第二話
「ここが港町トレックですか。潮の香りが海の幸を思い浮かべます」
「結構賑やかな町ですね」
ラルツから一週間、バル連邦国の港町トレックに到着しました。
長かったぁ。
ここから、かの有名な迷宮都市アークに向かう船が出ているのですね。
迷宮都市を訪れようとしている冒険者や商人、そして迷宮から取れた魔物の素材の輸出などたくさんの人で賑わっています。
ラルツはどちらかと言えば内輪向け、いわゆる代々冒険者として暮らしている人が多くいます。その代表が常設隊という軍ですね。三十代から冒険者はこの常設隊に入って五十歳くらいまで働くことができます。
つまり冒険者になりさえすれば、魔物に殺されなければ、五十歳まで仕事がある環境が整っています。
そのかわり、外部からきた冒険者には厳しいですね。
迷宮都市アークはそれとは全く逆で、一攫千金を夢見た冒険者たちが多くいます。
永住しようとする人は少なく、お金を稼いだらさっさと他の町へ引っ越して引退する人が大半です。
このため新人でも意外と溶け込みやすい環境になっています。
天才的タイプの冒険者を生み出すのがアーク、逆に先祖代々から受け継いだ熟練の技を持つ冒険者がラルツですね。
集団であればラルツ、個人、あるいはパーティという数名であればアークの冒険者が強いと噂されています。
前世から見れば、アークのほうが冒険者って感じを受けますよね。
いつか行ってみたい町ですね。
「では今夜はここに泊まって、新鮮な海の幸を食べようではないですか!」
「アオイさんってお魚が好きなのですか?」
「はいっ! 焼いてよし、茹でてよし、米と一緒に炊いてもよし、生でもよしと色々楽しめますよ」
「生はだめかと思いますよ。お腹壊します」
「新鮮であれば大丈夫ですよっ! 寄生虫とかいなければ……」
「私はちょっと、生は遠慮したいですね」
たとえ河豚を食べて当たっても、ダンピールならばお腹が痛くなる程度ですむはずです!
河豚がいるのかは知りませんけどね。
でも生牡蠣は当たると悲惨になりそうです。
いや、牡蠣もいるかどうかは知りませんが。
「アオイさんって、色々な食べもの知っていますよね。道中に作ったお米というのもそうですし。初めて食べましたがちょっと苦かったですけど」
アリスさん、それは単に私が失敗して焦がしただけです。
「あれはちょっと失敗しただけです。あの米の上に生の魚の切り身を乗せて、醤油などをかけて食べると最高においしいのですよ!」
「醤油?」
「大豆を発酵させたものです」
「大豆?」
「ああ、大豆もないんですよね。私の故郷の食べ物の一種です」
がっかりです。ワサビもなさそうですよね。
いつか醤油とワサビも作れるようになったらいいですね。
「ならば、上から熱いお湯をかけて食べるのもよし!」
「何だか食にこだわりがあるのですね」
「ええ、私の故郷では、食べ物だけは常に全力で様々なものを考えて作る文化を持っていましたから」
「それは羨ましい文化ですね」
ですね、平和っていいですよね。
その日の晩は、食べ過ぎでお腹が苦しくなりました。
もう暫く魚はいいや。
そして翌朝は大雨でした。
宿の中から外を眺めて、ため息をついてしまいました。
ふぅ。
「この大雨では山越えは無理ですね」
「足場も悪くなりますしね」
「うーん、急ぐなら船で行くのもいいですが……アリスさんが大変な事になりそうですしね」
「吸血鬼ってそこまで海が苦手なのですか?」
「はい、海と言うか流れる水が苦手なのですよ」
「雨は大丈夫なのに?」
「不思議ですよね、ある程度の水量が足元になければ大丈夫なのかなー」
一度検証する必要がありそうですね。
それにしても、この大雨は何日で止むでしょうか。
止んだとしても、この大雨では当分山越えは危険でしょうね。
うーん、やはり無理してでも船でいくべきでしょうか。
それか遠回りにはなりますが、山を迂回していくのもいいかもですね。
地図を見る限り一週間くらいあれば迂回できそうです。
