第44話

「おれのおもちゃみたいなものだ」


 だからなにをやってもいい。そんな取扱説明書のような解説を転入生にざっとしている。


「で、今日はこいつを机と椅子にぶちまけた。それを今、自分で掃除してるところだ」


 後半は笑いをこらえられなくなったようだ。大声でげらげらと笑いながら説明している。


「ふーん」


 そんな矢野の声のトーンで転入生にもなんとなくの事情がつたわったらしい。事情というか、このクラスの暗黙のルールというやつだ。


「バカみてーだな」


 転入生がいう。


「そうだろ。バカみてーだよな、あいつ」


 矢野はもう声のヴォリュームを抑えるつもりはないようだ。それどころか、私にはっきりきこえるようにわざと叫んでそういった。


 私はわずかに顔をあげた。


 机のおもてから、目だけをそちらのほうにむける。


 矢野は席についたままヤマトノリのチューブを顔のまえでひらひら振っている。それをすぐわきに立つ転入生が見ているかっこうだ。


「たとえばな……」


 矢野がいう。


「あいつにかぎっては、ぶん殴っても、なにしても問題ねーんだ」


 むちゃくちゃなことをいっている。


「ちょっと見てろよ」


 そういってチューブを持った手を矢野が振りかぶるのが視界の端にうつった。見えるということは、私にむかって投げつけるつもりだということだ。


 私はとっさに首をすぼめた。


 ただの反射の行動だ。


 ついでに目まできつくつぶってしまいそうになる。


「きもいんだよ。宮ざ……」


 振りかぶった矢野の腕がピークに達した。そのまま手首のスナップをきかせて、チューブを投げつけようとする。


 そこに。


 転入生の声が割りこんだ。

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