(3) みんなお姫さま
「できれば、女性の話聞けないかな」
インタビュー後の撮れ高を気にしていたディレクターがADの男性と話をしていた。みそのがその話を聞きながら店内に視線を向けていると、何かに気が付いてディレクターに話しかけた。ディレクターがうなずくと、みそのはグッズ売り場にいるちょっとギャルっぽい感じの女の子に話しかけた。その女の子はみそのに気が付くと少し大げさなに感じるくらい「おお~」と反応していた。
「あのさ、ゲームとか好きじゃん? このゲーム知ってる?」
「アイルズ? 知ってるし、てか、やってるし」
「あー、じゃないかと思ってさ。よかったらインタビュー出てみない?」
「マジで!? 出る出る!」
みそのはその子を連れてくるとディレクターに紹介した。
「小学校から一緒で、高校は別だったんですけど。まあ幼馴染みたいな感じで」
ギャル系の子でゲームとは無縁そうに見えたが、SVがその子をよく見るとスマホのケースがアイルズの「ロックなアイドル」のものだったのでなるほどと納得できた。
藤森とみそのの間に立ってインタビューを始める。
みそのはカメラの前でこの子が自分の幼馴染だということ隠さずに、自分の中学時代の話も交えながら話を進めていった。
「で、いつからアイルズはじめてたの?」
「中学校の時に親にスマホ買ってもらった時からだよ~。アニメ見てたからやってみたくて~」
「へー、で今はどっぷりはまってるんだ」
「そうそう、ラジオとかも聞いててさ」
「女子から見て人気のアイドルって誰?」
「それはさぁ……」
インタビューが終わり、みそのが女の子を見送っているの藤森は一歩下がった場所から見ていた。みそのは、女の子がエスカレーターにのったのを確認すると、振り向いて藤森にちょっと困ったような顔を見せた。
「ごめんね、なんかうるさくて。あの子、おしゃべり好きでさ。でも基本いい子なんだよ」
「べ、べつに困ってないですよ。私、あんまりお話しできなくてすみませんっ」
「私たちばっかで話しちゃったみたいで、悪かったかなーって思ってさ」
「いえ、いえいえ! 全然です!」
両手を振ってみそのの懸念を否定する藤森だった。
ディレクターが撮れ高的に問題ないと判断し、ロケは終了した。
藤森達を乗せた社有のステーションワゴンは、千秋公園を抜けて2丁目交差点の信号待ち列に引っかかっていた。一番後ろのシートに並んで座っている藤森がうつむいているので、みそのは心配になったのか藤森が太ももの上で結んでいる手に自分の手を重ねてそっと声をかけた。
「どうしたの? 車に酔っちゃった?」
「え? ええと……大丈夫です。ちょっと考えごとしてて……」
藤森はそれ以上はなにも答えなかった。
みそのは、どうやら藤森が意気消沈しているらしいことに気がついた。みそのは変に励ましの言葉をかけたりはしなかった。そっか……と答えた後椅子に座りなおしたが、しばらくの間みそのの左手は藤森の右手に重なっていた。
日が落ちてパークがオレンジと黒の空気に包まれる頃、パーク内の複数の個所では写真撮影が行われていた。一つは雑誌掲載用の写真で、もうひとつはパークのキャッスル・ウェディングという結婚式の宣伝のためのものだった。
アドベンチャー・ラグーンでは舞とさくらが探検隊のコスチュームで撮影に臨んでいた。レストランやアトラクションを回りながらいろいろなポーズをしながら、フラッシュの光を浴びていた。撮影の合間にはゲストから写真撮影の依頼も何度か受けて、小さい子を連れた親子から「似合ってますね」と声をかけられて、2人で少し照れながら顔を見合わせたりしていた。
一方、いばら姫の城で広森・いずみ・つばさの三人は、ウェディングに関する宣材写真を撮影していた。別に告知したわけではないが、セキュリティー・オフィサーを二人配置してゲストコントロールを実施したことが、ある意味で注意をひきつけ、気が付けばそこそこの数の、それも若い女性ゲストがお城のフェアリーガーデン側にある外階段の周りに集まっていた。
レストランの改装に合わせてウェディングエリアを兼ねた謁見の間が改修されていて、メイクルームも含めて利用可能な状態で、いずみたちはそこでメイクとドレスの着付けをして撮影に臨んでいた。
