第229話

 エレベーターホールに私は駆けこんだ。


 入口のガラスのドアがしまると、しずかになった。そとの喧騒が嘘のようだ。無音が私の耳朶じだを打つ。


 矢野はまかせろといっていたが、おそらく本人も連中に勝つつもりはないのだろう。


 前線にでていたちんぴらはなんとかなるかもしれないが、その奥の黒スーツの人たちはどう見ても別格の人種だった。


 しろうと以下の私だってわかるくらいに、やばい雰囲気がぷんぷんしていたのだ。いくら私立校の生ぬるいヤンキーだったとしても、矢野たち一味がそのことに気づいていないわけはない。


 つまり、丹波を連れてここから逃げろ。あるいは隠れろ。


 先ほどの矢野の言葉の意味はそういうことなのだ。


 だが、この病棟には今私がはいってきた以外に、ほかに逃げるルートはない。入口はこの直通のエレベーター一基だけなのだ。


 どうすればいい?


 あるいは、この騒ぎをききつけて病院の警備員が警察を呼んで、それが到着するのを待てばいいのだろうか。


 それには何分耐えればいい?


 私はこの場からぶじ丹波を守る方法を模索した。


 方法としてはバカらしいものもあわせいくつかの道が見えたが、どれも成功する確証がない。決定力が圧倒的に不足している。


 すでに到着しているエレベーターの扉をあけた。


 飛びのった。


 エレベーターホールの先のガラス扉のそとでは、矢野たち不良と暴走族の連合軍が、ちんぴら連中と攻防をくり広げていた。


 そのうしろには黒スーツの集団が控え、今にも動きだしそうな雰囲気をかもしだしていた。


 おそらくこのようすならば、もって数分というところだ。十分以上は絶対に猶予がない。


 私はそう直感した。


「とじる」ボタンをプッシュして、ドアをしめた。私をのせてエレベーターが動きだした。

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