(4) 私たちの友情
普段であれば人通りは無くなる8時過ぎの秋田駅前も、竿灯3日目のこの日は多くの人で混雑していた。ショッピングセンターとデパートの間にあるアーケードの下には地域の物産品などを売っている露店が出ていて、さくらたち3人はその人混みの中を竿灯大通りに向けて歩いていた。
総合生活文化会館の裏手にある仲小路商店街を進み、陶器を扱うお店の前まで来ると、再開発エリアの人混みが見えた。そこにつながるこの道路もずいぶんと混雑していて、人の流れに乗るのが苦手なさくらが、少しフラフラしながら歩いていた。
それに気が付いた美咲が、さくらへ手を伸ばした。
「ほら、手、つなご? 迷子になっちゃうよ?」
「あ…、う、うん」
「いずみんもどうぞ!」
「いえ、ご心配なく。この程度の人混みはなれてるから」
「つれないなー」
「それより、さくら? 大丈夫? 人混み苦手?」
「うん。でも、大丈夫、だよ。それに、楽しいし」
そう、といずみが答えると、いずみは再開発エリアの方へ顔を向けて歩き出した。
「夕ご飯は……大町の方にも屋台村あるみたいだし、まずは、竿灯を見てみますか」
その言葉にうなずいて、さくらと美咲も後について歩き出した。
「そうだね! そういえば、さくら、竿灯見たことないんだっけ?」
「見たこと、ないわけじゃない、んだけど。お祭りとか、いかないから」
そこまで話していると、ふいに「みさきー!」という声が聞こえた。
美咲が振り返ると、そこに活発そうな同い年くらいの女子が2人いた。
「美咲じゃん! あ、テレビみたよー、この前のショーのやつ」
「そうそう。すごいねー、野球やってたとは思えない女子力」
「いやいや、野球と女子力は関係ないって。あ、この二人が同じユニットで組んでる友達なんだー」
そういって美咲はさくらといずみを女子に紹介した。
女子のうちポニテの女の子が「あー、テレビでみたー」と思い出したらしい。
「そうなんだー、うちら中学で美咲と一緒でね。そっかー、友達なんだー」
さくらはどう答えるか悩んで少し硬い笑顔で困ったように笑ったが、その間も美咲が手をつないでくれていたのに気が付いた。さくらは、美咲との関係をどう表現するか心の中で決めた。
「うん、美咲ちゃんと、友達に、なったんだ。よろしく、ね?」
「そうそう、学校も隣のクラスでねー、なにかと縁があるんだー」
2人の女子は、へー、そうなんだー、と何か感心したような顔をしていた。
その子たちは駅前に人を待たせているらしく、んじゃー、そのうちまたねー、手を振りながら歩いて行った。
さくらは、美咲に手を引かれながら、「友達、か……いいんだよね、それで」と少し恥ずかしそうな顔をしながら人混みの中へと進んでいった。その表情にいずみが気づいて、いずみはちらりとさくらの顔を見た後、顔を正面に向けて頬を少し緩めた。
かつてそこにあった産業会館という建物の跡地は屋台村になっている。そこは竿灯大通りのT字路のちょうど正面にあたり、さくらたちはその場所で人混みの隙間を見つけて大通りに連なる竿灯の明かりを見た。
祭囃子にあわせて、担ぎ手たちが竿灯を持ち上げ、高く舞うたくさんの提灯の光が街の空で揺れていた。おそらく何万人もいる竿灯大通りでは観客の歓声が上がっていた。
さくらたちの目の前で演技していた担ぎ手がバランスを崩し、美咲とさくらの頭上に竿頭が倒れてきたとき、いずみが右手を持ち上げて竿灯を支えた。
少し驚いていたさくらに、いずみが「大丈夫?」と声をかけると、さくらはなぜか嬉しそうに「うん……大丈夫、だよ?」と明るい笑顔を見せた。
美咲は、いずみの様子をぽーっと見ていたが、「どしたの?」といういずみの言葉で我に返った。
「いや、いずみん、かっこいいなーって思って」
「何、急に?」
