(2) 魔法を探しにいこう



 普通の会社であれば土曜日は閑散としているところだが、アーニメント社の本社エリアはむしろ人が多くにぎやかだった。


 一般道から少し奥まった場所にある本社ゲートで、さくらと美咲は制帽を被ったセキュリティガード・コスチュームを着たゲート担当のセキュリティ・オフィサーからピンク色の仮入構証を受け取り、首からぶら下げていた。

 服装は「私服勤務者」の規則に従ってスーツでということなので、さくらも美咲も母親から借りたスーツ姿だった。


 親切に場所を教えてくれたセキュリティ・オフィサーにお礼をいって本社B館のユニバーシティ・ルームの隣にある控室に入ると、すでに一人パイプ椅子に座っていた。控室は再入社などのキャストの手続きなどのためにも使われる部屋で、ユニバーシティ・ルームに比べると、学校の教室のようなイメージだった。


 アーニメントのアニメ作品の音楽がBGMとして流され、テーマパークの雰囲気を高めている。部屋の様子を見回しているとき、美咲は先客があの日声をかけてくれた広森だと気が付いた。


 「広森さん! 受かってたんだ!」


 よかった~と安心する美咲は、さくらに、「ほら、あの話の……」と教えた。さくらはそれで広森と美咲の関係を思い出した。あわてて頭を下げる。


 「あ、あの、こんにちわ! あと、ありがとうございました! その……」


 広森は優しそうな笑顔だった。


 「井川さん……でいいんだっけ? あなたも合格だったのね。これから、よろしくね」

 「は、はい! よろしく、おねがいします」


 3人でなごんでいると、部屋の後ろのドアから一人の女性が入ってきた。


 「井川さん、来ていただけたんですね」


 それは、書類を間違えたことで、結果的にさくらをここに導いた久保田だった。さくらはまた深々と頭をさげた。


 「えと……こんにちわ……その」

 「ごめんなさん、恥をかかせるようなことをしてしまって」

 「ふぇ!? あ、いえ、そんな!……あの時、オーディション受けてなかったら、私ここにいなかったし……」

 「でも、来ていただけてうれしいです。お断りされるんじゃないかと思っていたので」


 広森と話していた美咲が振り向いて明るい笑顔を見せた。


 「私が説得しましたから。ね?」

 「え? あ、そうだね。美咲ちゃんが、一緒にって、言ってくれたから」


 久保田はほっとしたのか、目を細めていた。


 「仲がいいんですね、お二人は」

 「はい! ね、さくら?」

 「う、うん」


 こくこくと首を振って全力で肯定するさくらだった。



 

 わいわいとにぎやかになった控室への扉の前でやや短めのボブヘアの女の子がひとり、扉の前で迷っていた。引っ込み思案なのか、扉を開けるタイミングを悩んでいるようだった。

 その女の子の後ろから、背の高いスタイルのいい女性が、何人かの女の子と一緒にやってきた。まん丸のノンフレームのメガネをかけた背の低い女の子が、袖を余らせながらそのスタイルのいい女性に「ここ!?」と声をあげ、ビシっと指をさしていた。

 スタイルの良い女性は首から下げた入構証に「菅野すがのいずみ」と名前が書いてあった。いずみは、その引っ込み思案な女の子に声をかけた。


 「どうしたの? 入らないの?」

 「え!? あの、今から入ろうかなぁ~って」


 いずみは、何となくその女の子の性格を察したらしく、じゃあ、といってその女の子の背中を押した。


 「じゃあ、いっしょうに入ろう」

 「え? え?」


 "安浦浜やすらはま 舞"と名前が記入されている入構証を大きく揺らしながら扉を開けると、美咲や広森の視線がその女の子に集中した。


 「あ、あの……おはようございます」


 ははは、とあいさつしたが、その表情は戸惑いがちな笑顔だった。


 さくらは集まった女の子の中で、いずみだけオーラが違うのに気が付いた。

 「あの人、どこかでみなかった?」と隣に座る美咲がささやいてきたがが、すぐには思い出せなかった。話を続けようとしたときにBGMが止まり、部屋の前の方の扉からSVが入ってきた。




 久保田が人数を確認してみんなそろっていることをSVに伝える。SVがこんにちわとあいさつすると、みんなも「こんにちわ」と返していたが、どうにも声がそろっていない。その点には何も言わず、SVは話を進める。


 「出欠は、このあとのユニバーシティで行います。ここでは、まだ詳しく聞いていない人もいると思いますので、『プロジェクト・アウローラ』について説明させていただきます」


 久保田に資料を配るようお願いして、学校の音楽の授業みたいに資料をみんなで回してもらう。資料がいきわたったのを確認すると、SVは真面目な表情で話し始めた。


 「今から説明することは、普通に勤務するキャストには話さないことだけど……ここにいるみんなには聞く権利があると思うので」



 SVが説明した内容をまとめると……



 率直に言って、アーニメント・スタジオの経営はあまり良い状況ではない。

 今のままの状態ではいずれ破たんすることはあきらか。

 そこで、アーニメント社の関係企業であり出資者であるINOUEグループとともに再建計画を立てている。


 来年のパーク30周年に合わせてリニューアルを行い、その計画の成功の目安が年間200万人の入込数の確保とされている。


 一方で再建計画が実施不能と判断されると、業態転換も含めた厳しい事業整理が行われる。それはつまり、この秋田の地に30年かけて作ってきた歴史が0になるということ。


 そこで、INOUEグループが再建案を実行するかの判断として提示してきた条件は


 "12月末までに150万人の入込数を確保すること"


