(7) 輝くステージに、いつか、みんなで
全員でオフィスに帰るころには日が暮れて、時計の針は18時を少し過ぎ、夕焼けの明かりが部屋をオレンジいろに染めていた。城野がオフィスの自分の机のうえにIDカードを並べていて、「ああ、ちょうどよかったです」とSVに声をかけてきた。
今日の退勤時間が近づき、アウローラユニット初めての終礼が行われる。
廊下にみんなで並んで、SVと久保田がみんなの前に並ぶ。
そこで、城野から全員に「IDカード」が配られた。
会社から支給されたホルダーに入れられたIDカードの顔写真は、今日撮影した「笑顔」の写真だった。
久保田がみんなに
「明日からのトレーニング、皆さんがんばってくださいね」
と声をかけた。
はーいっ! という部活を終える生徒みたいな声でみんながそれに答えた。
18時30分を過ぎ、美咲がデジタル式のタイムレコーダーのIC読み取り部分にIDカードをタッチする。「おつかれさまでした」という合成音声が聞こえる。美咲がその声に
「あ、おつかれさま」
と挨拶していた。
いずみが変なものをみた、という目で美咲をみていた。
「なんで機械にあいさつしてるのよ?」
「えー、だって機械がおつかれさま、っていってるしー」
舞が美咲のやり方を見ていたのか、同じように時間を記録し、同じようにタイムレコーダーに挨拶していた。
いずみが、ゲッという顔をしていた。
その後に続くみんなも同じようにタッチとあいさつをセットで行っていた。
さくらといずみが最後になり、さくらがなんだかうれしそうに合成音声相手に「おつかれさま」とあいさつをした。口をへの字に曲げたいずみが周りをみると、みんなが見守っていた。
―― ピッ オツカレサマデシタ
…………はい、おつかれさまっ
顔を赤くしながらあいさつするいずみを見て、美咲がふきだした。
「いずみさん、機械に挨拶するんだねーっ」
「なっ!? あ、あんたがはじめたんじゃない!」
さくらは二人のやり取りを面白そうに見ていた。
「まあまあ。あいさつは、大事だよ?」
いずみが反論できずに何とも言えない複雑な照れ顔を浮かべている後ろで、美咲はまだ笑っていた。
――この時以降、タイムレコーダーへのあいさつはアウローラユニット内で一つの様式美として定着していくのだった。
アウローラユニットのメンバーが退勤したあと、SVは見学させてもらったお礼をいうために、エンターテイメント棟の楽屋に向かった。その楽屋は2階の渡り廊下を奥に進み、トレーニングルームを通り過ぎてセキュリティ棟への渡り廊下の手前を左に曲がった場所にある。
ダンサーの数が多いため、比較的広い部屋で、鏡や洗面台などもついている。着替え自体は男女別の更衣室を利用するが楽屋は男女共通だ。
ノックしてから楽屋に入るとステージに出演していたダンサーたちが着替えを終えて休んでいた。おつかれさまです、とSVは声をかけると口々に返事が返ってきてにぎやかになる。集まっていたダンサーは、あの集団が今度の「アウローラユニット」のメンバーと聞いて興味を持っていたようだった。見学させてもらったお礼を伝えた。「みんな、楽しんでいました」とSVは教えた。
だが、若い男性ダンサーがスポーツドリンクの入ったドリンクボトルを手にして、思い出しながら答えた。
「そうかなぁ……、あの中にいた、なんか美人な髪の長い子、そんなに楽しんでなかったような気が……」
「あー私も、ちょっと気になったかな。キッズイベント系苦手なのかな?」
若い女性ダンサーも座りながらそう指摘した。SVは、ダンサーたちが意外と客席を見ているという事に気が付いて、その若い女性に聞いた。
「皆さん、やはり客席の様子とか気になりますか?」
「まあ、それは……反応とか気になりますからねぇ」
「みなさん、現状はどうお感じですか? 正直なところを聞かせてください」
ダンサーたちは顔を見合わせ、そうだなぁ……と考えるていたが一人が口を開く。
