銀色奇譚
@syfaris
第〇話 銀色ナイフの噂
――今でもわたしは、止められなかったことを後悔している。
※
それは、よくあるおまじないだった。
『緑色の便箋に入れてラブレターを出せば』、『好きな人の名前をピンクのペンで書いて』。いわゆる、願いを叶えるためとされる、好奇心あふれる子供たちの間でだけ信じられている、不確かな魔法。
「……ね、これ、試してみない?」
どこからか持ってきた『それ』を見せながら、そう言ってきたのは彼女だった。『それ』に記されていたのは、願いを叶えるための手順。わたしの中の彼女はそういうものに頼る人ではないという印象があったので、それはとても意外だった。と同時に、彼女もまた普通の女の子なのだなと思うと、親近感が湧いた。
わたしはそういう噂を信じる口ではなかったのだけれど、楽しそうな彼女の笑顔を見せられるとわたしは何も言えなくなってしまい、結局『それ』をやることに同意した。
『それ』はおまじないというよりは儀式に近いもので、行うには広い場所が必要だった。公園や広場のような場所でも良かったのだけれど、誰かに見られて変な誤解を招かないよう、わたし達はあまり使われない教室を選んで借りることにした。
教室を借りることはさほど大変ではなかった。わたし達は生徒会に所属していたので、生徒会の顧問に「会議に使うから」と告げるだけで、あっさりと鍵を貸りることができた。
「こういうときに部屋を借りられるのは生徒会の特権ね」
と、悪びれる様子もなく、彼女は舌を出した。
わたし達がこうして部屋を借りるのは初めてではなかった。これまでに何度か二人だけの秘密のお茶会を開いたり、勉強会を開いたり。わたしと彼女はどちらも家に友達を連れて帰ることなどできなかったので、学校という空間はわたし達にとって、唯一共有できる『モノ』だった。
わたし達は教室に入ると儀式に必要な準備をした。机と椅子をどけてスペースを作り、そこに魔法陣のようなものを描く。描くのに使った絵の具は美術部から拝借させてもらった。
「ねえ、あなただったら何を願う?」
描いている最中、彼女はわたしに問いかけた。それに対して、わたしは曖昧に笑みを浮かべるだけで何も答えなかった。実際、その時のわたしには特に欲しいものは何もなかった。ただこの先もずっと彼女の傍にいられればよかった。そして彼女もまた、そう思っていてくれるはずだと勝手に思い込んでいた。
……今でもふと考える。もし、ちゃんとそれを言葉にできていたならば、あの人は思い止まってくれただろうか、と。
「さあ、できた。……準備はいい?」
魔法陣が完成する頃には、辺りはすっかり黄昏色に染まっていた。わたしは待ちきれないのか落ち着かないでいる彼女の横顔をじっと眺めていた。今にして思えば、わたしは久しぶりに見たその笑顔に見とれているべきではなかった。彼女が求める助けに、もっと早く気づくべきだった。
しかし、わたしはどこからこの話を聞いてきたのか――そしてその笑顔の裏に隠れているものについて、全く考えようとはしなかった。むしろ単純に、以前の彼女に戻ったのだと安心していた。
「それじゃあ、始めるわよ」
彼女の合図と共に儀式は始まり――
――――そして、後にはわたしだけが残った。
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