(3) キャストのお仕事


 竿灯3日目の秋田は快晴、一方関東地方は風が強く、熱を帯びた風が街を吹き抜けてあらゆるものを加熱して回っていた。


 都内のハウススタジオでは、フィギュアのメンバーの3人が白いホリゾンテの前でカフェをイメージしたテーブルセットに座りながら撮影に臨んでいた。

 このハウススタジオはこの前も急激に成長している芸能プロダクションのアイドルたちが撮影していた場所で、アイドルファンの間ではちょっとした有名スポットで今日も何人もの聖地巡礼者がスタジオ前の道路でスマホのカメラレンズを向けていた。ハウススタジオの前に止まっている車のボンネットは卵が焼けそうなほど熱くなっていたが、スタジオの中は快適だった。


 いったん休憩になり2階にある控室に3人が向かうとテレビがついていた。わかばが化粧室からもどると、ドリンクサーバーからお茶を紙コップに流し込んでいた佐竹がテレビに視線を送りながら声をかけてきた。


 「ほら、なんか秋田のことニュースになってるよ」

 「これ千秋公園のところですねぇ」


 テーブルの小さい冷蔵庫からカップアイスを取り出していたさつきが、蓋を外しながらテレビとそれをみている佐竹に視線を向けた。


 「ふぅーん……なんか人がぁ、いっぱいいるねぇ」

 「明日はどんな感じになるかなぁ。予約は満席らしいけど」

 

 不意に窓ガラスが音を立てた。強い風が吹いて窓を揺らしたからだ。わかばが窓を覗き込んだ。スタジオの反対側にある木の枝が揺れていた。


 スタジオの裏庭にある誰かが掘った穴に、アイドルではなく落ちた木の葉が吹き込んで溜まっていた。それを見たわかばは不安そうな声で佐竹に外の様子を伝えた。


 「なんだか、風がつよいですね」

 「大丈夫だよ、これくらい」

 「明日もこんなに風が強かったら……」

 「天気予報だと明日は晴れるし、大丈夫」


 さつきがアイスを一口食べ終えてから、窓際に立つわかばの頭を撫でた。


 「新幹線だったら、よかったんだけどねぇ。飛行機じゃないとぉ、間に合わないからぁ」

 「そうですけど……」

 「秋田のお客さんも大事だけどぉ、東京のファンの人も大事だよーぉ?」


 さつきの言葉に佐竹も同意した。


 「そうそう。まあ、一番いいのは今日帰る事だけど、こっちのファンの人はライブの機会もなかなかないし、明日のライブも大事だよ」

 「はい。……そうですよね。私、明日のりゃいぶもがんまりまちゅ!……噛みましたぁ」


 そこにノックしてスーツ姿の男性プロデューサーが入ってきて3人に声をかけた。


 「明日のライブ、予定通り出演することが決まったから。がんばろうな。じゃあ、今日の撮影もがんばろう!」


 3人は「はい!」と元気に返事を返した。

 窓を叩いた風の音はその声にかき消された。



          **



 フロンティア・オブ・プログレスの宇宙港に仮設されたステージの前で、フローラの三人はスタンプを押すために並んでいる子供たちとその親たちの相手をしていた。


 "We ARE AdventurerS!" のスタンプラリー用のステージの一つで、3人は鮮やかなブルーの飛行服(レプリカ)を着用し、ショーの後に宇宙船搭乗員という設定で子供たちとの写真撮影やサインに応じて回っていた。


 珍しく後ろ髪をまとめたいずみは、そのモデルスタイルを武器に小さな子供たちよりも、むしろ大きなお友達、特に若い女性の視線を集めていた。そして、美咲は家族連れに人気があり小さな子供を抱っこしたり、家族写真の真ん中に収まったりしていた。


 さくらは若い男性からの人気が集中していて、男性のグループなどに囲まれながら握手やサインを求められていた。さすがに慣れたのか、ゲストの目を見て笑顔で対応できるようになっていた。母親がその様子を見たらさぞ驚くだろう。


 30分ほど対応した後、バックステージにつながる木戸に整列してゲストに手を振って挨拶してから宇宙港裏にあるブレイクエリアに移動した。

 廊下では、さっきまであんなにクールな笑顔を振りまいていたいずみが、汗だくの顔で不平を鳴らしていた。


 「あっつ…… ウォータープルーフったって限界あるよなぁ」

 

