第165話

「いかないでくれ。いかないでくれ」


 うわごとのようにいい続ける。今日はどうにも重症だ。私は父のまえにまたしゃがみこんで、再度、事情を説明した。


 私はこれから約束があって、でかけなければならない。


 母も午後一時か二時には帰ってくる。


 今からなら、あと五時間くらいだから留守番できるでしょ。


 そういったことをかみくだきながら、ひとつひとつていねいに説明したから、やたらと時間がかかった。


 しかし。私の話が終わっても、父のいいぶんは一貫していた。


「いくな。ひとりにしないでくれ」


 いいかげんに頭が痛くなってくる。


 そういえば土曜日に家に誰もいないなんてことは初めてかもしれない。


 母は毎週パートにでかけていたが、土曜日の午前中は私がいた。アルバイトがあるとしても私の場合、午後からだ。


 なにがあっても母といれ違いになる。父がひとりになることはない。


 父としては平日ひとりで放っておかれているぶん、土曜と日曜は家族にかまってほしいのかもしれない。


「はあ」


 ため息がでた。


 時計を見た。


 九時をすぎている。


 待ちあわせ場所につくのがぎりぎりになってしまうけれど、まだすこしだけ時間がある。


 私はフローリングに座りこんで、父の説得を開始した。

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