(2) 2人のインタビュー

 若い子たちにインタビューするために、ロケーションの最初は秋田駅前からスタートした。地元TV局がよく撮影している市営駐車場とバスターミナルのあるアーケードの広い一画でカメラは回り始めた。


 会社帰りのOLや部活を終えた学生たちで少し人通りが増えていて、少し遠巻きに撮影を眺めている人もちらほらと見える。

 みそのも初めてのロケーションのはずなのだが、そういう雰囲気はまったくなくカメラの前でも自然に構えていた。


 「それじゃ、秋田の駅前でプロデューサーさんを探してみましょう! いくよー、りさちゃん! おー!」

 「お、おー!」


 ぎこちない笑顔を浮かべた藤森が、ぎこちなく右手を上げる。

 ADがオッケーの合図を送ると、安心して深く息を吐いた。

 腕を組んでみていた女性のディレクターが、手を腰にやりながら、多分意図的に笑顔を作り藤森に声をかけた。


 「りさちゃん、笑顔硬いよ。もっとリラックスしていこうね」

 「は、はい! がんばります!」

 

 藤森の反応を見たみそのは、後ろから少し大げさに藤森に抱きついた。

 

 「初めてなんだから、最初から完璧になんかできないよねぇ。でも初々しい感じで可愛かったとおもうけどなぁ」

 「そうですか……?」


 視線を上にあげてみそのの顔を覗き込んだ藤森の顔は収録中よりも少し和らいでいたようだった。みそのは藤森の様子を見て少し安心したようで、視線が合うと軽く頷いて見せた。


 「うん。この調子でインタビューも頑張ろう! ね!」

 「イ、インタビュー!……忘れてました……」


 藤森がまた緊張し始めたようだったので、みそのは「あちゃ」という言葉を口の中でもみ消して、もう一度藤森を抱き寄せて「大丈夫!」と励ました。

 SVが自販機から買ってきたリフドレのペットボトルを二人に渡した。

 すこし腰を落として藤森の目線の高さに顔を合わせると、SVは藤森に声をかけた。


 「どうだった? やっぱりまだ緊張する?」

 「えっと……き、緊張はやっぱりしちゃって、でも、カメラが回りはじめたら、集中できるから……」

 「緊張するのは仕方ないことだし、それが普通だと思うわ。だから、そんなに心配しなくても大丈夫よ。私から見て、藤森はちゃんとできてたと思うわよ?」

 「でも、みそのさん、はじめてなのにちゃんとできてて……」


 みそのはリフドレのペットボトルを口から離して、蓋を締めながら藤森に話しかけた。


 「わたしだって最初のステージはガッチガチだったし、それに、私はもうずっとステージに立ってたわけだしさ。慣れの問題だよ。誰だって緊張するもんだよ」


 やがて、ディレクターが映像チェックを終えると、みそのたちはクルーと一緒に駅前のビルにあるアニメグッズ専門店に移動していった。



 そのビルはもともと大手資本のGMSだった店舗ビルだったが、事業の再編に伴い閉店してしまい、その跡地に地元資本が出資してショッピングセンターに変更されていた。2階にある事実上の玄関フロアには東京資本の雑貨店が、地下には撤退した元の会社系列のスーパーが入居していて、GMS撤退前の店舗に比べててそれほど変わらない程度ににぎわっていた。


 そして、1階のフロアが少し前に改編され、もともと近くのビルにあったアニメの専門店が売り場面積増床の上で移転してきていた。藤森たちが向かうのはその専門店で、藤森にとっては少し前に漫画を買いに来て以来入ったことがない店だった。

 みそのは友達に付き合って何度か来ているみたいで、取材のクルーと世間話をしながらそのことに触れていた。


 エスカレーターの横にある店の入り口の前で、その店の店長さんに簡単にインタビューをしてから、店内にいるお客さんに取材することになった。

 最初に取材に応じてくれたのは大学生くらいの若い女の子で、アイルズ(仮)の方はやっていなかったが、同じブランドのアイドルボーイズ(仮)の方のプレイヤーだったらしく、みそのの質問にいくつか答えていた。

 その女の子のインタビューは完全にみそのがやっていて、その様子を見ていた藤森は


 「みそのさん、すごいなぁ……」


 とつぶやいた。




 次にADが声をかけてインタビューの承諾を得たのは、こちらも大学生くらいの男の子だった。見た目は普通だったが、バッグのベルトにアイルズ(仮)のキャラクターのピンバッジを複数つけていて、藤森はなんとなくある種の予想が頭をよぎった。


 今度は藤森がインタビューすることになった。

 藤森は両手でマイクを持つと、カメラと照明が向けられるなかインタビューを始めた。


 「あの、アイルズってどういうところが面白いんですか?」

 「えっとですね、やっぱり自分でアイドルを育てていくところが面白くて自分の担当アイドルの担当というのはですね自分が一番育てているアイドルの事でアイルズでは推しじゃなくて担当というんですよそれで自分はこの猫キャラの女の子の担当でこの子の相方の女の子も好きなんですけどこの二人が特に好きで二人を必ずユニットにいれてですねそれでプロとかマスターとかの譜面を中心にプレイしててそれが面白いんですよね自分で育ててる感じが強くて思い入れがあるんですよこの二人は特性がライフの回復とバッドとかもパーフェクトにするスキルで相性がいいんですよそういう風に考えてプロデュースしていくのがすごく楽しいですねライブとか行くと思い入れある分やっぱりたのしくて」

