第62話

 だが、私はこの壁を崩すつもりはまったくない。


 あまり近づかれて壁が崩れてしまったら、張り詰めていた緊張の糸もいっしょになくなってしまう気がするから。


 そうなったら、もうひとりでは立っていられなくなる。今までぐっとこらえてきた学校での自分の現状に、今後耐えられなくなる。私は再度いった。


「丹波」


 転入生はそこであきらめた。


「なに?」


 そういえば、と私は思った。


「あんたさっき矢野たちに呼びだしくらってなかった?」


「あ」


 転入生は、びっくりする。本当に今のいままで忘れていたって顔をする。


「まったく頭になかった」


「はあ?」


 私は頓狂な声をあげてしまった。


「忘れてたって、クラスの不良にあれだけすごまれて呼びだしくらったのに?」


 私だったら、ひとときも頭から離れなくなるようなことなのに、この転入生にとってはとるにたらないことなのだろうか。おもいきりバツが悪そうに丹波がいう。


「うん」


 そのいいかたがおかしかった。

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