(2) 海賊レストラン
月曜日を迎えて新たな1週間が始まった。この月曜日は祝日で、平日の始まりが1日遅れる多くのゲストが3連休の最後をパークで過ごそうと、開園時間前からエントランスで列を作っていた。
午後1時を過ぎたころ、本社D館3階の会議室では、各グループマネージャや役員などが集まり、「パーク経営方針ミーティング」が開かれていた。
プロジェクト・アウローラやエンターテイメント部の今後の展開については、比較的あっさりと話が進んでいたが、その後の店舗運営部の方針についていろいろ議論が出てきた。
夏シーズンの到来に合わせて、改善やメニューの変更などが話し合われていたのだが、SVが所属する「再建計画チーム」と、現業部門である「店舗運営部」が対立とまではいかないものの、どちらも主張があって話が進んでいなかった。
SVは「海賊レストラン」の話を写真とともに、STARたちが話していたのと同じような趣旨の説明を行った。
・まず、「海賊レストラン」という名前がダサいこと。
(開園当時はドックサイド・ステーションというまともな名前だったはず)
・メニューがラーメンや唐揚げなどのテーマに合わないものであること
・キャストのコスチュームがストーリーにあってないこと
ゆえに、店舗の名称を、できれば外見も変更し、メニューも変更したい、という提案だった。
一方店舗運営部側は、新規に作るドリンクスタンドや単なる商品店舗であるなら問題は少ないが、食堂部門はいろいろ問題があって大幅な変更などは難しいという。店舗運営部側は若い社員が立って監督に説明した。
・名称の変更については前向きに検討する。
(さすがに「ダサい」とはみんな思っていたことなので)
・メニューの変更は店内設備の変更が必要で、法令上の手続きも時間がかかる
・キャストや看板は表だって目立つものではないから、予算の優先順序は低い
「たしかに、ご指摘の通り、ラーメンや唐揚げ・たい焼きなどはテーマ性には合わないかもしれません。ですが、これらのメニューは他の遊園地でも定番です。定番という事はつまりそれだけ人気があるという事です。海賊レストランの収益は確かによくはありませんが原価が安いおかげで赤字ではありません。店舗運営部としては、より収益の上がる物販店舗やイベント関連のアウトドア・ワゴンへの投資を行う方が優先されるべきと考えます」
監督は黙って聞いていたが、斜め隣に座っていた男性の役員が発言した。
「ここはテーマパークとはいえ、遊園地的な側面もあるわけだし、手軽で安く食べられるものの方が良いと思う。ゲストも味よりも値段や提供時間の方が気になるのではないか。 それに、まあ、遊園地の食事なんてどこもこんなもんだろう?」
監督が再建計画チームの方に顔を向けて反論を促した。
SVの隣にいる若い女性の社員が、立ち上がって発言した。
「テーマパークでは食事もショーの大切な1要素であると私たちは考えます。せっかく盛り上がったゲストの気分が、食事で現実に引き戻されるようではテーマショーの考えからすれば問題があると思われます」
店舗運営部の社員も黙ってはいない。
「私たちの店舗の質だって決して低くはありません。ただ、うちは東京や大阪のテーマパークのように店舗に潤沢な予算を投下することはできません。効率的な収益の回収は我々の至上命題ともいえますし、より効率的な部門への投資を優先すべきです」
話がまとまらなそうなので、監督がギッと椅子の音を立てて座り直した。
「どっちの意見も正論だし問題点があることはみんな了解している。しかし、INOUEからの資金投入も無限ではない。効率的な投資が必要なことも確かだ。だが、ゲストの満足度という点で考えればもう一歩前に進むことも重要だ」
監督は再建計画チームへ顔向けて口を開いた。
「食堂部門の改善が必要なのはわかった。だが、提案はした側が具体的なプランを提示するべきだ。再建計画チームは近日中にプランを提示してくれ。店舗運営部側もなにか案があれば同じくまとめて提示してくれ。終わりの時間だし、今日の会議はこれまでとしたい。ほかになにかあるかな?」
