第3章 それぞれのはじまり

(1) これが私たちのコスチューム!


 前日とはうってかわり、日曜日の朝らしい心地よい快晴で、パークシンボルのいばら姫の城も午前の白い光に輝いていた。オフィスのあるエリアは、開園前のあわただしい人の行き来で活気が出ていた。明るい太陽の光が窓から差し込み、電気をつけなくても明るいアウローラオフィスではメンバーの出勤前にSVたちが打ち合わせしていた。

 ソファーとテーブルのある一画で、城野とSVが並んで座り、ノートパソコンを見ながら考えている。


 SVたちが考えていたのは「ユニット分け」の事だった。


 アウローラのメンバーは総勢9名だが、全員一緒に常にステージに上がることはイベントなどを除きあまりない。むしろ、親善訪問やイベントなどでパーク外に出ることを考えれば、いくつかのグループに分けて行動する方が自然と言える。また、今後はステージ以外にも、パークのキャラクター的存在としていろいろ企画も検討されている。よって、アウローラは3組に分けて活動するというのが基本的な考えとなる。


 そもそも、パフォーマンスユニットもステージやパレードなどの際にはユニットごとに行動するわけで、この点ではアウローラも従来の伝統の上に活動していくことに変わりはない。


 大学生の3人の写真が並び、この3人はまとめるという考えがあることをSVは城野に伝えた。スケジュールがしやすいし、広森はもう大人といってよい。高校生と組ませると戸惑うかもしれない。SVはこの時点ではそう考えていた。


 いずみと舞を組ませて、こまちとさくらを合わせる。


 SVは高校生のメンバーについては、それぞれの技量や性格を考えてこの組み合わせで、と考えたのだが、城野がどうにもしっくりこないようだった。


 「悪くはないと思うんですが、広森がねぇ」


 別に広森を低く評価している、というのではない。広森はメンバーの中で一番「大人」なキャラであることはほぼ間違いない。

 だがそれは、高校生と比較して、の話であって田澤なんかと組み合わせるとその長所は消えそうな気がするのだ。立ち上がりコーヒーメーカーに手を伸ばしながら城野は話を続けた。


 「広森は大学生のユニットにまぜちゃうと没個性の気がするし、こまちは個性がありすぎて、さくらが沈んじゃうような気がします」


 城野の正直な感想を聞いて、SVはノートパソコンの画面を見ながら後頭部の髪を撫でていた。コーヒーのいい香りが広がり、城野の手にしたマグカップから湯気が上がっていた。


 「うーん……ユニット分けは早めに決めないといけないし……、でも後になって後悔するのもねぇ……」


 城野はコーヒーをSVに差し出しながら、城野は肩をすくめて見せた。


 「まあ、今日のトレーニングの様子を見てみましょうよ」


 オフィスの入り口の方から、美咲の「おはようございま~す!」という元気のいい声が聞こえ、検討作業はいったん中断することとなった。



          **


 

 フローラユニットのオフィスがある本社D館の斜め向かい、構内道路を挟んでパーク側に「ワードローブ棟」と呼ばれる建物がある。

 1階にはキャストにコスチュームを貸し出す「コスチュームカウンター」と従業員のための福利厚生施設「構内売店・アーニメントストア」があり、総務部の社員食堂とは異なり、外来者の接遇のためにも使われる「ココ・カフェ」と呼ばれる喫茶店も存在する。


 自衛隊経験者に言わせると自衛隊の厚生施設に似ているといわれるが、それもそのはずで、従業員施設の設計と計画をしたのは定年で退官した元自衛官だった。昨日さくらたちがIDカードの作成のために訪れたセキュリティ棟も、実のところ航空自衛隊出身と県警出身の従業員たちが協議して計画したもので、パレードフロートの格納庫とエプロン(駐機場)に至っては旧運輸省出身の社員が空港のシステムをほぼそのまま持ち込んだものだった。社員たちがバックステージを自嘲的に「お役所」と呼ぶのもある意味では正しい側面もある。



