(7) ココロ色あんさんぶる
MC役のローカルタレントの女性が、「次はちょっと予定を変更してこの子たちです、どうぞ!」とフローラを呼び込んだ。
最初は大きな拍手が上がったが、さっきまで司会をしていたフローラの3人と気が付くと拍手の音は小さくなり、あれあれ? という空気が漂い始めた。
まるで、何か番組内のミニコーナーでも始まるのか、というような雰囲気だった。中央に立ついずみがマイクで会場に呼びかけた。
「時間がたつのは早いもので、ろこどるステージも残すところあと2曲となりました」
事前に公表されているセットリストでは、2曲歌うはずのフィギュアの姿が見えないこともあって、ますます会場の空気にあれあれあれ? という疑問の言葉が増えていた。いずみが少し残念そうな顔を(意図的に)して、会場の観覧者に呼びかけた。
「フィギュアのみなさんですが、今日はココに駆け付けるまでにいろいろあって、今ようやく到着したところなんです。今日は2曲を予定していましたが、予定時間内には残念ながら1曲しか歌えそうにありません」
会場にどよめきが広がった。フィギュアは今東北で一番人気のあるローカルアイドルユニットであり、率直にいえば、フィギュアを見ようと観覧に応募した人も多数いるのだ。事前物販でもフィギュアのグッズは完売が出るほどで、1階の「コール&レスポンス可能エリア席」のファンの半分ぐらいはフィギュアのファンだった。そのエリアからは明らかに落胆の空気が出ていて、「えー」という声も漏れ聞こえていた。
いずみは「安定のいずみ」の特性を発揮して全く動じていなかったが、美咲が少し不安そうな目をした。さくらは、いずみが話を進める間、会場の様子を眺めていた。プロンプターには「もう少し 話のばして」と表示されていた。
いずみが何か言おうとした時だった、さくらが前に一歩でた。
予想外の動きに、さすがにいずみもさくらに視線を向けた。
だが、さくらの表情に迷いがないことに気が付いて、あえて口を出すのをやめた。さくらは、マイクを両手で握り、会場に呼びかけた。
「フィギュアは、ファンのみなさんに、そして、秋田のみなさんのために、今急いで準備しています。だから、もう少しだけ待ってあげてください。代わりができるかわかりませんが、私たち、一生懸命歌います」
ガヤガヤしていた会場の空気が少し変わった。フローラがなにかを歌うという事がわかり、みんながステージに注目し始めた。
プロンプターの表示が変わり、GO! と表記された。
美咲が笑顔を作り、会場に呼びかけた。
「私たちの歌、ステージで初めて歌います! 聞いてください!」
3人は声を揃えた。
―― FlorA!
"ひとつ ひとつ ひらいてゆく
胸の中の ちいさな つぼみ
咲かせよう わたしのFlorA!"
ロコドルのファンたちは、最初、「遊園地の広報係の歌」という程度の認識だったようだ。だが、イントロが流れ3人が歌い始めると視線が変わり始めた。
"ひとりで咲く花も きれいだね
温室育ちの お嬢様
でも、ホントは知ってるんだ
ガラスの向こうの 知らない明日!"
今まで座っていた何人かが、コンサートライトを付けて立ち上がった。
つられるように、さっきまで残念そうに座っていたフィギュアのファンが立ち上がってライトを振り始めた。その反応が連鎖して、次々にファンたちが立ち上がってコールを始めた。
"風のメロディー 聞こえたら
1,2,3 さあ、ステージへ!"
舞台裏に設置されたテレビから聞こえるファンのコールに、出番を待つフィギュアの3人は気が付いた。画面に映るいずみの顔を見て、わかばが気が付いた。
「お、王子様…!?」
「本当だ、あの時の。なんで歌ってるの?」
「でもぉ、すごい盛り上がってるよぉ?」
わかばはその画面にくぎ付けになった。
「王子様が、歌ってる…」
"色も形も みんなちがう
だから 歌えるんだ
こころ色の あんさんぶる
届けに行こう! 世界広げよう!"