一同から声が上がらなかったので、監督は立ち上がって「じゃあ、せっかくの祝日だ。今日もゲストに楽しんでもらおう」と一言添えてドアに向かった。
出席者全員が監督に一礼し、今日の会議は終了した。
**
夕方、日が暮れたになると、海から流れ込んできた多少潮気を帯びた風が雄物川を逆流し、流域の気温を2度ほど冷却しながらパーク内にも吹き込んできた。
本日最後のステージとグリーティンとを終えて、海賊レストランのブレイクエリアに戻ってきたSTARのメンバーは、休憩中のお姉さんがコーヒーをすすっていたのに気が付いた。
こまちはお姉さんを「大川さん」と苗字で呼ぶようになっていた。
STARのメンバーはリハーサルも含めて頻繁に訪れるようになっていて、海賊レストランのキャストとはだいぶ仲良しになっていた。社食がバスで行かないといけない距離なので、大川さんは夕食を自分で作ったお弁当で済ませていることが多いらしい。ほかのロケーションのキャストと会う機会がない、という点では大川さんもSTARの面々と同じようなもので、大川さんに限らず長沼さんや他のキャストたちもこまち達とは意識して交流を持とうとしているようだった。
そのお姉さんは自分のおにぎりを隣に座るこまちに一つあげて、弁当箱の揚げ物をお箸でつんつんしていた。あまり食欲がないらしい。こまちが気にして、頬に米粒をつけたまま声をかけた。
「ごはん?」
「ん、んー?」
つばさがコーヒーをすすりながら「ああ、食欲ないんですか? て事だと思います」と翻訳して、大川さんは「あー……」と小さくつぶやいて理解した。
大川さんは少しさびしそうな顔をしながら、こまちに微笑み返した。
「まだ決まったわけじゃないんだけど……ここのお店、リニューアルするかもしれないんだ」
「リニューアル…?」
こまちがきょとんとしているので、大川さんが説明を付け加えた。
「うん。うちの部の偉い人からね、そういう話が出てるからって今日説明があってね」
やや太いが美しい脚を組んだ田澤が短時間でカップラーメンを空にして、食後のリフレッションドリンクを口にしながら大川さんに顔を向けた。
「そうなると、大川さん達どうなるんです?」
「んー……なんかね、同じ店舗運営部でも担当部署が変わるって話で……」
「そうなの?」
「うん。今度はサンドイッチのお店にするとかなんとか……調理はしなくなるからアウトドアフードの管轄になるって話なんです。私たちはフードサービスだから、別のロケーションに異動ってことになるのかな?」
こまちがあたりを見ながら、大川さんに少し不安そうな顔を見せた。
「おじさん? イドウ?」
「そうね……今度バックステージに"セントラルキッチン"っていうのができるのは知ってる? 長沼さんは、そこで製菓部門に行くとかなんとか……あ、でも、決まった話じゃなくてそういう話があるってだけだから」
再建計画の一環としてアーニメント社では食品提供の効率化とクオリティの確保のため、県内で一番小さい規模ながらセントラルキッチンの導入を進めているところだった。
セントラルキッチンというのは食材、特に加工品の事前調理(プレクックともいう)を集中的に行い、各店舗へ配送の後に提供直前に最終調理をすることで効率と品質の向上と提供する料理の質の統一を図るための施設の事をいう。今まではパークでは各店舗がバラバラに仕入れから調理までをしていた。個性が出てよいともいえるが、同じ品目の商品の質が店舗により偏りがでたり、米飯やパンの提供が間に合わなかったりという問題が起きていた。
海賊レストランの改善案はその流れからでたもので、赤字でもないが大きな黒字でもない店舗を整理統合しようという流れの中で浮上したものだった。
この前の会議で店舗運営部の社員が予防線を張っていたのは、まだ部内でも意思統一がされていないので変な方向に議論を固定化されたくなかったからだった。セントラルキッチンは店舗運営部の食堂グループで管理する予定で、ケーキや和菓子といった製菓部門を新設する予定で、そのラインに長沼さんを異動させようという話が出ているらしい。