「次倒れてきたら、私も守ってよー」
「美咲は頑丈そうだから大丈夫」
「えー、こんなにか弱い乙女なのにぃ」
「か弱いとか自分からいう子は、たいてい図太い子だから」
人の悪そうな笑顔を浮かべたいずみは、そうは言いつつも、美咲にあたらないように覆いかぶさる竿灯を右手で高く持ち上げ、担ぎ手たちが竿灯を戻すのを手伝っていた。やがて、その竿灯は別の担ぎ手によってもう一度持ち上げられ、稲穂のように高く立ち上がっていた。いずみたちは並んでその竿灯へと視線を向けて提灯たちが夜景の中で踊る姿を見つめていた。
大町にある旧大型店舗の跡地では屋台村が設置されていて、県内の名産品やジャンクフードなどが並べられて、多くの観光客が訪れていた。
焼き鳥や牛串、いのしし串などを焼くにおいと煙が漂い、アルコールの少し酸っぱい発酵臭が漂う祭り特有の空気の中で、いずみは仮設のテーブルが置かれたエリアでパイプ椅子に座りながら、周りの様子を眺めていた。
美咲とさくらが秋田名物のバター餅をつかったスイーツを買うとかなんとかいって席を外し、いずみが座席に置かれた荷物を見て待っているのだが、美咲が途中でクラスメートから声をかけられ雑談がはじまっていたらしく、なかなか帰ってこない。その様子を、美脚を組んで眺めていたいずみに、聞き知った声が聞こえてきた。
「いずみがこんなところにいるなんて珍しいね。誘ってもこなかったのに。何か心境の変化が?」
いずみがふりむくと、赤い太いフレームのメガネをかけた女の子が立っていた。さくらたちに練習部屋の使用を許してくれたダンス部の部長だった。Tシャツにハーフパンツの活発そうなコーデで、さくらたちに見せたのとはまた別の親しげな笑顔を浮かべていた。
顔を合わすのは数か月ぶりだったが、よく知っている間柄なのでいずみは組んだ足を直すこともなく、向こう側にいる美咲たちを指差した。
「今日はあの子たちの保護者でね。なんか、お世話になったらしいね」
「まあ、いずみと同じような事してる子がいたからほっとけなくて」
部長さんはいずみと同じ方向へ視線を向けた。
その先にいる美咲たちを眺めると、独り言のようにつぶやいた。
「蒼ちゃんが元気だったら、こんな感じに……」
自分の言葉に気が付いた部長さんは、表情を硬くした。
「ごめん、余計なことだったね……」
いずみはそれを聞いて、微笑みを崩すことなく小さく首を振った。
「別いいよ。蒼と仲良くしてくれたんだから。私もいい加減少しは大人になったし、いつまでも引きずってないよ」
部長さんは、「そっか……」とだけ答えた。そして、何かに気が付いて穏やかなな顔をいずみに向けた。
「いずみ、なんか表情柔らかくなったね。あの子たちのおかげかな?」
テーブルに肘をつき、握った手に顔を乗せたままいずみは視線だけを部長さんに送った。
「一緒にいて、いろいろ飽きないのは確かだよ」
肯定とも否定とも取れないことをいずみが口にして、部長さんはいずみが照れていることに気が付いて、小さく苦笑した。
遠くから、「ねえ、そろそろいくよー」という女の子が聞こえてきて、振り向いた部長さんは「今いく―!」と声のする方へ答えていた。
「ダンススタジオにも顔だしてね、みんな応援してるから」
「うん、ありがとう。そのうちに挨拶に行くから」
じゃあ、といって部長さんは友達と山王方面へと向かって行った。
**
ちょうどその頃、横浜にあるアリーナでは、ろこどるフェスが終盤に差し掛かっていた。わかばたちフィギュアのメンバーは一番人気のある曲のステージを終えて、ステージ上からファンにあいさつをしていた。その盛り上がりはかなりのものだった。顔を汗だらけにしながら、わかばが挨拶した。
「みなさーん! 今日は本当にありがとうございましたぁー! みなさんの声援のおかげで、わたし、今日は本当にたのしかったですー!」