お城はすでに夜の帳が降りていて、濃い藍色と薄いオレンジ色のグラデーションに輝く空にその巨体を浮かび上がらせていた。白くライトアップされたお城の外階段をいずみを先頭に下り始めると、そのファンタジックな雰囲気を感じ取ったゲストの間から小さく歓声が上がった。
いずみと広森のドレスは、例のアイルズのライブで使用された「プリンセス・ドリーム」ドレスで、それに気が付いた何人かの若い男性ゲストがスマホを掲げて写真を撮っていた。
その二人の後ろから、黒を基調にしたシックな貴族のようなスーツに白手袋を両手に着用したつばさが続いた。「なんでうちだけ、男用なんだよ……」と不服そうだったが、階段を降り切った時に高校生くらいの女の子から、「写真撮っていいですか!?」と声をかけられ、気持ちを切り替えて王子様スマイルを見せてそれに応じた。
一応通路にロープアップをしてあったおかげでゲストが突進してくるようなこともなく、いずみと広森も適時ゲスト対応しながら撮影を続けて行った。
宣伝も兼ねていることもあり、ゲストが写真を撮ったりすることは一切制止したりせず、現場で対応していた城野は、あえて3人の好きなようにさせていた。
ロケから戻った藤森とみそのがパークに戻ったのはちょうどその頃で、いずみたちの撮影の様子もレポートするためにフェアリーガーデン・ステージ脇の木戸にステーションワゴンを止めると、ワゴン車から降りたTVクルーたちと一緒に1列になってお城に向かって行った。
一行がお城に到着すると撮影はまだ続いていて、SVは城野が現場をモニターしているのを見つけると声をかけた。
「ただいま。どう? 順調?」
「そうですね、あとは一旦引っ込めて、つばさをドレスに変えて、て感じですね」
「了解」
城野はお城のそばにおいてある馬車の前で撮影している3人に声をかけて、連れ戻してきた。連れ戻す途中、いずみは大学生くらいの女の子に話しかけられた。
女の子はいずみをテレビや雑誌で見て覚えていたようで、
「アンバサダーじゃないんですか? なんで今日はお姫様なんですか?」
と質問してきた。
いずみは、憂いを浮かべた、少し戸惑うような表情でそれに答えた。
「今度お城で結婚式があるんだ。そのために、ドレス姿で写真を撮ってるんだけど……こんな女の子っぽい衣装、私恥ずかしくて……変じゃ、ないかな……?」
いずみは「普段は王子系なのに、家の都合でいかにも女の子っぽいことをさせられて戸惑ってるお姫様」という設定を完璧に演じていて、女の子と友達がその表情に当てられたのか、顔を上気させながら、「大丈夫!! 似合ってるよ!!」と半ば絶叫するように反応していた。
いずみは時間がかかりそうなので城野がそばでモニターしつつ、残りのメンバーをSVが引率して階段を上がって謁見の間へと進んでいった。謁見の間の中では、撮影の手伝いをしていたこまちと田澤が待っていた。
「おつかー!」
「あ、みんなお疲れ様」
気が付いて声をかけてきたこまちと田澤はアンバサダーコスチュームで、私服な藤森は何となく場違いな感じがしてちょっと戸惑った。
すぐに後ろで大きな扉が開いてつばさと広森が謁見の間に入ってきた。
その様子をほわぁ…と見ていた藤森が、まるでおとぎ話を読む小さな女の子の表情を浮かべた。藤森に気が付いた広野が、少し照れながら微笑んだ。
「おかえり、りさちゃん。ロケーションお疲れ様」
「はい……」
「? どうしたの?」
「……は! あ、あの、きれいですね、すごくきれいです……」
「ふふ、ありがとう。でも、いずみさんほどじゃないと思うよ」
広森がそう言うと、後ろの大きな扉が開いて城野に連れられたいずみが謁見の間に戻ってきた。その表情はお姫様らしく目を伏せ落ち着いたものだった。
が、ドアが完全に閉まるとその表情は一変し、あからさまに自信満々な笑顔に切り替わった。
「ふふふん! どうよ、どうよ! 王子系お姫様キャラ完璧だったっしょ!?」
少し乱れた髪を右手で直すその仕草は、たしかにどう見てもお姫様だった。ただし、王子系ではなくて冒険にでも行きそうなオテンバ姫のそれだった。つばさとこまちがその変化の切り替えに驚嘆の声を上げていた。ふふん、ともう一度不敵に笑うといずみは視線を天井に向けた。