長沼さんが異動と聞いて、高校生のこまちもさすがに意味を理解した。
「タイヤキ!?」
「それは……なくなっちゃうかな」
大川さんの答えに、残念そうな顔をこまちは見せた。
夜のスタンプ・ラリーのグリーティングを終え、城野が運転する車のなかで、こまちが珍しく気落ちするような表情を浮かべていた。それを見たつばさが、これまた珍しくお姉さんらしくこまちを慰めようとしていた。
「別に決まったわけじゃないし、別にお別れするわけでもないじゃんか。あんま気を落とすなって」
「むー……」
こまちの前の座席に座る田澤が、体をひねってつばさの方に振り向いた。美咲が普段から羨ましがっているお胸にシートベルトが食い込んだので、それをずらしながら思い出したことを口にした。
「そういえばさ前にSVがさ、海賊レストランのこと見てたじゃん? あれ、まだ提案が決まってないみたいなこといってたでしょ?」
「そういえば……」
「それ、利用できないかな?」
「うーん?」
「だからさ、今あるお店でそのままやっていけるような提案を考えるとか」
「なるほどなー。どう、こまち?」
こまちもそういわれて、天井に視線を向けながら「んー……」と考え込んだ。
車を運転していた城野がその話を聞いて、前を向きながらルームミラー越しに3人に視線を送った。
「なんの話かよくわかんないけど、そういう話ならSVさんに相談してみたら?」
田澤が「SVさん、今日この後いますか?」と尋ねると、対向車に気が付いた城野が視線を前に戻しつつ質問に答えた。
「今日は退勤時間も近いし、私が何か話があるみたいって言っておくから」
3人が「はーい」と返事を返した。
**
翌日の火曜日はSTARのトレーニング以外予定がなく、溜まっていた事務仕事をこなすため城野とSVは朝から机に向かい、久保田がアウローラメンバーの庶務業務をこなしていた。
STARの出勤時間が近づくと、机でノートPCに向かっていた城野が昨日のことを思い出した。斜め向かいのSVに顔を向けて話しかけた。
「昨日言ってたこまちたちの事なんですけど」
「うん。今ちょうどそのことを考えていてね」
「例の海賊レストランの話ですか」
「そうよ。でも、何の話かしらね?」
SVがPCに戻すと、目の前に女の子の後頭部があった。
一瞬「ん?」と思ったが、髪の分け目を見て誰だかすぐに気が付いた。
「こまち、最近ステルス機能が向上したんじゃないの?」
「いやー、むふふ」
「褒めてるわけじゃ……あら、つばさたちも来たのね」
田澤とつばさが「おはようございます」と挨拶した。
SVはこまちの肩に手を添えて脇によけながら、体をひねって二人の顔をみた。
「何か話があるんでしょ? 海賊レストランのことよね?」
そういってPCに海賊レストランの改善企画案のファイルを開いて見せた。3人でそれを覗き込みながら、つばさが最初に口を開いた。
「あのお店の計画ってもう決まってるの?」
「まだ決まったわけじゃないわよ。店舗運営部からも案をだしてるし、再建計画チームの方でも案をだそう、て話をしてるところよ」
こまちがむふーっとやる気がありそうな顔をSVに向けた。
「ぷろでゅーす!」
「プロデュース?」
つばさがこまちの後ろから覗き込んで通訳した。
「"そのお店の提案、私たちで考えたらダメ?"ってことを言ってます」
「ああ、なるほど、プロデュースね。なんでまた?」
「タイヤキ! お礼!」
こまちがむふふんと甘えんぼ袖をぶんぶん振り回しながら理由を答えた。田澤がSVに袖をぶつけそうな勢いのこまちの頭を押さえて、話を続けた。
「こまちがあのお店のタイヤキをえらく気に入ってて。それで、お店がなくなるって話を聞いて何とかできないかなって3人で話してて」
つばさが手を頭の後ろで組みながら理由を付け加えた。
「グリーティングの時にはお世話になってるし、大川さんたちともせっかく仲良くなったし、うちも無くなるのはさびしいと思うし。それで、どうかなって思って」
SVは教えてもいない部内の内部事情を知っていた3人に少し感心したような顔をして見せた。
