(3) それぞれの視線

 21時のパーク閉園後も、本社エリアのオフィスの多くにはまだ灯りがともっていた。美咲たちが帰ったあと、オフィスには会議を終えたSVと城野が残って残務を片付けている。最近残業が多かった久保田が何度かあくびしながら、カタカタと音を立ててノートPCで書類を作成している。


 オフィスは夜の時間特有の静けさの中にあった。


 ボイストレーニングを受けていた広森と田澤が戻ってきたのに気が付いたSVは、トレーニングウェア姿の二人を呼び止めて応接セットのソファに案内する。


 SVは、聞きたいことがあるんだけど……と切り出し、ユニット分けの件で意見を聞かせてもらえないかと田澤たちにお願いした。


 二人が了承してくれたので、城野もSVの隣に座って話に加わる。

 

 最初に田澤に、こまちとつばさについて聞いてみた。

 しばらく、天井に視線を向けながらどうこたえるべきか考えていた田澤は、


 「そうですねぇ」


 と前置きしてから答え始めた。


 「確かに個性がつよい、というより強すぎる子たちだとは思いますけど……人を不快にさせたり、常識はずれなことをするわけではないですよね」


 広森がうなずいた。田澤は広森に顔を向けて無言で意見を求めた。

 気が付いた広森が一瞬だけ間をおいてから答えた。


 「そうですね……こまちさんもつばささんも元気いっぱいって感じがします。見ていてハラハラする感じもしますけど……」


 私が余計な口出ししたら、長所をつぶしそうな気がします。広森はそう思っているとSVに伝えた。SVは田澤に向けて少し体を起こしながら視線を投げかけた。


 「田澤、こまちとつばさを制御できる?」


 田澤は腕を組み目を閉じて数秒の間考えていたが、やがて目を開いてうなずいた。


 「危ない方向に行こうとした時に、がっつり首根っこをつかんでおけば大丈夫だと思います。それに、二人とも立場をちゃんとわきまえていますよ」


 SVと城野はそれを聞いて互いにうなずいた。



 

 今度は舞と藤森のことで広森にSVは質問した。

 体ごと向き直し、広森に真剣な表情をしながら口を開いた。


 「広森は舞とも、藤森とも仲がいいみたいね」

 「ええ。何かとお付き合いがあります」

 「広森から見て二人をどう思う?」


 広森は、膝の上で結んだ自分の手に少しだけ力を加えた。


 「二人は未経験者ですし、ダンスに慣れるまではまだ時間がかかるとおもいます。でも、歌唱は私も未経験者で同じですし……」


 顔を上げてSVと城野の顔を交互に見ながら、広森は話を続けた。


 「舞ちゃんもりさちゃんも、確かに今はスキル的に問題はあるかもしれません。それでも、二人ともトレーニングは一生懸命です」


 だから、きっと大丈夫だと思うと広森は答えた。


 ダンスや歌の技量はともかく、一生懸命に取り組む姿勢は見ていて応援したくなる。


 舞は人を思いやることができる子だと思うし、藤森は一度やると決めたことは最後まで頑張る子だとみているという。

 

 SVも城野も、二人が思った以上に舞たちを見ていることに気が付いた。


 それが、彼女たちが教育学部の学生だからなのか、それとも、もともとそういう性格だからなのかは判断つかない。ただ、言えることは、田澤と広森の言葉は信頼できそうだ、という点だった。


