第45話

「バカじゃねーのっていったのがきこえなかったのか」


「あ?」


 矢野の動きが一瞬とまる。振りあげたままの腕が空中でフリーズする。


 そんな矢野の手首を転入生がつかんだ。あいかわらずすばやい動きだ。昨日のケンカのシーンをなんとなく思いだした。


「くだらねーことしてんじゃねーよ」


 低い声で転入生がそういった。手に力をいれたのだろう。矢野の手からチューブが落ちた。


「てめえ」


 気にいらない状況になったことをすぐに理解したようだ。凶悪な矢野の声が教室じゅうに響く。


「なにすんだよ」


 教室の温度がきんと冷えた。エアコンのせいだろうか。乾いた空気がぴんと張り詰めた。


「いじめなんてくだらねーことしてんじゃねーっていってんだよ」


 転入生ははっきりいう。どうやら彼は矢野たちといっしょになって私をいじめるつもりはこれっぽっちもないようだ。もっとも、なんでなのかなんて理由はまだそのときはわからなかったが。


「おい、丹波」


 矢野が声にどすをきかせる。同時に自分の机を蹴飛ばした。


「きゃっ」


 近くの女生徒が悲鳴をあげる。


 矢野はイスを立ちあがる。たがいが立つと、矢野の方が十センチ以上はおおきい。体格も細身の転入生にくらべ矢野に分(ぶ)がある。


 だが、転入生は微動だにしない。


 昨日ヤンキーに囲まれていたときとおなじように堂々としている。


 矢野のひたいに青すじが浮いた。長身の矢野が転入生を見おろした。


 転入生は矢野の手首から手を離さなかった。顔を突きあわせ、したから矢野をのぞきこむ。


 緊張が走る。


 ふたりが至近距離でにらみあう。


「てめえ」


 どすのきいた声で矢野がいう。

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