「あなたたち、社内でも知らない人がいるような話をよく見つけてきたわね」
なぜかまたまたこまちが「むふふん」と自慢げな顔をしていた。
SVはそれを少しおかしそうな視線をむけてから、こまちの頭に左手をそっと置くと右手でPCのマウスを操作して別のウィンドウで開いたPDFファイルを3人に見せた。
そこにはサンドイッチ店としての海賊レストラン(仮)の計画案が書かれていた。
見た目は看板を置き換えカウンターのガラスケースを増やすだけ、という安直な内容だった。会議で言っていたように別の収益部門に予算を回そうという意思がはっきりわかる計画案で、3人はそれを見てがっかりしていた。
テーマ性には合いそうだが、あえてそこで食事しようと思えるような内容ではなかったからだ。
SVは頭の後ろを手で撫でた。あまり乗り気ではなさそうな顔だった。
食に関しては人一倍うるさい田澤が顔に手をあててふむ……と考えていた。
「私は、どうせなら食事は中身と雰囲気両方がかみ合っている方がいいかな。お腹を膨らますだけならなにもパークで高いフードを買う必要ないわけで」
「あら、本質をついてくるわね。そうよね。食事だってショーの1部だと思うのよ。テーマパークなんだから、ここは」
田澤の言葉に同意しながら、画面を覗きこんでいる3人にSVは視線を送った。
「で、どうする? 採用されるかどうか確証はないけど」
それについては3人でも意思は統一されていたようだった。3人で互いに頷きあってからつばさとこまちがSVに顔を向けた。
「うちら、3人で考えてみたい! なんかSTARプロデュース、みたいな感じで!」
「プロデュース!」
田澤は何も言わなかったが腰に手を当てて立ちながらSVに同意の視線を送ってきた。SVはPDFビューアーのプリントアウトのアイコンをクリックした。
そして、SVは椅子を回転させて3人に笑顔を向けた。
「明日、監督が出張から戻られるからその時にお話ししましょう。それでいいわね?」
3人は「はーい!」と元気に返事した。
こまちとつばさがロッカールームに着替えに行く間に、STARのリーダーである田澤にその日の運営情報などをSVは渡した。その時、SVは田澤に感心するような、あるいは生徒を見守る教師のような表情で尋ねた。
「田澤が話をまとめたの?」
「え? そういうわけじゃなくて、昨日3人でそういう話をしてて、それで」
「なるほどねぇ。そういえば、こまちの動機も聞いたし、つばさも理由を話してたけど、田澤はどうして?」
田澤は答えるのを躊躇しているようで、うーん……と目を閉じて少し考えた。
SVは返事をせかすようなことはしなかったので、しばらく考えてから田澤は言葉を選びつつ理由を説明した。
「なんか、"壁"みたいなのを感じたんですよね……」
「壁?」
「はい。言われたんですよ。『私たちはキャストと言っても食堂のバイトだから』ってお店の子に。それがひっかかってて」
「それを気にして?」
「まあ、そういえば、そうですね。私たちアンバサダー、てキャストの代表でもあるんですよね。だから、どう言えばいいのかな……私たちだけ、いろいろ楽しむというか、アイドルみたいなことをしているのに現場のキャストがあんまり楽しくないのは、なんというか違うかな? って思ったんです」
SVが頷いていると、田澤が視線を天井からSVに戻した。
「変ですか? そういうのが理由なのは?」
「いえいえ。というより、むしろ、アンバサダーとして重要なことじゃないかしら。それに、こまちとつばさの理由も突き詰めれば同じことだと思うわよ?」
「そうですか? ……そういわれると、そうともいえるかも……?」
田澤の後ろでドアが開いてつばさが「ねえねえ田澤さん、ちょっと来てー」と呼ぶ声が聞こえた。田澤は「じゃあ、そういうことでよろしくお願いします」とことわってから「はいはい、なに?」とロッカールームに入っていった。
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