列強・前無双竜虎相搏
何もない、とはいえ人がいないわけではない。この場所は退魔師たちの訓練場であり、模擬戦場であり、そして捕まえてきたあやかしたちに式をかける場所だからだ。
基本的に調伏というのは段階を踏んで行われる。まず調伏するあやかしと交戦する。
これに関してはあやかしの種類によって戦い方が変わってくるので一概には言えないのだが、基本的にはなんらかの術を駆使してあやかしを屈服させるのが一番基本となる。
中には、問答でしか倒せないあやかしやら特定の対処法しか受け付けないあやかしもいるので、そういうの専門の退魔師もいたりする。そういうあやかしは実力よりも知識に弱いからだ。
正直言ってしまえば、見越し入道を実力で下すのは俺や晴天でも無理だ。局長ならばそれすらも力押しでなんとかしてしまうのだろうけど、普通に見越してしまった方が早いというわけ。
まぁ、なんやかんやであやかしを一旦屈服させたならば、まずは暫定的な式をかける。
この式はこの修練場まであやかしをしょっぴいてくるための仮初のものなので、忠誠心もなにも付与しない。単なる枷であり、人間に対する手錠と何ら変わりはない。
この段階まで来てしまえば、そのあやかしはもう式になる未来がほぼ確定するのだが、あやかし側にもまだ反逆の目はある。
そう、次の段階として本格的な式をここでかけるのだ。これに関しては色々と理由があるのだが、都市外で式をかけるよりも都市内でかけた方が結界の影響で労力が減ること。修練場に詰めている退魔師の補助を受けられるので、成功率が上がること。暫定の式が緩み、あやかしが暴れだしても対処するための設備が整っていることの三つが主な理由となる。
本格的な式、俗に言う本式をかけるにあたって、退魔師は集中しなければならない。そのあやかしの行動すべてを縛ろうというのだから、それ相応の力を注がなければいけないのは道理だ。
そして集中して本式をかける間、退魔師はある程度無防備になる。別に完全に無防備になるわけではないが、隙を突こうと思えば突ける程度にはあやかし本体に気を払えなくなる。
つまり、分相応のあやかしを捕らえたつもりでも、この段階において逆襲される退魔師が多いのだ。
なので、昔は都市内外においてその場で最初から本式をかけていたそうだが、その手の失敗が相次いだために、この修練場を設けここで本式をかけることを義務化したのである。
おかげであやかしを取り逃がす確率は減り、逆襲による退魔師の死亡率も減った。
それでも強力なあやかしは暫定式をかいくぐり逃走し、屈服させることすら許さずに退魔師を返り討ちにするのである。退魔師は命懸けの商売だ。
さて、修練場の意義なんてこの場では関係がない。そこに広い場所があり、ある程度霊的に保護が張られ、力を出しても怒られないのならば、それだけで十分なのだ。
晴天と距離を置いて向き合った俺は、さっそく懐から例の札を取り出し左手に構える。それを見て晴天も警戒心を強めたらしく、腰につけた巾着から大量の符を出して左手に持ち、それをいつでも抜き放てるように右手を添える。
晴天は基礎に忠実な術師だ。陰陽術を基準とした符術を得意とし、あまり奇抜なことをしたりはしない。
ただその代わりに、その仕上がりが異常である。何をどう研鑽すればここまでの領域に立てるのか、俺には常々理解できないのだが、何も特別なことをしてこないにも関わらず晴天に勝てる者は少ないのだ。こいつが国内外屈指の術師と言われる所以である。
誰だって出来ることを、途轍もなく高い水準で行うからこその”技”の晴天。
かくいう俺もそんな晴天と互角にやりあえるどころか勝てる位階の術師の一人だが、俺の術系統は基本的に騙し騙りに嘘八百。基礎くらいは一通り修めてはいるが、その練度は晴天と比べるまでもない。
俺の真骨頂は、多種多様な神話伝説説話から持ってきた逸話を、捻じ曲げた弄れた強引な解釈をして、現実を欺すことだ。真言を用いればこれすなわち俺を守る絶対の壁となり、幻術を放てばそれは現となる。
心を惑わし、夢幻の境界を行き来する故に”心”の蘆屋。
「いいのか晴天? 俺は新作使うってのにお前は今までどおりでよ」
「わかってるくせにそれを聞くのかい? 特別なものは何もいらないよ」
お互い退魔師見習いの時からの付き合いで、相手の手の内なんて半ば以上に理解している。古きを大事にし、基礎固めこそ全てに通ずると信じ続けた晴天。温故知新だけではなく、新しい誰も想像しないものこそを求め続けた俺。
