマハゲやら猫やらキツネやらをモチーフにしたゆるきゃらたちが美咲の誘導でステージの中央にあつまり、美咲が各キャラクターの名前や設定を紹介し始めた。各県のゆるキャラ紹介のセクションは問題なく終了し、全国のニュースと天気情報がはじまり休憩時間となった。
いずみと美咲はさくらが化粧を直している間、廊下でケータリングのドリンクサーバーから飲み物を紙コップに入れて2人で話していた。美咲はどうやらステージがうまくいったと思っているらしく、上機嫌だった。
「なんか、楽しかった~! 最初は緊張したけどお客さん達楽しんでたみたいだし」
「そうね。おもったより盛り上がったね」
「うん。さくらのこと、ちょっと心配だったけど元気になってよかった!」
「……そうね」
「ん? いずみん、さくらのこと、まだ心配?」
「うーん……正直にいうとね」
「あー……さくらがいってたこと?」
「私はさ、モデルの経験もあるし、昔もいろいろ…… で、まあ、さくらのいいたいこともちょっとわからなくもないんだよね」
「アイドルじゃないのに、てこと?」
「さくらが言いたかったのは、アイドルと違うとか、多分そういう事じゃないんだと思うんだ」
いずみは紙コップを小さくまわしてドリンクをかき回した。そのドリンクの動きを見ながら考えをまとめていた。
「アイドルの子はまさにこういう場所で活躍するために存在するでしょ? でも、アンバサダーは本来パークの広報大使なんだよね。仕事を奪ってる、というのは確かにそういう面はあると思うんだよね」
「うーん……なんか難しい話?」
「ん? そうかな、美咲に難しいかな」
「えー! なんか、頭弱い子扱いされてる気がする……」
いずみはニヤリと人の悪い笑顔を浮かべた。
「自覚できてるなら、いいんじゃない?」
「もう、もう!」
「でもさ、美咲はどう思うの? パークの広報と関係なさそうな仕事の事」
美咲は腕を組んで、んー、と考えた。
「私、難しい話はわかんないけど、お客さんとかファンとかが楽しんでくれれば、もうそれでいいなって思う! だって私の事、応援してくれるのうれしいもん!」
美咲は人好きする笑顔をいずみにみせた。そして、ちょっと考えてから口を開いた。
「なんか、答えになってない気がする……こういうところが頭弱いのかな?」
いずみは、口元を少し緩めてクールな笑みを美咲に見せながらそれに答えた。
「別に間違ってないよ。さくらのいうことも、美咲のいうことも大事だと思うよ」
「いずみはどう思ってるの?」
「私? 私はさ、そこに来るまでの事とか、立場とかステージの上じゃ関係ないと思うんだ。ステージで共演する人はみんな仲間だと思ってる。だから、私はステージの上では全力で自分の役を演じていたいんだ。仲間ってそういうものでしょ?」
――さくらも、同じこと考えてると思うんだよ。
だから、"アイドルの邪魔をしてないか"なんてことに気が付くんだ。
でも、その答えはステージの上でしか見つからないと思うんだよね――
「なんか、考えまとまんないや……」
いずみはベラベラと柄にもないことをいった事に気が付いて、顔を少し赤くしながらドリンクの残りを口にした。美咲が、はぁ~… といずみを見つめていた。
「いずみん、やっぱかっこいいね」
「んぐっ…… 急になによ」
いずみは紙コップをゴミ箱に恥ずかしそうに捨てた。
ガチャリとドアが開くとさくらが化粧直しを終えて出てきた。
「おまたせ。ごめんね、休憩、できた?」
「ばっちり!」
いずみは持たれていた壁から背中を離し、3人一緒にリハーサル室へと歩いていった。
**
定刻から2時間以上遅れてフィギュアたちを乗せた機は、秋田空港に到着した。シートベルトの着用サインが消えると同時にわかばたちは立ち上がって、座席の上の荷物入れからカートケースを取り出し、ボーディングブリッジが接続されると小走りで到着ロビーへと進んでいった。
空港ビルの前にある送迎区画に止められた事務所のワゴンに飛び乗ると、ワゴンは御所野方面につながる自動車専用道に向けて走り出した。ワゴン車についているテレビをつけると、すでに青森県の「あっぷるがーる」が"りんご・ふぁんふぁーれ"という曲のステージをはじめていた。予定では「あっぷるがーる」は、地元代表としてフィギュアがオープニングを歌った後に登場するはずだった。
プロデューサーが助手席から振り向いて3人に教えた。
「さっき連絡があって、僕たちは最後に1曲だけに歌うことになったから」
「なにをぉ、歌うのぉ?」
「『はじまる、輝く、物語』だ。『We are Figure!』はキャンセルになった」
わかばが目を丸くした。
「え!? でも、『We are Figure!』は一番大事な曲……」
「わかってる。でも、『物語』は新曲だ。ここで発表するということで放送局とは約束しているんだ。わかってくれ」
「うう……わ、わかりました……」
明らかに意気消沈するわかばを、隣に座る佐竹は肩を抱いて慰めた。
「みんな、わかってくれるよ。だから、元気出そう?」
こくん、とわかばはうなずいた。
気が付くとワゴンは御所野のショッピングセンター前を通り抜けて、国道13号線に合流するために新興住宅地の中を進んでいた。
