第15話

「ブレザーが横に落ちているぞ」


 そういってやんわりと注意する。私は反射的に担任がしめす指の先を見る。


 そこには彼のいうとおり、びしょ濡れのブレザーがあった。私の机の横に転がっている。重さで落ちたのだろうか。あるいはバランスを崩して落ちたのだろうか。どちらにしても濃紺のブレザーは教卓のある位置からでは濡れているようには見えないのだろう。そういったたぐいのなんの他意もない言葉だった。


「あっ、すみません」


 私はあわててそれを拾いあげて机のうえにおく。教室は掃除がいき届いているようで、ブレザーは埃まみれにならなかった。


「宮沢」


 あきれたように担任がいう。


「ホームルームのときくらい、きちんと正装をしてブレザーを着用しろ。一日の始まりにそぐわない格好をするな」


 事情を知らない担任はブラウス姿の私を怒る。うしろではくすくす笑い声。まわりのみんなは無関心。


「すみません」


 とりあえずの謝罪をして、まだまったく乾いていないブレザーをブラウスのうえから着用する。水をふくんだ部分がふれた肩と腰がひんやり冷たい。


 フロントのふたつボタンをとめながら私は顔をまえにむけた。ふたたび教卓のほうを見る。そこには先ほどから気になっている見知らぬ顔の男の子がいる。おそらくクラスのみんなも私とおなじ気持ちだろう。私には無関心なクラスメートの視線が一点に集中しているのがわかった。


「今日からこのクラスでいっしょに勉強することになった……」


 そんな担任の言葉を、見知らぬ男の子が引き継ぐ。


「タンバショウタロウ」


 意外と低い声がセクシー。男の子はそういって軽く頭をさげる。そのかん担任は背後にあるホワイトボードにさらさらとペンを走らせた。担任はふたたびこちらをむいた。


 丹波正太郎。


 五文字の名前が横書きでおおきく残る。


 転校生。


 はいってくるほうなので、転入生というべきだろうか。

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