スタッフがフィギュアに「準備お願いします」と声を変えると、3人は舞台袖に移動するためにその場を離れた。
"ひとつ ひとつ ひらいてゆく
夢の中の ちいさな つぼみ
きみと、わたしと つないでゆく
あふれるほどの 笑顔の花を
咲かせよう みんなのFlorA!"
曲が終わり、最後のポーズを決める。
一瞬静かになったが、すぐに大歓声が会場に響いた。コンサートライトの波が広がり、無数の光が宝石箱のように客席で輝いていた。
ステージ中央に戻ったさくらたちは、瞳のなかに飛び込んでくるキラキラした輝きの渦といままで味わったことのないような昂揚感を、体の芯まで全身で感じて、熱い呼吸を胸いっぱいに吸い込んだ。
3人は汗だらけの、だが、満面の笑みを浮かべ、会場の観覧者に手を振った。
「ありがとうございました――――!!!」
さくらたちが声を合わせて、挨拶すると会場は拍手で埋め尽くされた。
いずみがマイクを握り直し、声をあげた。
「みんな、空気はあったまったかな!?」
観覧者が手やライトを振り、声を上げて反応した。
「さあ、みんな、次はお待ちかね! 私たち秋田のローカルアイドル、フィギュアの出番です、どうぞー!!」
ステージが暗転し、フローラは足元のライトと舞台袖のSVの誘導で入ってきたのとは反対側の舞台袖に小走りしていった。
そして、イントロが響く。フローラが舞台袖に到着するタイミングでステージにライトが戻り、ステージ中央にフィギュアの3人がポーズを決めていた。
そして、Aパートが始まる前の間奏で、わかばがマイクを握って呼びかけた。
「みんな、待っていてくれてありがとう! 聞いてください、私たちの新曲です!」
―― はじまる、輝く、物語!
新曲ということもあって、初見でコールを合わせてくるよく訓練されたファンは、ここぞとばかりにのこしていたウルトラオレンジのコンサートライトをバキバキ折って、全力で山火事のような光の波を作り始めた。
**
その曲が続いている中、メイクも落とさずにさくらたちは久保田がまわしたワゴン車に飛び込んだ。この後、パークで行われるショーに出演する予定があり、それに間に合わせるためだった。本来はこの時間にはパークに戻っていて休憩しているはずだった。
だが、予定外の出演でも、フローラの3人は文句をいうつもりはなかった。
それどころか、心はまだ高ぶり、心臓がバクバクいっているのがわかる。
車が走り出してしばらくして、ようやく落ち着いた3人は、お互いに顔を見合わせると、大きな声で笑い出した。昂揚感で胸が躍っているせいか、それはいつも以上に大きな声だった。
美咲が目を輝かせていた。
「すごいよ! アイドルが見る景色って、あんな感じなんだ!」
美咲の瞳は、コンサートライトの光がまだ写りこんでいるかのようだった。
「わたし、今日のステージの事、絶対忘れない!」
いずみもうんと頷いて、2人の顔を見た。
「あの光景は……、うん、忘れられないね」
そして、隣に座るさくらに興味深そうな顔をして尋ねた。
「でも、さくらが、あんなアドリブいれてくるなんて予想外だったな。あのアドリブで会場の空気が引き締まったよ」
「そうそう。あれのおかげで曲紹介に行きやすくなったよ」
さくらは、少し照れるような顔を2人に向けた。
「私、気が、付いたんだ。アイドルだから、とか、アンバサダーだからとか、そうじゃないんだって」
さくらはわかばが悔し涙を流していたの思い出していた。
「あの女の子が泣いてるの、見て。それで、思ったんだ。見に来てくれる、応援してくれるお客さんのために、自分ができることをするのが、きっと一番大事なんだって。だから、アイドルだから、アンバサダーだから、じゃなくて、目の前にいるお客さんに、一緒に、ステージにたつ"仲間"に、自分のできる一番のこと、しようって思った」