**
わかばたちの到着時刻が判明すると、番組の責任者がステージをモニターしているSVに耳打ちした。ステージ上では、秋田のローカルヒーローとその悪役が場を盛り上げていた。その流れをフローラが進行台本に従って番組を進めていた。ローカルヒーローの主題歌を歌う超有名な男性声優が、「ゼェーーーーット!!」と叫びながらポーズを決めると、会場から歓声が上がった。
次に控える宮城県のロコドルが舞台袖に立ち、声優が主題歌を歌いだすと、フローラの三人は舞台裏にひっこんだ。そのタイミングでSVが3人を呼び止めた。
「ステージの前に、覚悟決めといてっていったわよね?」
3人はコクンと頷いた。
「フィギュアは、間に合っても最後の1曲しか歌うことができなさそうなの。フィギュアの子たちが準備する間、フローラでステージをつなぐわよ」
いずみが「やっぱり、そうなったか」と腕を組んだ。
SVは腰に手を当てて、メモした進行台本を読みながら説明を続けた。
「フローラに依頼が来た理由は、舞台の場数が多いからってことらしいわ。応急対処ができそうって評価ね。それで、まあ予定外だけど1曲歌ってもらうわ」
美咲がぱぁっと顔を明るくした。ステージで歌えるとは思っていなかったからだ。
「はいはい! 覚悟は決めてましたー! なに歌えばいいの!?」
「もちろん、『FlorA!』よ。音源はもう渡してあるから」
さくらが遠慮しがちに視線をSVに向けた。
「あの、私たちがトークで、つなぐのはダメ、ですか?」
「さくら、ステージで歌うの不安?」
「いえ、そうじゃ、なくて……」
視線を逸らしたさくらは、悩みが浮かぶ瞳をもう一度SVに戻した。
「その、アイドルの人たち、きっと2曲、歌いたかった、て思って……」
「そうねぇ……だけど、準備の時間を考えるとトークだけでつなぐのはちょっと厳しいかな。フィギュアが最後に歌って、それからエンディングにつなげる予定だから」
いずみは、さくらの背中に手を当てた。
「さくら、彼女たちがちゃんとステージで歌えるように手伝うって考えよう?」
「いずみちゃん……」
美咲もいずみにのってきた。
「そうだよ! 私たちの歌、みんなに聞いてもらおうよ!」
さくらは、ふたりの顔を見ると「うん……」と小さくうなずいた。
久保田さんがやってきて、リハーサルルームでディレクターさんが打ち合わせをしたいとおっしゃっていますと伝えにきた。
リハーサルルームで簡単な打ち合わせが行われた。そこで、ステージではCDに収録したものの短縮版(部内ではステージサイズと呼んでいる)を振りつきで歌うことになった。あわただしいく番組が進行していき、まともに練習するヒマもなく、フローラたちの出番があっという間に近づいた。
急遽パークから届けられた花をアレンジしたヘアアクセを着用し、ブーツの紐を締め直すと、SVに連れられて舞台袖に移動を始める。ディレクターからは「少しトークで時間を稼いでください。プロンプターで合図を出しますから」と伝えられた。
廊下を移動していると、バタバタと音が聞こえた。
到着したフィギュアのメンバーが廊下を走っていた。
さくらは、少し先に見えるその子たちの姿に視線を送った。
自分たちが代わりに歌うということで、いい顔をされないのじゃないか、と心配になったからだった。そのせいで、少し緊張してしまった。
だが、佐竹とさつきの後ろについて、何か話しながら駆けてきたわかばは、さくらたちには気が付かなかったようだった。さくらは近づいてくるわかばの顔を見た。わかばの目には涙が溜まっていた。今にも大声で泣き出しそうだった。
――ファンのみんなが、待っててくれたのに!
わかばの、その泣き声が耳に届いた。
さくらは、その顔を見て、ハッとした。
そして、自分が大きな思い違いをしていることに気がついた。
私、一番大事なこと、忘れてたんじゃ……
駆けて行ったフィギュアの背中を視線で追いかけていたさくらは、小さく、だが、心の中で何かを決めた表情を浮かべ、こくんとうなずいた。さくらが立ち止まっているのに気が付いたいずみが、さくらに声をかけた。
「さくら、ほら、時間ないよ」
振り向いたさくらの表情から、さっきまでの戸惑いの色が消えていた。
舞台袖に移動し、3人で並んで出番を待つ。
美咲が、いずみの隣から顔をのぞかせた。
「さっきの子たちがフィギュアだよね。顔見た?」
「泣いてた、ね? 一番、ちっちゃい子……」
「自分が悪いわけじゃなのに。やっぱりアイドルはファンが大事なんだねぇ」
ふたりの間に立ついずみが、美咲とさくらの手を取った。
すると、スタッフがライトをかざしはじめ、リーダーらしき男性が「スタンバイ、お願いします」と声をかけた。いずみはさくらに顔を向けた。
「いくよ、さくら、美咲。ここからは司会進行じゃない、私たちのステージだよ」
フローラの前に立ち、私物のライトで二人の足元を照らすSVが「3人なら、できるから。がんばってね」と声をかけた。3人は瞳に力を込めて頷いた。
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