その姿勢は対極ながらも結果こうやって極東を代表するような術師になっているのだから、どちらも間違っていなかったのだろう。
実際前回は俺が勝ったといったところで、所詮は初見殺しにうまく晴天を嵌めただけだ。俺の基本戦術がそれに尽きるとはいえ、まともに対応されてしまえば俺に勝ち目はない。
だから前々回は晴天が勝ったし、確かその前も晴天の勝ちだったはずだ。
さっきはいやいや模擬戦するように言いはしたが、長年の付き合いでお互い実力伯仲で、そんな俺らが腕を競わないわけがない。最近はご無沙汰だったこともあって俺だけじゃなく、晴天の方も気合が入っているようだ。いつもより数段目つきが鋭い。
「そうか、ならいい。今回の模擬戦の制約を決めるぞ」
「うん。道臣からどうぞ」
「俺がこの銭を投げて地面についたら試合開始。つく前に始めたら負け」
そう言って懐のがま口から小銭を一枚取り出し掲げる。少し離れたところから見ている三人組と久咲にもよく見えるようにし、そして久咲へ少しばかりの目配せ。久咲ならばこれで大体通じるだろう。
本人は否定するかもしれないが、ここ半年で急速に俺のやり方に染まった久咲は、このあと俺が何をやりたいか、今のやり取りだけで察することだろう。
実際ため息をついているから伝わったに違いない。付き合いの長い晴天も苦笑いをしているから、俺の策をある程度見破っているのだろう。それで構わない。
「じゃあ、修練場を著しく破壊する術式の発動の確認。確認した時点で負け確定かつ止めに入る」
「お、いいなそれ。なら次は、試合開始後にその他不正を確認し見破った場合。指摘された側は負けを認める」
「君がそれを言うのかい? ならば、過去僕たちが交わしてきた制約を暗黙の了解とし、都度申し立てること。審議の末、勝敗を下す」
「以上をもって今回の制約とする。これでいいな? じゃあ晴天、正々堂々一騎打ちしようか」
「卑怯卑劣は負け犬の遠吠えじゃなかったのかい? 制約に則った正しい勝負をしようね道臣」
「当たり前だろう? 制約ってのは勝敗を決める大事なものだからな。破るわけがないだろうに」
そして二人とも、今まで以上に緊張感を高める。
この銭が俺の手を離れ、地面についた瞬間試合は始まるのだ。つまりそれは、この銭が地面につく前から勝負が始まっているということであり、外野の三人組は知らないが、もう勝負はついているということでもある。
「投げるぞ」
宣言とともに、俺は手に持った銭を軽く上へ投げた。
銭はきらきらと空に舞い上がり、そして頂点へたどり着いた瞬間凄まじい速度で地に向かって加速を始めた。まるで唐突に重力をいじられたかのように。
「はぁあ!? なんだよそれ! 卑怯だろ!」
外野が騒いでいるが知ったことか。誰が銭に何の細工もしないと言った。久咲は了解したし、晴天だってこれくらい織り込み済みだ。俺が開始を請け負うって言った時点で警戒してないやつが悪い。
だが、だからこそ騙される。
「うーん、今回は僕の負けか。いやー、今日も道臣の頭はきれてるねぇ」
俺に向かって燃え盛り続ける炎を、早九字で生み出した障壁で止めながら晴天の様子を窺う。
あんなことを考える俺も俺だが、あの速度に普通についてくる晴天も晴天だ。
ついでに言うと、これだけ炎が燃えて陽炎に揺らいでいる視界でよく今の銭のからくりを見切れるな。
銭は未だに地面についていなかった。なぜなら地面に追突する直前でぴたり、と空中にて静止しているからだ。
「いやー、晴天お前よく今のに反応してくれたな。ありがとうよ」
「いつもどおり先手を取るために何かしてくると思ったら、それは初めてだね。まさか始まる前に勝負を決められるとは思っていなかったよ」
「俺もまた毎日進歩してるってことよ。お前の術の発動速度が日々早くなっているようにな」
感想戦のように和やかに話す俺たち。いや、俺も晴天も、もう試合は終わったつもりで話していたのだが、それに異議をつけたがる輩というのは案外どこにでもいるようで。
「おい! 今のはどういうことだよ!? なんで晴天さんが負けたことになってるんだ!? 明らかな不正じゃないか!? 晴天さんもなんで何も言わないんですか!? 不正したんだからこいつの負けでしょう!?」
さて、今日は彼ばかり俺に突っかかってくるように思うのだが、あとの二人は言いたいことはないのだろうか?