さくらは、胸につけていた「ろこどる:秋田チーム」と書かれたネームプレートを手のひらの上に乗せていた。その表情は霧が晴れた空を見るような明るい笑顔だった。
「私たちは、ゲストに、楽しんでもらうために、ステージに立つんだから。パークにいる人だけが、ゲストじゃなくて、目の前にいるみんなが大事なゲストだって、わかったんだ」
さくらを見つめる美咲といずみの瞳にも、夕日にも似た明るく優しい光が浮かんでいた。もうすぐ日没を迎える街のオレンジ色の光の中、ワゴン車は混雑する2車線の国道の車列を足早に進んでいった。
**
番組が終了しステージを降りると、わかばは廊下を急いで走って楽屋に向かった。フローラのいた楽屋に行くと、そこはすでに片付いて無人となっていた。そばにいたスタッフが「フローラさんたちは、スケジュールの関係でもう帰られましたよ」と教えてくれた。あとから追いついた佐竹とさつきも楽屋を覗き込んだ。わかばはがっかりしたようで、残念そうな顔をした。
「お礼、直接言いたかったのに」
「スケジュールじゃぁ、しょーがないねぇー」
「それにしても、あの王子様、アンバサダーだったんだね」
わかばは顔を赤くして佐竹の言葉に答えた。
「ピンチを助けに来てくれるなんて、本当に私の王子様です」
その言葉を聞いた、さつきと佐竹は互いに顔を見合わせ苦笑いした。
フィギュアのプロデューサーがそこにやってきた。
「何してるんだ? ……あー。なるほど」
楽屋の表示を見て理解したプロデューサーは、わかばたちに言い聞かせた。
「お礼は僕の方から言っておくから。さあ、はやく着替えておいで」
佐竹たちはうなずいて、無人の楽屋の扉をそっと閉じた。
**
その日の今年最後の夜竿灯の会場に、伊達メガネと帽子で顔を隠した3人の女の子が人混みに紛れていた。最終日ということもあって、人混みは前日よりもさらに多く、祭囃子にあわせた声も大きくなっていた。
竿灯大通りに並ぶ竿灯の提灯の優しい光の列を、わかばたちはしばらく見つめていた。ステージ前に悔し涙を流していたわかばに明るさが戻っていて、佐竹とさつきは安心していたようだった。佐竹がわかばの帽子に手を乗せた。
「よかったね。今年は見れて」
「はい。……来年も、こうして3人で見たいです」
「最初のころは変装なんかしなくても、こうしてみていられたのにね」
「応援してくれる人たくさんいてうれしいです。……でも、3人でこんなふうにしてる時間もうれしいです」
「応援か……ファンが増えるのは、いいことなんだけどね」
わかばは振り向いて、少しだけ成長したような笑顔を佐竹にみせた。
「応援してくれるの、ファンのみんなだけじゃないです」
「ん?」
視線を正面の竿灯にもどして、わかばは続けた。
「今日、わかりました。応援してくれる人、他にもいるって。アイドルとか、アンバサダーとか、そういうのは関係ないんだって、今日教えてもらいました」
さつきが、ふと、意地悪そうな笑顔に変えた。
「ふっふっふっー わかばはぁ、愛しの王子様ぁ、みつけちゃったもんねぇ」
「ええ!? あ、ちがいます、尊敬です! それに、王子様だけじゃなくて、一緒にいたお二人の事もです! ほ、本当ですよ!?」
佐竹が苦笑いしながら、わかばに背中から抱きついた。
「わかった、わかった。そのうち、一緒に仕事ができるといいね」
むにゅ~と、照れたような顔を帽子で隠しながら、わかばは視線を夜空に浮かぶ竿灯の提灯の列に移した。わかばたちの前に広がる竿灯の列は遠く山王の交差点まで、夜の街に穏やかな灯りをつなげていた。
―― その灯りは、わかばたちの心に優しい暖かさを伝えながら、祭囃子にのって星空のような街の夜空の中で踊り続けていた。
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