 「な、なるほど~」


 最初の句読点以降全く頭に入っていなかったが、藤森はとりあえずそう答えた。みそのもぽかんとしていたが、藤森が次の言葉に詰まっていると助け船を出した。


 「それで、その担当のアイドルのピンバッジつけてるんだね」

 「そうなんですよ、このまえ舞浜までライブの物販にいってそこで買ってきたんです」

 「熱心だねぇ」

 「いや~仕事ですから」


 ディレクターがOKを出すと、藤森とみそのがその男の子にお礼を言った。

 すると、男の子は今買ったばかりのアイルズのCDを取り出すとサインを求めてきた。

 

 「あの、お二人ともアン何とかなんですよね? テレビで見たことがあるような……」

 「あー、この子がそうだよ。テレビも出てるよね」


 みそのが話を向けると藤森は何度かこくこくとうなずて見せた。

 男の子は、みそのと何度か話をすると、やはり二人のサインがほしいとのことだった。

 みそのがSVに目線で合図を送ると、SVはうなずいて、胸のポケットからサインペンを取り出してみそのに渡した。藤森も一応サインの練習はしているのだが、本当にサインするのは初めてで、しかも自分が出したCDでもないので、本当にいいのかちょっと不安そうだった。


 だが、サインをもらった男の子はCDを受け取ると礼儀正しくお礼を言った後電車の時間があるからと店を後にしていった。後ろ姿にみそのが手を振ると、少し照れていた。

 SVはその姿を見送りつつ心の中で「あの男の子普段、あんまり女の子と話したりしない子ね、きっと」とつぶやいた。経験上、多分それは正解だとSVは勝手に確信していた。みその達の様子を見ていたディレクターは腕を組みながらSVに話しかけてきた。


 「藤森ちゃん、なかなか面白いですね」

 「そうですか?」

 「うん。さっきの男の子のインタビュー、結構ドン引きだったでしょ」

 「そうですね……」

 「作品のファンのこと考えるとあんまりいい事じゃないと思いますけど、作品を知らない普通の女の子の反応としてはあんな感じでしょう。自然な感じで悪くないと思いましたけどね」

 「私もそう思います。変に迎合したり小馬鹿にしたりしない子だと思っていましたから」


 地上波の番組だと、オタク系の趣味は小馬鹿にしたり変人扱いすることが多いのだが、衛星の専門チャンネルではそういうことは比較的少なく、だからこそ藤森のような子の方が向いていると判断していたのだが、それは間違っていないようだとSVは思った。


 男の子を見送り一息ついていた藤森に「りさちぃ、りさちぃ」と呼びかける声が聞こえた。ふえ!? と振り向くと今朝一緒に登校した友達がこのお店の青い袋を手にぶら下げながら声をかけてきた。その隣には、藤森もよく知っている同級生の女の子もいた。


 「すごいねー、りさちぃホントにテレビとか出てるんだね」

 

 友達のその言葉を聞いてあわわとあわてる藤森だった。


 「み、見てたの~!? あのね、これはね……」

 「え~ どうしたの? 恥ずかしいの? 全然かっこよかったけど、ねえ」

 

 友達が同級生に尋ねると、うんうんと頷いていた。

 ADがそこに声をかけ、収録が再開されることになった。

 店内にあるアイルズの専門コーナーについて担当の店員さんにインタビューすることになり、藤森がそれを担当することになった。

 店員と並ぶ藤森にカメラマンがカメラを構え、照明が向けられる。

 藤森が顔を上げると、カメラマン越しに売り場の商品棚の三列先に友達が見ているのが見えた。聞こえないが「がんばって~」と口を動かしているようで手を振っていた。


 ADの合図とともに収録が始まる。友達が見ているとわかって、藤森は妙な緊張感を全身で感じていた。


 「このコーナーはアイドルガールズ(仮)の専門コーナーです。アイルズの大ファンでもあるという店員の方にお話を伺ってみたいと思います。店員さんはアーケードかりょうとうちょからのぷろでゅーちゃー……かみました。ごめんなさい!」


 収録が止まり、クルーの間から小さく笑い声が聞こえた。決して咎めるようなものではなく、むしろ友好的なものだったのだが、藤森は背筋に何か冷たいものを感じざるを得なかった。

 

 SVは一瞬考えてみそのに声をかけようとした。だが、みそのはいつもは見せないような真剣な顔で、SVが言葉を発するのを制した。


 「過保護はだめだよ。これはりさちゃんの仕事だから」

 「……そうよね」


 藤本の友達と同級生が、カメラが止まっている隙に声をかけてきた。


 「じゃあ、また学校でね」

 「う、うん。またね」


 藤森が笑顔を作って手を振りかえし、二人が店から出ていくのを見送ると藤森はなんだか少しほっとしたような表情を浮かべた。


 その後の2テイク目の収録は特に問題なく進行し、SVもみそのも胸をなでおろした。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る