 そのワードローブ棟のコスチュームカウンターの奥に「フィッティングルーム」と呼ばれる場所がある。ようするに、お店でいう試着室のことなのだが、お店と違うのは係りのキャストがサイズを図ってくれて、フィットするコスチュームを持ってきてくれることと、そのサイズを記録したイシューノートと呼ばれる記録用紙を渡してくれることだ。

 大手のテーマパークではこの貸し出しもIT化されて端末で行うことができるようになっているのだが、監督の「衣装にも愛情を」という意向によってアーニメントでは人を介した貸し出しにこだわっている。


 クリーニング済みのコスチュームのほのかな洗剤フレグランスが、アウローラユニットの集まるフィッティングルームにも空調の風に乗って流れてきた。


 アンバサダーのコスチュームはいろいろあるが、今メンバーに貸し出されるのは「アンバサダー・パークワイド・コスチューム」と呼ばれる種類のコスチュームで、白いスカート風のミニ丈キュロットに青のチェックのベストというものだった。


 パークワイドというのはテーマエリアを選ばずに着用できるものをいう。通常、キャストは自分の担当するエリアでは、そのテーマにあわせたコスチュームを着用する。そのため、セキュリティキャストやナースなど、特別な職にいるキャスト以外はそのコスチュームのまま別のエリアに移動することは許されない。


 その垣根がなく、基本的にオンステージもバックステージも関係なく着用できる種類のコスチュームを「パークワイド」と呼ぶ。アンバサダーはパークのすべてのエリアのほか、パーク外の普通の街中でも活動するためこうしたパークワイドなコスチュームが支給されるのだ。


 コスチューミング基準としては、通常は右胸にネームタグをつけるが、ステージに出演する場合は何もつけないか、あるいはそのイベントなどで使う「アイコン」を着用することが認められている。帽子を着用するときは、リボンが付いた水兵帽(マリンキャップ)を使うことになっている。


 今はオールシーズン用の長袖のブラウスだが、夏になれば半袖のものもある。結構細かい規定があり、季節や天候によってもまた違う。面白いのは、ステージ用にアイドルばりの「ブーツ」まで用意されていることだ。もっとも今はオンステージ用に普通のパンプスなのだが。ネクタイは紺とマリンブルーのグラデーションで、よく見るとココの肉球がデザインされている。


 東京の大手テーマパークのアンバサダーとは立場が違うので、さすがにアイドルの衣装とは違うものの「かわいさ」「見栄え」という点にはかなり力を入れているのがわかる。


 最初にフィッティングを始めたのは田澤、いずみ、こまちの3人で、3つしかない個室をやりくりして進めていったのだが、なぜかいつまでたってもこまちが出てこない。コスチューミング・キャストが何度も行ったり来たり、最後には何か洋裁用の箱までもってきていた。


 最後の組みとなった広森とさくらが試着室を出たとき、3人がかりで対応していたこまちも更衣室からようやくでてきた。


 こまちはくるくると回りながら、みんなの前でなぜか「どやぁ」といいたげな顔で一人ファッションショーを披露していた。本人は満面の笑みで「完璧!」と喜んでいて、フィッティングを担当したキャストに「うきゃー」と感謝(?)の言葉をかけていた。が、こまちのブラウスは丈が長めで気を抜くと手首より先をほとんど覆ってしまい、キュロットにいたってはミニ丈のはずなのに、誰が見てもミディアム丈にしかみえない。みんなの頭の中には「七五三の子供」または「入学式の中学生」という単語が張り付いていた。


 甘えんぼ袖なるものの存在を知っていればみんな納得したと思うが、残念ながらその単語を知っているのはつばさだけだった。


 SVはこまちがひらひら嬉しそうにコスチュームを田澤やつばさに見せているの眺めながら、考えこむように指先で顎をいじった。


 「そうね…… イシューカウンターに補正の依頼をして、無理なら新規に発注……」


 そこまで言いかけると、広森がやさしそうな、かつ、有無を言わさないような笑顔でSVに進言した。


 「こまちさんは、このままでいいと思います。かわいいので」

 「え……、でも、ちょっと丈が長すぎる気が……」

 「こまちさんは、このままでいいと思います。かわいいので」

 「……」


 優しそうな笑顔に説得されたのか、あるいは、言外の圧力を感じる黒い気配を感じたのか、SVはそれ以上はその件に触れるのはやめた。広森の後ろでは美咲とつばさが、まるでグラビア撮影みたいにこまちにポーズの要求をしていた。

