第5話

「なに見てるんだよ、宮沢初乃みやざわはつの


 顔をあげてぼんやりしていると、目があってしまった。教室後方から矢野が高圧的な調子でいう。私はあわてて目をそらした。


 その瞬間。


 ざばあという音がきこえた。


 私のすぐまうえから。


 そして私の頭からしたにむかって冷たい感覚が広がった。


 一瞬なにが起こったのかわからなかった。きょとんとして、とまってしまう。だが、そんな私にもひとつだけすぐに気づいたことがある。


 水びたしだ。


 私はなぜか水びたしになっている。


 なんで?


 その疑問は、私の横に投げ捨てられた掃除用のバケツが教えてくれた。どうやら誰かに水をかけられたようだった。背後から。


「あっはっはっ」


 矢野の笑い声が響く。それとはべつに私に水をかけた男子が私のまえにずいとでて、うしろにむかってガッツポーズをした。そしてそのまま嬉しそうに矢野たちのいる教室後方に歩いていく。


 教室がしんとしずまり返った。


 響いているのは矢野たち不良グループの下品な笑い声だけ。まわりに座っているクラスメートは全員無関心を決めこんでいる。男子も女子も誰ひとりこちらを見ない。私をたすけてくれたり、私にやさしい言葉をかけてくれたりしない。もしそんなことをしてしまえば、次のターゲットが自分になってしまうおそれがあるからだ。


 さすが優秀な私立校だった。みんな自分を守りたいのだ。賢明な判断というやつだ。


 私はさすがにがまんができなくなった。かんにん袋とか忍耐とかそういったたぐいのがまんじゃない。


 泣くがまん。


 涙をこらえる限界というやつだった。

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