女子特有の陰口を交わすのに忙しくて彼ばかりが俺に関わってくるのならば、それはそれで俺は悲しいのだが。
例え罵倒混じりで見下すような冷たい目をしていたとしても、女の娘とおしゃべりできる機会というのはとても重要なものだ。久咲と話しているとしみじみそう思うことがよくある。
「またお前か。なんだ? 今の試合を見てなかったのか? どう見たって俺の勝ちじゃないか。何の疑問がある?」
「あの銭の動きはおかしいだろ。お前んとこの式にやらせたんだろう? それは立派な不正じゃないのかよ。最初に立てた制約に反するだろうが」
彼はもう怒ることすら面倒くさくなったようで、ごみに対して吐き捨てるかのような対応をしてくる。怒りを超越して感情がうまく働いていないだけなのだろうが、その急激な態度の代わり様は疲れ果てた企業労働者のようだ。
いや、確かに一般的に見たら受けは悪いかもしれないけどさぁ、俺勝負に勝つために何か間違ったこと一つでもしただろうか?
「晴天、解説してやってくれよ。お前が一瞬で理解した俺の勝利のからくりをさ」
「そこで僕に振ってくるあたりが君と帝の仲がいい証だよね。よく似ているよ」
「名誉毀損を受けた。そんな侮辱はなかなか受けたことがないぞ。誰があの変態腹黒男と似ているって?」
「負けた側にその負けた理由を説明させようっていうんだから、君も大概だよ。さて、じゃあ解説しようかな。久咲ちゃんはわかってるというより当事者だからいいとして、毅たちが全然理解できてないみたいだから」
そう言って引き受けてくれるあたり、こいつはいいやつだ。あんな負け方をしたってのに文句の一つも言ってこない。まぁ、晴天も俺がこんな勝ち方を三人組の前でした意味がわかってるだろうから、とやかく言ってこないってのもあるんだろうが。
退魔師とあやかしの世界は弱肉強食だ。勝ったやつこそが正義で、負けたやつは餌となる。
そもそもあやかしとの戦いは制約なんて存在しない、それこそ無法で力だけが存在するものだ。確かに制約を設けるやつらもいるが、そんなのは極小数。そんな戦いに負けて、今のは不正だ負けた理由があったんだ卑怯じゃないか、は通らない。
負けたなら潔く認めて即座に逃げかまして、味方に泣きつくべきだ。自分の実力不足を嘆くのは逃げ切って安全を確保してからなのだ。
そこんところをこの三人はおそらく理解していない。退魔師見習いになったばかりの三人だから仕方ないかもしれないが、まだこの世界の厳しさを何もわかっていやしない。
だからこそ晴天はここで彼ら三人に教えるつもりだろうし、俺はそのためにこんな卑怯な真似をした。いや、俺に関してはもとからこうだけど。
「まず、先に言っておこうか。道臣は卑怯なことはしたかもしれないけれど、誓約を違えることは何もしていないよ」
そう、まずはお説教はそこから始めないとな。
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