歓声が会場を包んだ。
「普段は、東京のみなさんにはなかなか会えないですけど、でも、みなさんのこと、ちゃんとおぼえてますー!」
沸き起こった歓声で会場の空気とコンサートライトが無数に揺れて、光の波のように輝いていた。佐竹とさつきも手を振って歓声にこたえ、拍手の中をステージ袖へと向かって歩いて行った。楽屋に戻ると、さつきはわかばと佐竹に抱きついた。
「だいせいこぉー! よかったねぇー!」
「はい! 私、感動しました! それに、ステージの挨拶、噛まずに最後までいえますた! ……ああ、噛みました」
「ステージの上じゃないから、ノーカン、ノーカン!」
「そうだよぉー、わかばもぉ、めちゃカワだったよぉー」
わかばは楽屋の入り口に置かれた台の上にある楽屋花に目が留まった。
それは、まだ人気がでなかったころから支えてくれた、通称「古参兵」のファンたちから送られたもので、秋田で初めて行ったライブの際に、数少ないファンと一緒に撮影した写真が添えられていた。色紙には「ついに、ここまで来た!」と書き込まれていて、思いの強さが伝わる。
わかばは楽屋花にちかづいて、その写真を見つめた。
「明日は、地元のみんなに恩返ししないと……」
「……本当に、ここまできたんだね」
「うん。ずっと、支えてくれたみんなにぃー、いっぱい、いっぱい、恩返ししないとねぇー!」
**
屋台村を見て回り、イベントや竿灯演技を楽しんだ3人はいずみの家に向かうために、川反のメイン通りの一本裏を歩いていた。こちらの通りは居酒屋や料亭がある通りで、今日は車の通行が止められて普段以上の人混みになっていた。
その通りでは、竿灯大通りでの演技を終えて戻ってきた竿灯をみんなの前で再度披露して回っていた。街にやってきた観光客を楽しませることが目的で、記念撮影や小さめの竿灯での演技体験なんかをさせて盛り上がっていた。
人混みをさけるように、自販機の横にあるコンクリートの低い塀に寄りかかってその様子をみながら美咲が思い出したように口にした。
「そういえばさ、ちゃんと竿灯みたの初めてかも。意外とどういう風にやってるのか知らなかったなぁ」
「私も、小学生の時に、体験学習とか、それぐらいだった、よ?」
いずみは視線を竿灯に固定したまま、美咲たちの意見に同意していた。
「秋田に住んでる子って、意外とちゃんと見てなかったりするよね」
「そうそう。いつでも見れるから~って感じで」
さくらの顔をみると、さくらはうなずいていた。
そして、視線をもう一度竿灯に戻すと、耳に子供とその母親の声が聞こえた。2人の子供を連れた母親は、こどもたちに「きれいねー」と声をかけていた。
ふと、記憶がよみがえる。
秋田に移り住む前に母親が秋田に帰省した時、こうして一緒に竿灯を見た。その時に、母親と何か話した気がしたが、思い出せない。
ふと、手に暖かい感触を感じた。
視線を向けると、そこに、自分とそっくりな子供の姿が見えた気がした。それは一瞬で、いずみはコンマ数秒、呼吸が止まった気がした。
だが、その手を握った子は、その子供よりもずっと年上の女の子だった。美咲がいずみの顔を覗き込んでいた。
「ねえねえ、おばさんにお土産買って戻ろうよ。ほら、さくらがおねむタイムだよ」
つかれているのか、さくらが美咲の肩に頭を寄りかからせてぽけーっとしていた。ハっと気が付いて、「まだ、大丈夫、だよ~」とさくらは返事していたが、何がどう大丈夫なのか不明で、いずみはその様子に苦笑すると立ち上がった。
「じゃあ、この先の出店で何か買って帰ろうか」
「賛成~、あ、お好み焼き食べたいかも」
「はいはい、わかったわかった。コンビニよって飲み物もね」
**
横浜のアリーナでは公演が終了したフィギュアがホテルに戻るところだった。
