俺と彼女の青春「偽」曲

西進

プロローグ 俺と彼女の青春「偽」曲

第1話

 現代社会を生きる我々には、情報の真偽をしっかりと見極めることが求められる。

 非常によく聞く文言だ。情報の時間とかでインターネットの話をすれば、十中八九出てくる。いや、何なら百発百中だろう。

 この世界は、嘘に満ちあふれている。それを承認しているからこそ、自分が正しいと思うものを選び取れ、と偉い人は言っているのである。


 それは何もインターネットの上での話だけではない。俺たちの普段話している会話の中には、必ず嘘が紛れ込んでいる。むしろ嘘偽りのない言葉の方が少ないのだ。俺たちは年から年中エイプリルフールを生きていると言っても過言ではない。

 だから常に、どこに嘘が潜んでいるのか、どこに偽りが隠されているのかに注意を向け、目をらしてそれを見つけなければならない。


 いや、もちろん見つけなくてもいい嘘や偽りだってある。それが自分に大きな影響を与えないのなら、大した被害をもたらさないのなら、そんなことにまで気をつかう必要はないだろう。

 だけど、それでも。ここには多分、嘘や偽りの言葉が隠されている。だから、そこに潜む本当の意図を探らないといけない。考えないといけない。


 そう考えたのが今日の朝であった。そこから俺は、色々な推論を重ねて、そこに潜む意味を、真意を考えた。考えたのだったが、全くもってこれだという結論にたどり着かない。いくつかの論は立てられたのだったが、どれも決定的だと言える論拠がない。


 俺は、自分の手の中にある小さなメモ用紙を見つめる。結局、自分の中で納得のできる答えが得られなかったという理由から、俺はメモ用紙に書かれてあるように、この時間、この場所にやって来てしまったというわけだ。

 約束の時間、約束の場所。そこにやって来た俺は、教室の中にたたずむ一人の女子を見る。夕陽にえたその横顔は、とても美しく、それでいてとても可愛らしい。


「ごめんね、呼び出しちゃって」


 一番後ろの席の机の上に座って外を眺めていた女子は、俺が入ってくるとこちらに顔を向ける。


「まあ、特に用事はなかったからいいけど」


 ぶっきらぼうに答えてしまうのもよくないなあ、と思うが、こんな場面に遭遇したことなんて人生でほとんどないのだから仕方ない。

 俺が近づくと、その女子は机から降りて、こちらに向き直る。そして、クスリと笑って言った。


「それにしても、本当に来てくれるなんて思ってなかったよ」

「まあな、わざわざ来てしまった俺も、自分自身に驚いてるくらいだ。……どうしてお前みたいな奴が俺を呼び出したのか、気になったからっていう理由だけれど」


 そう言うと、女子は少し目を丸くして首を傾げる。


「あれ、どうして私って分かったの? 私、メモに名前、書いてないのに」


 名前、名前か。そういえば書いていなかった。そうか、俺の中ではメモを書いた人物をある程度特定していたのだったが、書いた本人からしたら、どうして特定されたのかといぶかしむのも当然だろう。そう考えたのは、全て朝の出来事に起因する。


   ▽


 今日の朝、ほぼいつも通りに登校し、下駄箱を開けて、上履きを取ろうとすると、奇妙な感触を覚えた。その感触がメモ用紙であることに俺は気付き、少し戸惑ってしまう。


 朝学校に来て、自分の下駄箱に意味深なメモ用紙が入っていれば、その意味について考えてしまうのも無理はないはずだと思う。第一、今時そんなことをする奴がいるのか、とほとほと感心してしまった。そして最初は期待してしまうだろう。男なら、本能的に。そう、かの有名なラブレターとかいうやつではないのか、と。しかし俺は次の瞬間に否定する。いや、これは趣味の悪い悪戯いたずらなのではないか、と。


 瞬間的に否定的なニュアンスに取ってしまう自分が少し悲しいと思いつつも、そもそもラブレターならこんなルーズリーフの切れ端のような紙にちょこちょこっと要件だけ書いて下駄箱に入れるようなことはしないだろう、と考えながらメモ用紙の内容を見る。


『放課後十六時ごろ、教室にてお話があります』


 それだけだった。誰とも書かずに、それだけの内容が書かれているだけのメモであった。

 なんか、これだけ見ると果たし状とも思えるな……。少なくともラブレターの類ではない。そしてそれから、俺は様々な可能性について考えた。


 最初に考えたのは、罰ゲームの類だ。多分女子の間ではよくあるやつだ。偏見だろうか。ともかく、何かの罰ゲームとして、クラスの中でどちらかというと目立たない人種である俺に対してラブレターらしきものを送って、放課後に呼び出す。そしてのこのこやって来た俺に対して、告白……までやるのかは知らないけど、一連の流れの後に、「ドッキリでしたー」というお決まりの文句があって全てが終了。