三日くらい雨が続けば一週間くらいは足止めされそうですしね。
「山を迂回していきましょう」
「それだと結構大回りになりませんか?」
「一週間くらいかかりそうな距離です。でも多分この大雨ですと一週間はここで足止めされると思いますし、それなら先へ進んだほうが楽しいですよね」
海の幸は昨夜十分に堪能しましたしね。
「平地だからといって、雨は危険ですけどね。地面が泥のような状態になるので、魔物ともし遭遇した場合、足場に気をつける必要があります」
「なるほどです。さすが熟練の冒険者ですね」
「冒険者はいついかなる時もベストを尽くせる状態にしておくのですよ。という事で今日は買出しですね。予定より時間かかりそうですし、予備の食料なども必要になりましたし」
あとは一応予備の革製レインコートも買っておいたほうがいいですね。
使って放置しておくと、ものすごく匂いますし。
ついでに武器屋さんとか防具屋さんも覗いて見ましょう。
アークの迷宮産武具が売っているかもしれませんしね。
ま、とても買えるようなお値段じゃないでしょうけど。
「はい、わかりました」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
良い買い物をしましたっ!
革のレインコート二枚セットで五千ギルです。
店主涙目でしたけど。
あとは武具ですが、さすがにこちらは高かったです。
最低ランクの魔剣でも三千万ギルでした。
アークの迷宮では、たまに魔物がなぜか武器や防具を落すことがあるのです。
迷宮内で無くなった冒険者たちの装備が、長年迷宮内の魔素に当てられて魔剣になったものを魔物が拾うらしいんですよね。
じゃあ迷宮内にあるどこかの部屋を占拠して、そこに武器や防具を百年くらい放置すれば魔剣とかになるのでしょうかね。
そのうちそういったお店を作ってみるのも面白いかもしれません。
元手を回収するのに何年かかるか知りませんけど。
まあ私には静御前がありますし、アリスさんも初心者用の大剣があります。
無理して武器を揃える必要はありません。
そういえば、アリスさんの大剣にも今度精霊を憑かせてみてもいいですよね。
彼女でしたら、水の精霊ウンディーネですかね。
でも、小さな土の人形を使役できるように土の精霊ノームでもいいかもしれません。
そしてアリス=マーガうんたらに名前を変えれば完璧ですよね。
弾幕が飛び交う別のファンタジーになりそうですが。
さて、あとは何か必要でしょうか。
ここに来るまで、魔物との戦闘は一度しかやっていませんし、武具の修理はまだ不要ですよね。
しかもその時のアリスさん、どこかの石仮面をかぶった人の様な奇声を上げて大剣を振り回してました。
今は時間を操るような魔法はありませんが、そのうちアリスさんが、ザ・世界とか言う時間魔法を作ってそうで怖いです。
武具の修理以外となると、何かありましたでしょうかね。
って、さっきから悲鳴とかがうるさいですね。
思考の邪魔になります。
「アオイさん、あれ見てください」
アリスさんが私の手を引っ張ってきました。
あらやだわこの子ったら、こんな大勢の前で手を繋ぐなんて。
なんて事を思っていましたが、どこからか悲鳴が聞こえてきてたんでしたっけ。
アリスさんの向いている方向へ視線を動かすと、でっかいイカが必死で港から這い上がってこようとしていました。
大雨で喜んで地上へときたのでしょうかね。
「あら、あれは……クラーケンですかね?」
「そんなに落ち着いてていいのですか?! クラーケンってAランクの魔物じゃないですか!」
「ここは一応迷宮の近くにある町ですよ? 冒険者の数もそれなりに揃っているはずです。ならばアーク在住の方々の戦いっぷりを拝見させていただきましょう」
ラルツは山に囲まれた場所ですので、正直海の魔物は初対面なのです。
彼らには悪いですが、どの程度の強さを持っているのか測ってみたいのですよ。
「アークとはギルド提携していますし、助けるのが筋じゃないのですか……」