移動のワゴン車の中からアリーナを見ると、正面の入り口に自分たち3人が写ったイベント案内用のバナーが置かれていた。
そのバナーが強い風で不意に揺れた。車内のラジオでは「明日の午後5時ごろまでは関東地方では強風が吹く天気となるでしょう」と天気予報を流していた。
わかばが不安そうに見ていたが、反対側に向かうライブビューイング放送用の衛星中継車の陰になって、そのバナーは見えなくなった。
佐竹とさつきが不安そうなわかばに声をかけた。
「大丈夫。明日の午前中のイベントで終わりだから」
「そうだよぉ~ 明日の今頃は秋田で打ち上げだよ~、ね~プロデューサー?」
車が動き出すと、疲れたからかわかばは目を閉じて眠りだし、さつきがブランケットをかけてあげていた。
**
交代でお風呂を済ませたさくらたちは、2階のいずみの部屋でBS放送を見ていた。その日のろこどるフェスのダイジェスト版があるとかで、明日のステージの司会進行の参考にするために見ていた。3人はメモを用意してライブの内容をかるくメモしたりしながら見ていたが、さくらは美咲たちとちがって、視線を固定して魅入っているような表情をしていた。
場面は、フィギュアの曲が終わり、挨拶しているシーンだった。
肘をついて手のひらで顔を支えて、いずみはその姿勢のままさくらの様子をみていた。さくらがアイドルファンという話は聞いてないので、ずいぶん熱心に見るなー、と少し不思議に思った。
そして、番組はCMに移った。
さくらは、ぼふっとベッドに寄りかかった。いずみから借りたパジャマを着て、ベッドに置いてあったクッションを抱きかかえていた。さくらはいずみに視線を送った。
「あの子たち、明日、一緒なんだよ、ね?」
「そうだよ。人気あるって聞いてたけど、ついにアリーナでライブとはねぇ」
さくらが視線をそらして黙り込んだので、いずみは顔を動かしてさくらを見た。クッションに顔を半分うずめて、さくらは遠慮しがちに聞いた。
「アイドルと、わたし達、一緒にステージに上がって、いいの、かな?」
「んー、どうしたの? 明日のステージ不安?」
「そうじゃ、なくて……私たち、アンバサダーだから……」
後半は声が途切れがちになった。
さくらの隣に座る美咲が見ると、さくらの瞼は落ちていて、心地よさそうな寝息が微かに聞こえた。
「さくらがバッテリー切れっぽいー」
いずみは立ち上がり、ベッドに行くと布団をめくった。
「ほら、さくら。私のベッド使っていいから。ちゃんと布団で寝ないと風邪ひくよ」
「んー……うん。でも、もっと、おしゃべりとか、したい……」
しかし、限界が来たらしく、美咲が促すと転がるように布団に入りクッションを抱きかかえるようにして眠り始めた。さくらの寝息が聞こえると、美咲が小さな声でいずみにささやいた。
「さくら、友達の家にお泊り、初めてなんだって」
「そうか……気疲れしたかな?」
「違うと思うよー? 楽しかったんじゃないかな?」
「そう?」
「だって、もっとおしゃべりとかしたい、とかいってたじゃん?」
二人でさくらの寝顔を確認した。なぜかおかしくなったのか、二人で顔を見合わせて小さく笑った。すると、いずみが立ち上がった。
「一階の和室の押し入れにお客さん用の布団あるから、もってこよう」
「えー? 3人でベッドに寝ないの?」
「狭すぎでしょ?」
「密着すれば!」
「何いってんの、この熱帯夜に……って、そもそも一緒に寝ない!」
「ちぇー」
二人が階段を降りて1階に布団を取りにいくと、さくらの寝息が部屋の中に響いた。その向こうでは、まだ続いている祭囃子が遠くから微かに流れ込んでBGMのように漂っていた。
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