第139話

「なあ」


 その言葉に丹波が言葉をかぶせた。私は反射で振りむいてしまう。


 一瞬間、無言が続いた。


 丹波はポケットに手をつっこんだ。


 なにかをあさり、すぐにその手をふたたびだした。手のひら側をうえにして、にぎった拳をゆっくりひらく。


 そこにはいつか見た、ヴィクトリノックスがにぎられていた。


 丹波は逆の手をつかい、七センチブレードの短い刃を起こす。それを自分のほうにむけ、柄を私のほうにしてわたす。


 私はまたも反射的に受けとってしまう。


 丹波はいう。


「それで気がすむまでおれを刺せ。そんなもので初乃が受けた苦痛がらくになるとは思っていない。救われるとは思っていない。おれをゆるしてくれるなんていうことも思っていない。だけど、おれは初乃から制裁を受けなきゃいけない。それくらいのことをした。こんなもの、ただのおれのマスターベーションだ。罪悪感をごまかすだけのものだって思うかもしれない。けど、ゆるせない。おれは自分がゆるせない。初乃もゆるせないだろ、おれのこと」


 そのせりふはすべて真剣だった。嘘偽りはどこにもないし、甘い言葉じゃもちろんない。これが丹波の責任のとりかたなのだろうか。金髪の少年は言葉を続ける。


「こんな短いブレードじゃ死にはしないさ。ちょっと大怪我をするくらいだ。初乃は責任なんて問われない。ここには今、おれたち以外の誰もいない。それならば、やつあたりでも、まとはずれでもなんでもいい。初乃のなかのべつのストレスのはけ口にしてもいい。だから、やれ」


 おそらく丹波は私の後半のやつあたりのせりふも全部受けとめようとしているのだろう。


 この行為は自分のマスターベーションだから、私も勝手なマスターベーションで発散をさせればいい。そんなふうにいう。


 理屈はいらない。


 いっときでも気持ちよくなれれば、それでいい。


 そんなニュアンスだ。

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