鬼譚・怪力乱神

日常、昼行灯な日々

参上、若手筆頭遅刻頭

 鐘が鳴っている。

 夢うつつに聴き流すも、ごーんごーんと鳴り響く鐘の音は嫌に頭に響く。

 仕方なしに瞼を開ければ、お天道様はお空の頂点からこちらを見下ろしているように見受けられる。


 今の鐘はちょうど昼を告げる鐘だったのだろう。でなければこんなに盛大に鐘を突くことはない。ほかの時刻の時は手抜きするくせに、このときばかりはやる気を出す鐘突きどもに少々ばかりの苛立ちが募る。だが、内心いい仕事だとも賞賛する。なぜならどんな寝坊助だろうと、あんな鐘の音を聞けば一発で起き出すだろうからだ。

 でも、まだ霞が取れない頭で今日の参内の時刻を思い出してみるが、どう考えても二刻ほど前がその時刻だったような気がしてならない。これから支度を済ませるのだから、三刻ほどの遅れになってしまうがまだましな方だ。これが一時を過ぎれば今度こそこの首も危うかったかもしれない。

 これは、内心いい仕事だとは思ったものの、ほかの時刻も同じように派手にやってくれれば俺が起きれないなんてこともないはずなんだがな、とぼやかざるを得ない。従者に言わせれば、「何度起こしたって起きやしないんだから、自分で起きるのを待つしかないんです!」とでも言われてしまうのだろうが。

 そんなことよりも今は支度をしなければならない。これ以上の遅れは本格的にまずいと、血の流れ始めた頭が俺に囁きかける。


 おそらく家のどこかで家事をしているのだろう従者へと、大声を張り上げて指示を出す。古屋敷をまぁまぁの修復でそのまま使っている我が屋敷ならば、これくらいで家中に声が響く。都のほかの家々に比べると些か古風ではあるものの、これが風流だとも思うし、これだからこそ自分を置く環境としてふさわしいと思う。


「久咲! なぜ俺を起こさなかったかというのは、どうせ答えがわかりきってるから聞かん! 支度だ! 早急にだ! このままだと年貢の納め時だ!」

「ええ、そう言うと思ってもう支度は出来てますよ。まったく……お願いですから時刻通りに参内する品行方正な主だと、周りに紹介させてはくれやしないですかねぇ」


 声を上げた途端、隣の部屋から荷物と着替えを用意して持ってくる久咲はとても有能な従者だ。襖を閉じるその姿勢が、ぴんっと針金一本通っているかのごとく真っ直ぐであることも、その『できる女』という印象を強める。その美貌も相まってこいつを従者にしたいと願う連中はわんさかいる。

 定期的に俺のもとに、希少な品と引き換えに久咲を自分にくれないかという誘いがくるが、全て蹴っている。久咲を手に入れるのに俺がどれだけ苦労したと思ってるんだ。好事家どもに献上するために従者にしてんじゃねぇんだぞ。

 料理も洗濯も掃除も完璧にこなす上に仕事も手伝えるかわいこちゃんなんて、人生でもう二度と出会えるかすら怪しいっつーの。

 ただそんな久咲も、小言が多いのが玉に瑕だな。せっかくのかわいい顔を台無しにする、しかめっ面と呆れ顔が常なのはいかがなものかと愚考する。まぁ冷静なようでいて結構激情家なところもあるのでかわいいものだが。


 「ははは、それは無理な相談だ、が善処はしよう。流石に俺もそろそろ危機感を感じ始めた。なにかそれっぽい効果のある符でも開発してみよう」

「本当にお願いしますよ? 貴方がその職を失ったら私の末路はどうなることやら……好事家のもとで飼われる生活なんて絶対に嫌ですからね?」


 そう言って久咲はその特徴的な耳をぴこぴこと動かす。いつ見てもいじりたくなってたまらなくなる愛らしい耳だ。そのもふもふの毛の触り心地といったら比べられるものは、南蛮の”天国兎”や彼の有名な玉藻前の見事な九尾くらいなものだろう。

 じっと自分の耳を見つめる俺に気づいたのか、久咲の目線がどんどんじとっとしたものへとなっていく。今までの経験から俺がその耳をいじりたくてたまらなくなっていると理解したのだろう。

 確かに急がなければいけない場面でその魅力的な耳をいじりはじめてしまえば、さらなる遅参は免れないだろう。だが、それでもなお、無視することのできない魅力がその耳にはつまっているわけで……。


 結論から言おう。そのあとめちゃくちゃもふもふした。



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