第八話


「はああぁぁぁ!」


 静御前を上段に構えたまま、足に力を籠め魔人へと振りかぶり、そして下ろしました。

 私の発した気合に呼応するように、静御前の刃が淡い水色に光り、カマイタチとなって魔人へと襲い掛かります。

 そして、カマイタチと同時に飛び出します!


「ほほぅ、魔力剣か。だが我に魔のかかったものはきかぬ!」


 魔人は深緑の目を開き、そして周囲の魔力を吸い取ります。

 私の放ったカマイタチがあっさりと吸収され、霧散されました。

 しかし……。


「む、刃の魔力は消えぬ?!」


 刃にはシルフが憑いているのです。

 多少シルフのサイズは小さくなるかも知れませんけどね。

 カマイタチはあくまでおとり。本命はこの一撃ですっ!


 今更腕で防御しようとしていますが、この間合いなら間に合いません。

 再び頭上へと掲げた静御前が、筋肉魔人の頭から静かに一刀両断しました。


 そのまま駆け抜けて……って?!


 何者かに静御前を掴まれ、そのまま引っ張られました。

 後ろを見てみると、両断したはずの魔人が二つに分かれたまま、片方の手で軽く摘んでいます。

 思いっきりひっぱって見るものの、微動だにしません。

 めちゃくちゃシュールです。血は一滴も流れておらず、かなりグロい絵です。


 次の瞬間、魔人の身体が磁石に引っ張られたかのようにくっつき、そして何事も無かったかのように悠然とこちらを振り向きました。


「今、何かしたか?」

「…………」


 確かに私も切れかけた首をくっつければ元通りになりますが、さすがに真っ二つになった身体を瞬時に治すなんて事はできません。

 これほどの再生力は、真祖吸血鬼に匹敵するんじゃないでしょうか。


 以前会った魔人は、レムさんの強力なビームで黒こげになったまま動かなくなりましたけど、再生するような雰囲気はありませんでした。

 でもこいつは魔法は効かないし、力だってあちらの方が圧倒的にあるし、切ったとしてもすぐ復活してきます。


 四天王とか言ってましたけど、確かにこれは上位の魔人なのでしょう。

 そんな奴に勝てるでしょうか?


 うん、無理。あきらめー。

 もう一回封印してもらいましょう。


「目から冷凍ビーム!」

「うぉ?!」


 仰け反るようにして避ける魔人。

 しかし意表をついたのか体勢を崩した隙をついて、掴まれていた静御前を振り剥がして距離をとりました。

 そしてロリっ子エピラさんへと顔を向けて、助けを呼びます。

 へるぷみー!


「エピラさんこれ無理! 封印してー」

「もっと頑張らぬか、まあ仕方あるまい」


 エピラさんが両腕を突き出し、呪文を唱え始めました。

 今まで聞いたこともないような詠唱です。


 しかし……。


「我が二度も同じ手を喰らうと思ったか?」


 いつの間にかエピラさんの側に移動した魔人。

 そのまま無造作に彼女を蹴り上げました。


「エピラさんっ!」


 彼女の小さな身体が天井へと激突して、そして床へと叩きつけられました。

 慌てて駆け寄ろうとしましたが、瞬時に移動してきた魔人が私の行く手を遮りました。


「お主は我のスパーリングの相手ぞ? どこへ行くと言うのだ」

「くっ」


 あんなでかい図体をしておきながら、とんでもない速度ですね。


「アリスさん! エピラさんをお願いします!」

「はいっ!」


 アリスさんが駆け寄るのを視界の隅に入れたまま、私は魔人と相対しました。

 あの魔人の蹴りです。エピラさん大丈夫でしょうか。

 でも私の仕事はこの魔人を抑える事です。


「先ほどの目から出てきた妙な攻撃には不意を突かれたが、今度はそうは行かぬ。さあ貴様もこの筋肉の前で散るがよい」

「……乙女の前でポージングしないでください」

「せっかく鍛えたのだ。見せつけなければ意味がないだろう」

「さようですかー」


 静御前ならば、あいつを切れるのです。

 こうなったら細切れ肉にしてやりますっ!


 今度は下段に構え、掬い上げるようにして斜めに魔人を叩き切る!


 しかしその一撃はあっさりと見透かされ、あろうことか指先で止められました。


「えっ」

「言ったではないか、二度も同じ手は喰らわぬと」


 左手の指で刃を止められたまま、身体を捻るように放った右ストレートが私へと襲い掛かってきます。

 固定された静御前の柄を右手で握りしめ、支えながら上に逆立ちしました。

 そのまま右足を一気に魔人の頭上へと振り下ろします!