 SVはふたりに


 「ユニット分けの件はまだ決定ではないから、ほかの子たちには内緒にしておいてね」


 と頼んだ。




 しばらくして私服に着替えた田澤たちを「今日はありがとう。参考になったわ」とお礼をいって見送り、そのあとに、城野と顔を突き合わせて田澤たちの話を再考した。


 長い時間加熱して湯だったコーヒーを、コーヒーメーカーのポットから紙コップについで、片方を窓際で外を見ていたSVに渡しながら城野が口を開いた。


 「私は、広森と田澤がユニットを引っ張っていってくれるように思います。あとはいずみたちですが……」

 「そうね…… ただ、いずみに舞を引っ張ってもらおうかな、とも思ってたのよ」

 「さくらと美咲は組ませた方がいいと思うんですよ。そうなると、広森かいずみがそこに入ることになるかと」

 「そうなるわねぇ」


 城野がホワイトボードの開いたスペースにペンで何かを書き込む。

 SVがコーヒーを片手にそれを眺めていると、やがて書き終わって振りかえった。


 「話をまとめると……こんな感じでどうでしょう?」


 コン、と軽い音をたてて、ペンの先で書き込んだ場所を示した。


 「うん。悩んでても結論はでないし。これでいきましょう。おじさまに報告するわ。……まだいるかしら」


 机で事務仕事をしていた半分眠そうな久保田にSVが顔を向けると、監督さんなら、先ほど執務室に入っていかれましたよ、と答えた。 



 監督は愛用の黒縁メガネをかけながら次回の劇場用作品の絵コンテのチェックをしていたところだった。そこに城野とSVが報告に訪れた。監督は、絵コンテに赤ペンで修正をいれながら話を聞き、視線を動かさずに「おまえたちの好きなようにやりなさい」と答えた。メガネをはずしながら、少し疲れたように監督は立ち上がった。


 「私が変に口出ししてもしょうがないからな。それがあの子たちのためになるとおまえが思うなら、別にそれでかまわんよ」

 「ありがとうございます」


 SVが頭をさげると、片手をあげてそれを制した。


 「明日はどうせ夜にならないと帰らないから、まあ、よろしくやっておいてくれ」


 夜は気温が下がるからか、机のわきに置いてあるハンガーからジャケットを取って羽織った。襟元を直しながら、SVに話しかけた。


 「おまえがいってた楽曲制作な、スタジオの音楽部門で担当することになりそうだ。後で打ち合わせといてくれよ」

 「わかりました。……今日はもうお帰りになりますの?」

 「ああ。明日は朝から予定が埋まっててな。それじゃ、そういうことで」

 

 執務室前の廊下で手を振って階段を降りてゆく監督を見送ると、SVは城野に顔を向けて話しかけた。


 「ようやく本格始動ね。マネジメント、しっかり頼むわね」

 「お任せください。まあ、なるようになりますよ」

 「だといいけど」




 22時を過ぎたあとも、いずみの家の前の道路はまだ車が行き交っていた。

 実家の花屋は22時で営業を終えて後片付けに入っていた。バイトの女の子が店の表を片付け、いずみは店内の片づけを手伝っていた。切り花を専用のケースに戻していた時、いずみのスリムジーンズのポケットに入れていたスマートフォンがブルブル震えた。ケースの扉を閉めながらスマホを取り出すと、美咲からのメールが届いているのに気が付いた。


 画面を指でスワイプして、メールに添付された画像を開く。

 さくらと美咲がオフィスでスニーカーを持っている写真だった。


 『これであってる?』

 と美咲はメール本文で尋ねていた。


 いずみは、画面を戻し、通話アプリを立ち上げて美咲宛てに話しかけた。

 『写真みた。あってるよ。明日持ってくるの?』


 すぐに返信があり、

 『もうロッカーにしまった!!』

 と美咲が返してきた。そして、続けて吹き出しがポップアップした。


 『きょうまいちんが自主トレしてた いずみさんもこんどいっしょにやろうよ』


 いずみが返事を入力しようと画面を触ろうとした時、さくらからも話しかけられた。


 『いずみさん、昨日はありがとう。ちゃんとハイカットのくつ買えたよ』


 いずみは表情を緩めて、二人に何か返事を返していた。レジを締めていた伯母が、その様子を見て興味深そうな顔をしていた。


 「なあに? 彼氏でもできたの?」


 いずみは、動揺してスマホを落としそうになった。どうにか落とさずに済んで、両手でスマホをつかんだ。


 「ち、ちがう! ほら、アンバサダーの子たちよ」


 伯母は肩を少し上げて、なんだ、彼氏作ってもいい年頃なのよ? とほほ笑んだ。いずみは、顔をすこし赤くしながら、スマホの画面に向きなおした。


 「別に、彼氏とかいらないから……」

 

 いずみが改めてスマホを見ると、さくらと美咲からそれぞれスタンプが送られていた。

 二人とも「またあしたね」と書かれたスタンプだった。

 それを見ているいずみは、とてもやわらかい表情をしていた。




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