 だがこの線だと、ラブレター(仮)の内容が少々おざなりだったことに対しての説明がつきにくい。もちろん、本気ではなかったから少々雑になってしまったのだ、と言うことは可能ではあるが、罰ゲームをしっかりと遂行すいこうしようとするならば、ラブレター(仮)も本格的にしなければ食いつきが悪くなる恐れがある。


 そのため、一応他の可能性も考えてみることにする。その結果、ラブレター詐欺という最初の推論に巻き戻るのであれば、このメモ用紙の指示に従わなければいいことだし。

 他の可能性として考えられるのは……、ただの事務連絡か、本当に果たし状か。そもそもこのメモを残したのが女子だとは限らない。メモ用紙の字から推測すると、おそらく女子ではあるのだが。


 そこで俺はふと考える。この何となくおざなりな印象を受けるメモ書きから、このメモを書いた人物が推測できるのではないかと。

 そう考えながら歩いていると、自分の教室、二年九組のクラスにたどり着く。自分の席までまっしぐらに歩いて行くが、俺が来たからといってわざわざ挨拶あいさつに来るような殊勝な子もいない。悲しい世の中である。


「よう、悠人はると。来たんだったら挨拶ぐらいしろよ」


 ……いるにはいたようだ。なのにそんなに嬉しくないのはどうしてだろうか。


「……いいだろ別に。どうせこれからも毎日顔を合わせることになるんだからよ」

「ははは、つれないな。それにしても確かに、今年も同じクラスになるとはなかなか俺たち腐れ縁だよなあ」


 本当に腐れ縁、というワードがしっくりくる奴もなかなかいない。それでいて、俺とまるで釣り合わない、というのもなかなか面白い。

 目の前にいる少々アホっぽい……、失礼、剽軽ひょうきんで人当りの良さそうな男は、俗に言うイケメンという部類に入るのだろう。髪は少し茶色がかってサラサラと風になびき、整った顔つきに二重ふたえの目は、どこかのモデルか何かかと思わせる。そして、人望も有り余るほどにあるために、生徒会で副会長なんて役職にまでいている。おそらく次の選挙で、会長になるのだろう。


「まさか五年も同じクラスになるとはな……。そろそろ新しい風とかが欲しかったんだけどな、俺的には」


 俺とこのイケメン副会長――伊勢谷拓いせたにたくは、中学一年生から五年連続で同じクラスとなっている。もちろん俺の方は、こんな奴にわざわざ仲良くしようと、言い換えればこびを売ろうとするのなんてゴメンなので、関わろうとすることもなかったのだが、さすがに二年も三年も同じクラスになると、話す機会も増えてくる。高校でまで同じクラスになった時、やっと俺たちは今ぐらいの距離感で話すようになったのだ。だから、五年連続同じとは言っても、実質の付き合いはまだ一年ほどでしかない。


「新しい風とか言っちゃって。悠人、俺がいなかったら基本的に話す奴なんていないんだろ?」


 そしてこんな感じで事実をありのままに突き刺してくるのもこいつの嫌な所だ。おそらくデリカシーとかそういった類のものが著しく欠如けつじょしているのだろう。俺は別に一人でも平気だ。決して強がりなどではなく、たぶん。


「うっせえ……。それよかお前、日直じゃねえのか」


 俺は黒板を指差す。そこには、日直がこの男、伊勢谷であるということが示されてあった。


「……あっ、忘れてた」


 そう言うが早く、伊勢谷はさっさと俺から離れて、教室の外へと出て行ってしまう。こういう所が本当に、アホだ。顔面偏差値は大体七十ぐらい(俺調べ)、運動偏差値は六十ぐらい(俺調べ)というハイスペック持ちなのだが、勉強偏差値は四十ぐらい(事実)。どうしてそこそこの進学校であるこの新和戸あらわど高校に入学できたのか、俺には理解できない。そしてさらにこういう所で抜けている。これをまさに残念イケメンと言うべきなのかもしれない。


 日直、か。朝の日直は、教室の鍵を借りてきて開ける、という責務があるのだから、日直であること自体を忘れていた伊勢谷は開けていないのだろう。もう片方の女子がやってくれたのか、それとも何かの用事で早くに来た生徒が開けたのか。


 もう一人の女子の方の日直の名前を見ると、そこに書かれてある名前は「永峰ながみね」であった。普通、日直って出席番号順にするもんだと思うんだけどな。うちの担任はよく分からないことをしたがるので、なぜか日直の順番は、背の高い者順だ。それぞれ男子一人、女子一人という風に回っていく。日直の責務を果たせなかった人はやり直しになるのだが。


 まあ、そうなると鍵を返す方は伊勢谷がやってやらないといけないだろう。朝に鍵を借りてくるのと同じように、放課後に鍵を返すのも、日直の担当になるからだ。しかも、部活等で使わない限りは、教室は十五時過ぎにホームルームが終るとすぐに日直によって閉められないといけない。荷物の管理等、色々大変なのだろう。


 そう考えたとき、俺は自分の持っているメモ用紙の記述について、ある推論が立てられることに気付いた。そしてその推論に導かれ、俺はメモを出した人物についてある程度当たりをつけることができたのだった。

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