 6月の時点で約45万人の入園者であり計画からは今期だけですでに30万人不足している。したがって残りの期間ひと月17万5千人、1日5500人程度を確保する必要がある。


 この目標を達成し、来年以降もゲストに継続的に来園を促すための切り札。

 それがこの計画、――アンバサダープロジェクト・アウローラ―― だった。




 「みなさんには『アンバサダー・キャスト』としてパークの顔になっていただきます」


 いまいちピンと来ていないみんなは、少しぽかんとしている。


 「テーマパークにはよく、キャラクターがいますよね? みなさんにはそのキャラクターと同じような役割をはたしていただくことになります」


 あー、という納得するような声が聞こえた。

 だが、一名だけ、あまり納得していない子がいるようだった。

 いずみが手を挙げて質問してきた。


 「具体的に、何をするんですか?」


 SVはうなずいて、いずみの方に体ごと向いて口を開いた。


 「基本的にはエンターテイメントへの出演や、テレビや雑誌なんかの広報活動、親善訪問……まあ、そういったところかな」


 きつい眼つきでSVに視線を固定させ、いずみはキビキビした声でさらに質問を続けた。


 「それって、遊園地のスタッフのバイトの域を超えていますよね? つまり、タレントとかアイドルみたいなものではありませんか?」

 「はい。否定はしません。そして、私たちが都合の良いことをみなさんに要求していることも理解しています」


 いずみの様子に、気の弱そうな舞がなんとなくビクビクしているのがわかった。SVは最初いずみの言葉に少し緊張していたが、いずみの質問の意図を理解した。


 なるほど、そういうことね……


 それなら、建前ではなく、正直に話すべきだろう。


 緊張した空気のなか、静まる。

 そして、SVはふと表情を緩めた。


 「実をいうと、私もみんなと同じ新人なのよ、このパークでは。ついこの間まで私の肩書は『家事手伝い』だったんだから。ああ、性別は問題じゃないわよ」


 いずみの視線はまだ鋭いものだった。SVはそれでも話を続けた。



 ……小さいころ、おじい様に連れられて見たこのパークはとってもきれいで、夢みたいな場所だったわ。


 おじい様もとっても誇らしげだった。


 それが今は、この惨状。改めて覗いてみたとき、これはもうだめだと思ったわ。よくある潰れてゆくテーマパークそのものだったから。


 それでも、この場所には、ほかのパークにはない『思い』があった。それだけはわかるのよ。だって、こんなありきたりなテーマパークにわざわざ足を運んでくれるゲストがいるんだもの。


 だから思ったの。


  ここは眠りに落ちた『いばら姫』といっしょだってね……




 アーニメント社が制作した長編アニメ「いばら姫の物語」に出てくるいばら姫は、物語が原作と異なり城に閉じこもり眠りにつくとき、自ら生み出したいばらで城を包んだ。SVはパークシンボルともなっているそのお城のお姫様とこのパークの状況が重なって見える、と伝えたかったのだろう。

 


 みんなの顔を見渡しながら、SVは表情を引き締めた。


 「みなさんも同じです。皆さんの胸の中にある『可能性』や『魅力』はまだ眠ったままです」



 だから、私はみなさんを選びました。


 私にとってここは特別な場所です。そして、ほかの誰かにとっても特別な場所であってほしい。そう信じています。


 世界で一番幸せな場所、とまではいいません。でも、誰かにとって一番大切な場所にする。


 それって素敵なことだと思いませんか?


 そのために、私たちと一歩ずつ、ステージへの階段を昇っていきませんか?



 ―― きっと、何かがそのステージにはあるはずです。みなさんを輝かせるなにかが。


 すっと、いずみが立ち上がった。その眼はSVの顔をまっすぐ見据えていた。


 「その何かってなんですか? 私たちがステージに上ることで何が変わるんですか?」


 空気が緊張する。

 SVは目を閉じて考える。言葉を選ぼうとしたが出てこない。

 だから正直に


 「わからないわ、そんなこと」


 と答えた。

 いずみはその答えに、ちょっと面喰ったようで、意外そうな顔をしていた。部屋の中のみんなが視線をSVにくぎ付けにする。顔を上げ、それでも少し表情を柔らかくして思いを言葉にした。


 「だから、そこにいくのよ。そのステージに何があるか、どんなことが起こるのか。それをみんなで見に行くために」


 久保田が二人を見てドキドキしていた。

 いずみが何もいわず、そっとパイプ椅子に座った。その表情は、幾分柔らかいものだった。久保田はほっとしていた。



 SVはその表情をみて、いずみが目的を達したことを理解した。みんなの顔をなでるように見てゆく。まだ、何人かは迷っているような印象だった。


 「この部屋の向かい側に、正式な契約書類と今日の資料を用意してあります。10分後までに、その部屋にお集まりください」


 ここで、エンターテイメント部恒例の儀式を行う事にした。これは、代々エンターテイメント部のキャストの入社の際、覚悟を確認するために行われている事だった。


 「ただし、このプロジェクトに参加することをご納得いただけない方は、どうぞこのままお引き取りください。その際は、ご縁がなかったという事で」


 それでは、といってSVは部屋を出ていった。



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