 ハンドタオルで顔を拭きながらブレイクエリアに入ると、いずみの目の前には見知った顔が3つ並んでいた。


 「あー、STARも終わったんだ。おつかれー」

 「おつか!」

 「はい、おつか」


 いずみに元気に返事していたこまちは、見るからに暑そうな船外活動服を着ていた。さすがにヘルメットは外していたが。後からやってきた美咲とさくらもそれに気が付いて驚いていた。


 「宇宙服じゃん! すげー」

 「こまちちゃん、あつく、ないの?」


 ふふんと自慢げな顔をして、こまちはさくらに背中を見せた。


 「冷却! 本物!」

 「本物、なの?」

 「水冷式!」

 「あ、お水、流れてるんだ」


 どやぁ、という顔をこまちは見せた。

 田澤が誰かがもちこんだ電気屋さんのうちわで自分を扇ぎながら声をかけた。


 「ほら、こまち、脱いじゃいな。冷却装置があるっていっても限界があるでしょ」

 「記念!」

 「え? いいのかな? 城野さん?」


 みんなのシャワーの準備をしていた城野が、つばさにタオルを渡しながら答えた。


 「しょうがないわね、まあ、資料に残すし、1枚だけよ?」

 「らじゃ!」

 

 つばさが自分のポーチからスマホを取り出してカメラアプリを起動した。


 「ほら、こまち! ポーズポーズ!」

 「らじゃー!」


 こまちが、むふーっ とポーズを決めるとスマホからシャッター音が響いた。得意げな顔をしていたこまちが、体を冷やしたのか「ぷひゅっ」とクシャミをした。


 「あー、風邪ひいたー?」

 「元気! 健康!」


 田澤がタオルをこまちの頭にのせて、母親のような顔をして口をひらいた。


 「ほらほら、体冷える前にシャワー行ってきな。風邪ひいたら夜こまるよ」

 「いえっさー……ぷしゅっ!」

 

 自販機でリフレッシュドリンクを買っていた美咲が田澤に不思議そうな顔を見せた。


 「3時のグリーティングで今日はおしまいでしょ?」

 「そうじゃなくて、わたしら3人で竿灯行こうって話してて」

 「あー、なるほどね」


 自販機の受け取り口から紙コップを出すと、美咲は考え事をはじめて視線を天井に向けた。竿灯か……とつぶやいた後、ソファーに座るいずみとさくらの方に小走りした。


 「ねえねえ、私たちもさ、今日終わったら竿灯行かない? 明日は無理だし」

 「竿灯……むー……私、飽きるほど見たしなぁ。さくらは?」

 「え? あ、えと、竿灯、だよね。……そういえば、ちゃんとみたこと、なかったな」

 「あ、じゃあ、行こうよ! いずみんもね!」

 「うーん、いいけど着くの8時過ぎになるよ? それからいろいろ見るとして、結構遅くなるけど大丈夫?」

 「私は大丈夫! さくらは?」

 「今日、お母さん、救急のお手伝いで、当直だから……」


 さくらの言葉を聞いた、いずみはアゴ先にきれいな指を当てて考えた。


 「さくらのお母さんお医者さんだもんね。……じゃあ、うちに泊まる?」

 「ええ!? あ、でも……」

 「あ、よそんちに泊まるの嫌な方? あー、だったらおばさんに車……」

 「ややや! あ、あの、そうじゃなくて、迷惑かな、て思って」

 「それは大丈夫だよ。叔母さんは一階で寝てるから多少騒いでも問題ないし」


 手をぶんぶんあげて美咲が「ハイハイハイ! 泊まりまーす!」といずみに答えた。そして、さくらに美咲は明るい顔を向けた。


 「ね? 3人で遊ぶこと最近なかったし。さくらも行こうよ!」


 美咲の顔といずみの顔を交互に見て、さくらは答えた。


 「……じゃあ、いずみちゃん、おじゃします、ね?」

 

 さくらがいずみに視線を送ると、ふいに軽い衝撃を背中で感じた。

 美咲が後ろから抱きついていた。


 「ふふ。最近レッスンとかばっかだったから。気分転換しようね!」


 さくらは美咲の顔を見上げて、うん、とやわらかい表情で返事を返した。その様子を見たいずみが、私物のスマホをバッグから取り出すと叔母宛てにメールを打ちはじめた。


 「じゃあ、叔母さんにはメールしておくから。二人とも親にちゃんと言っといてね」


 美咲が「はーい」と楽しそうな笑顔で答えてた。

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