 


          **



 コスチューミングを終え、パークのウォークスルーのために構内シャトルバスでエントランス方面へ向かう。構内のシャトルバスはパーク用に新車で納入された特別仕様のバスを使って運行されている。


 ただし、特別仕様というのは、キャラクターがついているとか、なにか面白い仕様になっている、などではない。車体自体は普通の路線バスと同じいわゆる「ワンステップバス」なのだが、最後尾をのぞき全てのシートが進行方向に向かって縦向きのロングシートで、通勤電車のようになっている。


 法律の関係で空港で使われるバスでもないかぎり、こういう座席配置はあまりない。つまりそこが"特別仕様"なのである。一般の路線バスとの共通点は中扉の前が車いすスペースになっていることだが、それはこの車が多客期シーズンに臨時駐車場やホテルとのゲスト送迎に使われることがあるからだ。ちなみにこのバスを運転してるのは外部の会社で、カラオケボックス店やレストランを運営する会社の配車部門に委託している。


 このシート配列には特徴がある。

 ひとつは大人数が乗っていても乗り降りがしやすいこと。


 そしてもうひとつは、車内のどこにいても目立つキャストがいれば乗客の視線がそこに集中する、ということだった。


 アイドルばりのアンバサダーが大量に乗っている様子は目立つわけで、そのことを意識したさくらは、さすがにちょっと恥ずかしくて吊革につかまりながら視線を窓の上の掲示物に固定していた。ちなみにその掲示物は「ゲストはどこでもあなたをみていますよ」という人事・ユニバーシティ課の啓発ポスターだった。


 美咲はキュロットの裾をつかんで「スカートでもいいのになー」とつぶやいていた。さくらが「動き回るから、スカートは、やだよ」と笑って応じた。

 しかし、ふと、さくらが表情を変えた。不審がった美咲が、「なに? どしたの?」と聞きながらさくらの視線と同じ方へ目を向けた。


 そこには、若い大学生くらいの女性キャストと話しているいずみの姿があった。いずみは脚線美なうえ、撮影で鍛えたのか姿勢も美しく、女性キャストは完全に舞い上がっていた。そのうえ「これからの私たちに期待してね。よろしくねっ」なんて言いながらウィンクなんかするものだから、バス後方のエリアではひっきりなしに黄色い声が上がっていた。


 同じ女性同士でも、こんなに顔が赤くなるほどキャーキャーいうことがあるんだなぁ、ということを学習して、さくらはまた一つ余計な大人への階段をのぼった。


 運転手さんが「パイレーツメンテナンスビル前です」とアナウンスし、こまちがすかさず降車ボタンを押した。つばさが「ちぇ、出遅れた」と悔しそうにつぶやくと、こまちがむふーと得意げな顔をしていた。


 オンステージへの経路の関係でメンバーは途中下車する。


 なんだかファンが増えたようバスの車内に向けて、いずみがモデルスマイルを惜しげもなく披露し手なんか振ったりするから、バスの窓から女性キャストたちが手を振りかえしながらきゃーきゃー騒いでいた。

 あっけにとられていた美咲とさくらだった。ぽかんとその様子を見ていると、いずみが顔を振り向かせた。さっきまでのモデルスマイルはどこかへきれいに消え、「ふふふん」という不敵な笑みを浮かべ、得意げな表情を二人に見せた。


 「どうよ。宣伝ばっちりっしょ?」


 美咲が感心していた。


 「なんか、すごいね」

 「ふふん。まいったか」

 「営業スマイルもここまで来ると職人技だねー」

 「私の必殺技だかんね。もっと崇めたまえよ」


 得意そうな顔のいずみと妙に感心している美咲を見て、さくらは「なんだか、いいコンビに、なりそう……」と思ったが、口にはしなかった。



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