「まずは地元民に花を持たせて上げましょう。余所者がしゃしゃり出るのも彼らに悪い気がしますから」
「危なくなったら助けますからね!」
「はい、わかっています」
うまくいけば今宵はイカ飯ですしね。
重そうな鉄の鎧を全身に着た重戦士の冒険者が剣と盾を使ってうまくイカの足を捌いています。
その隙に相棒らしき魔術士が火系の魔法を使うも、あまりダメージは与えていないご様子。
クラーケンですし、やはり雷系の魔法がいいのではないでしょうかね。
他には散発的に矢が飛んでいっていますけど、こちらもクラーケンにはあまり効いていない感じです。
海の魔物だけあって火は通じにくそうですし、物理防御もなかなかありそうです。
火魔法の抵抗力以外については、普通のAランク程度の防御ですね。
おっとクラーケン、秘術イカスミを吐きました。
それを盾で防ぐ重戦士。でも盾も鎧も真っ黒になっています。
視界の邪魔になりますね、あれは。
そしてイカ足にひっぱたかれて重戦士が飛ばされてしまいました。
すぐさま起き上がる重戦士ですが、その間にクラーケンがとうとう陸に上がってしまいました。
うーん、押されていますね。
それに案外と冒険者の数が少ないですね。今のところ前に出て戦っているのは重戦士と魔術士の二人しかいません。
他にもちらほらと見かけますが、せいぜい矢を撃つ程度で誰も手は出していません。
となると、あの前に出ている二人組みがAランクくらい。それ以外はクラーケン相手には厳しいのでしょうね。
アークであれば高レベル冒険者もたくさんいると思いますが、トレックは単なる交通要所なだけですし、そんなに高レベル冒険者はいないのでしょうね。
おっと魔術士が風の第四階梯、暴風の魔法を使いました。
どうやら暴風で押し返そうとしているみたいです。
しかしクラーケンは三十mはあります。せいぜい足止め程度の効果しか無い様子です。
暴風の魔法が切れたとき、魔術士がクラーケンの足に捕まってしまいました。
復帰してきた重戦士が必死で足を切り落とそうとしていますが、防御力の高いイカ足に苦戦している様子です。
逆に他の足に絡まれて重戦士も捕まってしまいました。
これはこのままですと、イカ足に絞められて殺されてしまいます。
そろそろ手を出したほうがいいですね。
「アオイさん、そろそろ助けたほうがいいのでは?」
「ですね、イカ飯食べたいですし」
「イカ飯?」
「イカの中にお米を入れて焼くものです。なかなかおいしいのです」
「そんなことより、早く助けましょう!」
大剣を持って駆け出そうとしているアリスさんを掴みました。
「アオイさん!」
「アリスさんは今回見学です」
アリスさんが行くと、触手に捕まってあれこれされるような予感がしますしね。
さて、まずはあの二人をイカ足から助けないといけません。
「アオイが契約する、火の二階梯、火の矢」
呪文を唱え、指先から矢の形をした火を数十本生み出しました。
「ごー!」
掛け声と共に、まっすぐクラーケンの足へと火の矢が飛んでいきます。
それと同時に私は静御前を構えて、一気に近寄りました。
クラーケンは足に熱いものが当たったからか、一瞬びっくりして二人を離しました。
その間に、私は冒険者二名の前に立ってクラーケンと対峙します。
「お、おい! ここは危険だ、子供は逃げろ!」
「私はラルツ所属のA-冒険者です。あなたたちこそ後ろへ下がっててください」
「A-?! こんな小さい子が」
驚く彼らを無視した私は、寄ってきたイカ足を片っ端から静御前で切り裂いていきます。
細切れになっていくイカ足。
これはあとでゲソ天ですかね。
私を強敵と認識したクラーケンはイカスミを吐いてきますが、ジャンプしてそれを避けました。
夜に比べれば圧倒的に戦闘力は落ちますが、それでも数メートルは軽く飛べます。
空へと飛んだ私は、すかさず呪文詠唱を始めました。
「アオイが契約する、雷の四階梯、落雷」
クラーケンは空へ飛んだ私にまたもやイカスミを吐き出してきますが、私の詠唱のほうが速い!