「楽しいかといえば、楽しいけど、やっぱり、遊園地のステージだから、とは思っちゃうよね」
「そりゃ、ライブとかのほうが仕事としても楽しいよ」
「ここのはあくまでも生活のためのバイトだから」
なるほど、とSVは思った。ここのダンサーたちの多くは兼業であり、パーク外でステージやライブにも立っている。そういった立場からみると、今のパークのエンターテイメントは世間のイメージ通りの「遊園地のイベント」に過ぎないようだ。
ショーマンシップという観点から見れば好ましいことではないが、そう思わせるようなショーしか作らなかった会社側の責任の方がより大きいだろう。それでも、ステージ上ではしっかり演じてもらってるのだから、むしろ感謝すべきなのだ。
しかし、若い女性ダンサーは
「同じ舞台に立つ立場としては、あの子たちも楽しいステージというか、独特の快感を味あわせてあげたいよね」
ともいい、それについてはみんなが同意していた。
何を変えていくべきか、変えないでいるべきか。
今のダンサーたちの言葉が、今のパークの状況を的確に表しているようにSVは思えた。
子ども向けなら子供だましでもよい。遊園地のショーはこんなもの。
そういう意識がショーの演出に染みついているのではないか? そもそも、ここのショーの制作を自分たちではなく、外部会社に丸投げして委託している時点で誰かを楽しませようという意識が低いと思われても仕方がない。出演させる側がこういう意識なのだから、演者を責める権利はないだろう。
SVが廊下に出たとき、部屋の外で待っていた久保田が声をかけてきた。
「いかがでしたか?」
「うん。まあ、みんな新しい後輩を気にかけていてくれたみたいよ」
「皆さん、やはり仲間意識があるんですね」
「そうねぇ。だから、プロジェクトの成功はアウローラだけが人気が出てもダメなのかも。パフォーマンスユニットのみんなも、よろこんでくれるような…… そういうものにしていかないとね」
タイムカードを通した後も、ロッカーの整理やスケジュールの確認などで、みんなが本社D館から出てきたのは19時過ぎだった。
空はすでにオレンジから紺色へと変化ししつつあり、そのグラデーションの中でいばら姫の城はライトアップされて、美しくその姿を浮かびあがらせていた。
月に1度だけ。それも、特定の土曜日にしか行われないイベントが始まろうとしていた。
バームと呼ばれる人工林の向こう側に見えるその城の姿を、エンターテイメント棟の前の駐車場でみんなは見上げていた。
微かに風にのってパーク内から聞こえるファンファーレ
そらに、大輪の花が開く。
大きな音が半秒だけ遅れて響いた。
青、黄、白の輝きがみんなの周りを満たす。
はしゃぐ美咲や舞の声を聴きながら、その幻想的な風景を瞳に反射させながら、さくらは、花火の輝きとその光の中で踊るように浮かぶいばら姫の城のシルエットに目を奪われた。
――― いつか、わたしも、あの光の中でステージ立つ時が、来るのかな?
自分では声に出したつもりはなかった。だが、その独り言は知らずに言葉となって口から漏れ出ていたらしい。美咲と舞がさくらの顔を覗き込んだ。
独り言が聞こえたことに気が付いたさくらは、顔を赤くしてしまった。
美咲が花火に負けないような笑顔で、光の花々が咲く空を指差した。
「きっとくるよ! そのために私たち、ここにきたんじゃん!」
舞も同意するようにうなずいていた。
光の波に伸びる影法師が並ぶ。
これから、どんなことが待っているのだろう?
明日から、なにが起こるんだろう?
そんな、ちょっと不安だけど、わくわくするような気持ち。
夜空に浮かぶ花火は、そんな気持ちを代弁してくれているようにさくらは思えた。さくらは輝きを抱きしめるように、胸で手を強く握った。
それは、さくらが心を決めた瞬間だった。
―― あの花火みたいに輝くステージに、いつか、みんなで
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