「無意識に醸し出すこのオーラ……自分の魅力が怖い……」
とか、どうよどうよ!? とつばさとこまちも巻き込んで盛り上がっていた。
「さすがいずみん! こりゃライトもバルログ持ちでコールしまくりだぜ!」
「王子系! 完璧! SSR!」
「ふふふふん! これが私の実力よ! もっと褒めていいのよ!」
そうやって右手の甲を顔に添えてお嬢様笑いをして見せるいずみは、イメージが一変しても、やはりお姫様の雰囲気を醸していてアニメのお姫様のようだった。
藤森は広森といずみの両方をみると、まるで絵本を読んでもらった小さい子のような表情を浮かべた。瞳の中にいくつかの光が反射していて表情をより子供っぽくしていた。これは単に謁見の間にあるランプ調の照明が目に映り込んでいるだけなのだが、広森の疲れを吹き飛ばす笑顔を藤森に描かせるには十分な効果があって、周囲に悟られないように個人的な至福の時間を広森は楽しんでいた。
その藤森の素直な表情と言葉に、みそのは感心するような顔をしていた。
なるほど、SVがりさちゃんをロケに抜擢したのは、こういう表情がほしかったのかな? こういう素直さは自分にはない部分であるし、みそのは藤森の本来の性格に触れたような気がした。広森の表情に何か別のものを感じつつも、手を握られながら顔を輝かせている藤森に自然と好意を持ったみそのだった。
それから15分ほどたったころ。
奥のドレスルームでドレスに着替えていたつばさが出てきた。
いずみたちとお揃いのプリンセス・ドリームのドレスで、もともと顔が凛としているつばさに結構似合っていた。ショートヘアなところが活発な印象を与えていて、その点だけがいずみや広森とは違っていた。
カメラマンが早速何枚か撮影していた。ポースを要求されて、「えー……ポーズかぁ……」と少し悩んで、腰に手を当てて"王子立ち"をしたり、敬礼して見せたりとお姫様とは少し違うポーズをとっていた。
とはいえ、そのポーズ自体はそれなりに決まっていてカメラマンも結構ノリノリでシャッターを切っていた。
こまちが「王子系! 美男子!」と一応は褒めてるのか、鼻息もむふーっと評価していた。一方ティアラを持ってきた田澤は「仕事なんだからちゃんとしなさい」とお母さんのような口調でいさめながら、つばさの頭にティアラを乗せてやった。
「がさつなシンデレラみたいになってるよ」
これでよし、と腰に手をあてて田澤がつばさを見ていた。
つばさのほうは、何か思うところがあるのかちょっと不服そうだった。
「別にいいじゃん? うち、お淑やかな女の子って感じじゃないと思うし! 自分らしさって大事だぜー!?」
「お仕事なんだから、設定にあわせないと。お姫様なんだから」
フラッシュが光り、田澤が右隣にやってきたカメラマンに視線を向けると、カメラマンはニカッと笑いながらカメラを構えなおした。
「いいよいいよ、なんかこっちの方がさっきより表情いいよ」
我が意を得たり、と言わんばかりにつばさは得意げに美咲よりはある胸を張った。
「そうでしょ、そうでしょ!! うち、王子キャラもお姫様キャラも合わないって。やっぱ姫騎士とかそんな感じっしょー!?」
玉座の前でひらりと回ると、カメラに右手をビシッと指差してポーズをとって見せた。
「どう!? こういうのもいいじゃん!? なんか超レアな感じで!」
こまちがその様子を見ていたが、ぽそっと「ハイレア」とつぶやいた。
ポーズを決めたまま、つばさは不本意そうに反論した。
「いやいや、SSRだろ、これ」
「……ハイレア」
「やっぱ武器か!? なんか武器があればレアリティー上がるか!?」
田澤はこまちとつばさのやり取りの意味が分からずぽかんとしていた。
広森は藤森と並んでつばさたちの様子を見ていた。
なんだか少し楽しそうな微笑みを浮かべ、藤森に顔を少し寄せて声をかけた。
「なんだか、つばさちゃんらしいわね」
「らしい……ですか」
「どうしたの?」
「みんな、すごいな。ちゃんと自分らしさがあって」
「りさちゃん…?」
藤森は顔を上げて、少し迷いながら広森に疑問をつぶやいた。
「私の"私らしさ"って、なんでしょう……?」
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