<遅刻理由7> 東京ノンラブストーリー


 ――ガタン、ゴトン、ガタン、ゴトン。


 朝のラッシュの真っ最中。

 あたしは満員電車の中にいまして、すし詰めぎゅうぎゅうヘルプミーな気分です。

 むぎゅぅ……

 なんというか、人口密度が高すぎです。

 狭すぎて腕も伸ばせませんし、人混みに押されて片足が浮いてます。

 ほんと満員電車は、人ごみ耐性のない田舎者には、地獄の空間だと思います。


(内臓 潰されるのです……)


 ガタゴト揺れるドアに押し付けられながら、ふと思い出します。

 田舎から出てきたばかりのあたしにとって、満員電車の人類生存が不可能な圧迫感が、車内に液晶モニターが付いてたのと同じぐらい衝撃だったことを。

 噂には聞いていましたが、まさかここまで酷いとは思いませんでした。


 ――ヤバいッ、

 ――狭いッ、

 ――人多いッ、

 ――むぎゅーッ。


 満員電車のチカンに怯えていたのも、今ではいい思い出なのです。

 車内の人混みで逃げ場のないあたしの右手が、リアルタイムでおっさんの尻に触れているのが現実なのです


 ……触ったり触られたりは、お互い様。

 ……もう慣れたのです。


 そんな、あたしは。

 以前から、東京に住んでいたわけではなく。

 高校に進学する少し前――

 両親が、海外で仕事をすることになったのです。


 あたしの両親は、カタギのまっとうな商売とかけ離れた、変わり種の仕事をしていまして。

 共働きで、高収入で、なので。

 夫婦で、海外にほとぼり冷めるまで逃亡したり、

 父親が、名前も聞いたことがない外国に芸術作品の名目で児童ポルノを撮影しに行ったり、

 母親の書いたハードゲイなホモ漫画が、ヨーロッパで発行禁止処分を受けたので抗議しに行ったりと、

 朝になって目覚めたら、リビングのテーブルに

『群馬のおばあちゃんのところに行け』

 と、殴り書きされた紙切れが「ぽつーん」と置いてあったりする、アブノーマルな家庭なのですが……

 さすがに、数年連続で海外は初めてです。


 ……

 …………まさか真っ赤な嘘で。

 ……


 本当は海外の刑務所でしてるとかないですよね?

 いちおー電話とメールは来ますけど……


 そんなわけで、あたしたち姉妹は両親に「一緒に来るか?」と聞かれました。

 でも、あたしと由宇は拒否しました。

 『Amazon』と『中央書店コミコミスタジオ』が、海外発送に弱いからです。

 そしたら

「マンション借りるからそこに住め。どっか住みたいトコあるか?」

 と聞かれたので、


 あたしは、迷うことなく「東京」と答えました。

 東京に来れば、少女漫画みたいな恋ができると思っていたのです。


 あの恋愛ドラマでも、あの恋愛小説でも、舞台はいつも大都市東京でした。

 だからきっと、素敵な恋は東京の特産物なのだと。

 なのであたしも東京に行けば、きっと素敵な恋ができるに違いない。


 ――そう思っていた時代が、あたしにもありました。


 実際に来てみれば、現実ファックなリアル世界はどうでしょう?

 夢にまで見た恋愛イベントは起きるフラグすらなく、ニートの妹や愉快な部員と、おもしろおかしくアブノーマルな高校生活の日々で、慌ただしすぎて恋する暇もねぇのです――と、自虐ネタを振りますけど、それは腐女子を隠す真っ赤なフェイク。


 あたしが、新居に東京を選んだ、真の理由!

 それは、中野っ!

 オタク女子の聖地、オタク女子が集う街っ!

 秋葉原、渋谷、原宿、吉祥寺!

 腐女子ショップのある店、何かと買い物に便利っ!

 池袋、特に東口はマーベラスゥゥゥ!

 究極にして至高っ! 腐女子の天国ゥゥっ!

 ここに通うべく、あたしは東京を選びましたっ!

 乙女ロード、東池袋のバージンロード!

 アニメイト池袋本店、K-BOKKS、まんだらけ!

 らしんばん、コアブックス、明輝堂、Fromagee!

 腐女子向けの専門店が、揃いに腐ったシルクロード!

 腐ったロードで、財布が軽くなるのは必然っ!

 野口が死に絶え、諭吉は倒れ、財布の中には樋口が一枚!

 でも、大丈夫なのですっ!

 東池袋には「サンシャインシティー」があるから大丈夫!

 BLに財布資源を食いつぶされる腐女子と、

 安く済ませるオシャレが揃うサンシャインシティーは相性抜群なのですっ!


 ――ガタン、ゴトン、ガタン、ゴトン。


 満員電車の揺れる車内で。

 ふと、現実に戻ったあたしは。


「はぁ……」


 センチメンタルな、ため息をひとつなのです。

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