「武器を掴んだままだぞ?」


 魔人は静御前を上へと放り上げました。

 掴んだ私もそれに合わせて空へと浮かされ……。


「良い的だ」


 開いた左腕をおもむろに私目掛けて突き出してきました。

 左拳の拳圧が音を立てて向かってきます。

 でもそれは対策があります!


「シルフ!」

(風よ霧散せよ)


 拳圧といえど、風の一種です。ならば風の精霊であれば打ち消すことも可能です!

 私に届く直前に、シルフが風を操り消してくれました。

 魔人は今、右腕を前に、左腕を私のほうへと突き出した状態です。

 この体勢ならば、刃を掴むことも出来ないはずです。


 さあ、いきますよー!!

 Sランクの魔物、アースドラゴンの首を一撃で切り落したこの乾坤一擲。

 喰らいなさいっ!


「うむ、良い気迫だ」


 私の一撃が魔人に届く寸前、魔人は狂気の笑みを浮かべ……。


 そして次の瞬間、私は弾き飛ばされていました。

 手に持った静御前の刃がまるでガラスのように砕け散り、柄だけの状態になっています。


 な、何が起こったのですかっ?!


 壁まで飛ばされぶつかるかと思った時、シルフが咄嗟に風のクッションを作ってくれました。

 そのまま風に纏われ下へと降り立ちます。


 今の攻撃、何か顎に喰らって飛ばされたようです。

 なにやら顔の周りが濡れているような感触ですが、気にしている余裕はなさそうです。


「なかなか今のは良かったぞ。思わず本気を出してしまったわ」

「……本当に非常識ですね」


 私の一撃を軽々と防いで、更に弾き飛ばされるなんて。

 本気でやばいです。


(アオイちゃん、あれ勝てない。逃げたほうがいいよ)


 シルフはそう言って来ましたが、今更逃げるなんて出来るわけがありません。

 それよりさっきの魔人の攻撃は何だったのでしょうか。


「さっきは一体何が起こったのです?」

(口から舌が伸びてきた)


 ……カエルですか?!

 じゃあこの顔についている妙にねばねばした液体は、あいつの唾液?


 うわあああぁぁぁぁぁぁ?!


 慌ててごしごしと顔を拭いました。

 ううぅ~、きったない。あとで洗い流さないと腐ってきそうです。


「我の舌もなかなかの筋肉だろう?」

「汚すぎます! というか舌まで鍛えないでくださいっ!」


 みょーんという風に、魔人の口から長いぬめぬめと光っている舌が伸びてきました。


「はははは、人間やればどんなところも鍛えることが可能なのだよ」

「人間じゃないくせに」


 鞭のように舌がしなって床を打つと、石で出来た床に大きな穴が開きました。

 うわー、もう何でもありですよあの魔人。


 さてあと残る手は何がありますかね。

 メタですが、Gの技もぜったいのほうも、何度も使うとメールが飛んできそうですしね。

 さらに静御前も刃がなく、単なる木の棒状態です。



 …………もはやどうしようもない?



「ふむ、どうした? 来ぬのか?」


 魔人が一歩前へと進んできました。

 後ずさりをしようとしましたが、後ろは壁です。

 絶体絶命ですか。


 他に何か手は……。


「来ぬのであれば、我からいくぞ?」


 魔人が伸びた舌を腰に巻きつけて、右拳をこちらへと突き出した状態で構えてきます。 魔人の深緑の目が私の顔を見据えてきます。


 こっちくんな!


 反射的に私の赤い目が魔人の目を捉え……。



「…………」

「…………」

「…………」

「…………?」


 あれ? 魔人の動きが止まりました。

 しかも私を見て惚けたような表情を浮かべています。


「な、なんという愛らしい女性なのだ!」


 はい?

 今何と言ったのでしょうか?


「我はこのような愛しいお方に拳を向けていたのか! 反省だ!」


 そう言った魔人が自分で自分の頭を殴り始めました。


 え? ええ?? どうしたのですかね?


「ああ、なんという罪深いことをしたのだ我は! がふっ」

「え、えーっと……」

「さあ、そこの愛らしいお方もどうか我を殴ってください! 我に罰を与えたまえ!」

「あ、はい、わかりました」


 何が何だか分かりませんが、そこまで言われるのでしたら遠慮なく罰を与えてあげましょう。


 とことこと魔人に近づきます。

 そして私のカモシカのような足が、遠慮なく魔人の股間を蹴り上げました。


「うぐほぉぉぉ?!」


 奇妙な声をあげ口から泡を吹いて、そしてそのまま倒れこんで気絶した魔人。

 さすがの筋肉も急所は鍛えられなかったみたいですね。

 元男として同情します。ちーん。


 しかし、なぜいきなり豹変したのですかね、あの筋肉ダルマは。

 そういえば、さっき私の目が魔人の目を捉えていましたね。




 もしかして魅了チャーム




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