私の手に雷が纏わり、手を振り下ろすと同時に凄まじい雷がクラーケンへと襲い掛かりました。
大雨で雷の伝導率も良いはずです。
私の放った雷がイカスミを蒸発させクラーケンに命中すると、びくっと全身振るわせたあと動かなくなりました。
多分これ気絶しているだけでしょうね。
地面に降り立った私は、油断なく静御前を構えます。
さてどうしましょうかね、このまま真っ二つでもいいのですが。
そう考えていると、観客席から大声が聞こえてきました。
「よーし、持ってきたぞ!」
「急いで巻け!」
クラーケンから少し離れてそちらを
あれって攻城兵器ですよね。初めてみました。
何人もの人が頑張って弓を巻いています。
なるほど、大型の魔物はあれで倒すのですね。
海の魔物って陸に比べると大きな魔物が多いですしね。
「終わったぞ!」
「全員クラーケンから離れろ! 十秒後に撃つ!」
みんな慣れているのか、矢の射線上から綺麗に離れていきます。
あ、私も離れなきゃ。
「よし、撃てぇぇぇぇ!」
掛け声とともに太い音が鳴り響き、三mはある矢が三本クラーケンに突き刺さりました。
痛みで気絶から目が覚めたのか暴れまくるクラーケン。
しかし矢は次々と放たれていきます。
それと共に雷系の魔法も飛んでいきました。
そして数分後、クラーケンは矢が刺さったまま動かなくなりました。
「助かったよ」
「本当にありがとう」
「いえいえ、お二人がご無事で何よりです」
二人の冒険者から礼を言われています。何となく照れますよね。
「今夜はあのクラーケンで一杯できそうだ」
「あんたもぜひ食っていってくれ。何といっても今日の最大の功労者はあんただしな」
イカの刺身でワインというのも、乙なものですかね。
「はい、時間がありましたら寄らせていただきますね」
「アオイさん、雨も酷いですしそろそろ宿に戻りませんか?」
「そうですね、では私たちはこれで戻りますね」
「ああ、ありがとう」
その日の夜、イカのオンパレードの夕飯を頂いて宿に戻ってきました。
「食べましたー、もう暫くイカはいいや」
「私も食べすぎちゃいました。初めて食べましたけど、生のままというのも意外とおいしいですね」
「あれは刺身って言うんですよ。アリスさんも倭のこころが芽生えてきましたね」
「倭?」
「私の故郷のこころですね」
「そうですか。いつか私もアオイさんの故郷に行ってみたいです」
「アリスさんと一緒なら故郷に戻ってもいいですね」
彼女と一緒なら元の世界でも楽しく生きていけそうです。
銀行口座は差し押さえられそうですが。
そして暫く食後の余韻に浸っていると、アリスさんがベッドの上に座っている私の隣に立って、少し熱っぽい目線で見てきました。
「ん、アオイさん。少し……欲しくなりました」
ああ、ラルツを出て一週間たちましたし、少し早いけど血の時間ですか。
マスターから買っておいた血を飲むのもいいですけど、こっちは非常用ですしね。
それにしても純吸血鬼は血を吸うサイクルが早いですね。
それだけのメリットもありますし、仕方ありませんが。
「じゃあアリスさん、おいで……」
「はい、アオイさん」
その日の晩、嬌声が部屋の中を木霊していました。
私のですが。
あー、恥ずかしい……。
明日宿屋の店主に、昨夜はお楽しみでしたね、と言われたらどうしましょう。
「それにしてもアオイさんの血はとってもおいしいですよね」
「そうですかー、私はぐったりですよ……」
「もう百ccほど頂いてもいいですか?」
「だめー、吸いすぎ注意です。私がふらふらになってしまいます」
「うー、我慢します。でもアオイさんの血は、何となく優しい味わいがありますね。気分が落ち着きます」
私の血の半分は
いえ、ダークエルフが優しいのかは不明ですけど。
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