<遅刻理由1> 今日も朝から絶好調なのです



 …………むにゃむにゃ..

 ………すやすや..

 ……Zzz..

 …Zzz..


 まどろむ意識で、もーろーと。

 朝日がポカポカ、明るいまぶた、ここは自宅で、今は早朝。

 窓辺でさえずる小鳥の声が、チュンチュンかちかち時計のリズム。

 耳に聞こえる朝のメロディー。

 それを壊すは、


 ――リンリンリーン。


 目覚まし時計のモーニングコール。

 ふかふか布団にフワフワ抱かれる、あたしはいわゆる眠り姫。


 ――リンリンリーン


 おねがい目覚まし、もう少しだけ。

 まだあたしは、夢を見ていたいのです。

 邪悪な魔法で眠りに落ちて、溶けぬ呪いに瞳を閉じる。

 停まった時間で目覚めを願う、ガラスの棺の眠り姫を演じていたいのです。

 ですが、常世とこよに覚めない夢はなく。

 いつか白馬の王子がやってきて、棺に眠る姫君に解呪の接吻をするでしょう。

 でも、はたして姫君は、ほんとうに覚醒それを望むのでしょうか?

 眠れる姫君のただひとつの願いは、現実世界の苦しいことや、辛いことに目をそむけ、夢の世界で永遠とわを生きることかもしれません。

 だとすれば、呪いをキスで解除して眠りを覚まそうとする王子様は、親切心で余計なことをしやがる、迷惑極まりないファッキン野郎でありまして。

 つまり、童話をたとえに、何が言いたいのか申しますと。

 あたしは、まだ眠っていたいのです。


 …………むにゃむにゃ..

 ………すやすや..

 ……Zzz..

 …Zzz..


 ――リンリンリーン

 ……目覚まし時計がやかましっ。


 あたしの眠りを妨げやがる、たわけな機械を粛清したいのです。

 それはもうバールか何かで叩き壊したくなるぐらい……いや、この時間に起こせと設定したのはあたしですけど。

 しかし、目覚し時計は健気です。

 どれだけ持ち主に疎まれても、どれほど邪険に扱われても、それでも主人に尽くして、嫌われるために己の義務を果たす。

 マゾ豚でもなければ、こんな仕事はやってられませんよ。

 それと比べて、羽毛布団は典型的なダメ男タイプだと思います。

 仕事に行かなきゃと言う女性(28歳 OL)の耳元で、

「もうちょっといいだろ。俺は離れたくないんだ。お前も俺が好きだろ?」

 と、甘い口調で囁くヒモタイプ(24歳 自称ミュージシャン)です。


 ――リンリンリーン


 目覚まし時計は、あたしに起きろと健気に呼びかけます。

 だけど、もう少しだけ寝ていたいのです。

 あなたの声で起きないと……でも、あたしは眠いのです。

 わがままで自分勝手。

 そんなあたしでゴメンなさい……

 Zzz...って。

 いくら眠くても、そうはいかないワケで。

 どんなに眠くても、どんなに疲れていても、昨晩は日付が変わるまでBLゲームをプレイしていたのでダルさマジLOVE1000%でも、あたしは起きないといけません。


 ですが、3万8000円の高級羽毛布団が阻むのです。

 ふかふか優しく抱きしめて、あたしの耳元で囁きかけるのです。


布団「ミク、もう少しいいだろ?」

時計「布団よ、そこまでにしておけ。ミクが遅刻してしまう」

布団「目覚ましの旦那、ミクは俺と寝ていたいんだぜ?」

時計「たとえミクが学校をサボるのを望もうと、我は呼びかけ続ける」

布団「勝手にしろ。俺はミクとイチャイチャしてるぜ」

時計「起きろ! 起きるのだ、ミクよ!」

布団「健気なこった。ミクは俺の虜だっていうのに」

時計「起きろミク! 辛いだろう、苦しいだろう、だが起きろっ!」

布団「見苦しいぜ! 俺のミクは寝ていたいんだ!」

時計「見苦しくて結構! 我がミクの一日は、布団の中で終わらせてよいものではない!」

布団「ミクの幸せな寝顔を見やがれ! これがミクの望みなんだ!」

時計「寝言は布団で寝て抜かせ! ミクは起きて学校に行くことを望んでいるっ! 貴様はそれを妨害しているだけだっ!」

布団「グッ……だが」

時計「貴様はミクを拘束しているにすぎない! ミクは目覚めを望んでいる!」

布団「…………」

時計「我らは共にミクの幸せを願うのだろう。ならばミクを応援してやろうではないか」

布団「俺の負けみたいだな……じゃあな俺のミク。また疲れたときは抱かれに来い。俺はいつでも待っているからな」


 ――リンリンリ(カチッ)


「ふぅー、今日も絶好調なのです」

 寝起きで頭がぼぉーとしても、擬人化妄想でフル稼働。

 男同士もいいですが、たまにはノーマルな妄想も良いものです。


 時計・布団・あたしの三角関係。

 普段のあたしの妄想に比べれば、極めてノーマルですよね?

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