~閑話~


 アオイさんが王都へお仕事に行ってから四日が過ぎました。

 その間特に目立った事も起こらず、いたって平凡な日常を過ごしています。

 アオイさんが出かける間際、お仕事し過ぎないように、と注意された記憶はありますが善処させて頂いた結果、二日連続勤務して一旦帰宅後また二日という形に落ち着きました。


 サブギルドマスターのリリックさんからは、いい加減帰れ、と先ほどから言われていますが、自分的にもまだまだ体力は十分ありますし、やはり早くたまっているお仕事を片付けたいですしね。


 吸血鬼になってから汗もかかなくなりましたし、水浴びという欲求は減りました。

 でもやはり女性として、ちゃんと身体は清潔に保ちたいですしね。


 ギルド内にも水浴びできるような施設があれば便利なのですけどね。

 今度要望として提出させていただきましょう。


 そろそろ一旦帰宅しようかしら、と迷っているときにお客様がいらっしゃいました。


 あら、あの格好はオーギル王国の近衛隊の制服ですよね。

 彼らがラルツを訪れに来るなんてとても珍しい事です。

 リリックさんが彼らの対応をしている様子ですね。

 まさか直接持ってきて下さるとは、と言っているのが聞こえてきました。

 何か王都に注文でもしたのでしょうか。

 アオイさんが王都へ行っているのですから、ついで持ってきてもらえば良かったのに。


 そしてお昼の時間になりました。

 先ほどいらしたお客様がお戻りのご様子です。

 リリックさん自ら対応しているみたいですし、私は軽くお辞儀だけしてお見送りしました。


「アリス、そろそろ帰っとけ。お前さすがに仕事し過ぎだ。それと明日は休め」


 戻り際、リリックさんからこう言われました。

 ですがどうしましょうか。

 まだまだ山のように復興の依頼要望が溜まっていますし、帰るのは少し躊躇ってしまいます。

 でもサブギルドマスターの命令ですし、今日のところは仕方ありません。

 明日は休みと言われましたが、でも明日の夜中に行けば問題ないですね。

 日付的には明後日になりますしね。ふふっ。



 家に戻る途中、アオイさんに粛清された防具屋の店主を見かけました。

 彼も私の事に気がついたのか、こちらへ向かってきます。


「あっ、女王様と一緒にいらしたかたですね! 防具が昨夜出来上がりましたので、お時間があるときにいらしてください!」

「じょ、女王様? どちらの女王様でしょうか」

「アオイ女王様です! 女王様はどちらにいらっしゃいますか?」


 アオイさん、少々やりすぎたみたいですよ。

 完全に性格変わっていませんか?


「アオイさんなら、ギルドの依頼を受けて暫くラルツから離れています」

「残念でありますっ! またお会い致しましたら、真に汚い店で恐縮ですがぜひご一緒にご来店ください! それでは失礼させていただきます」


 私から見ても非の打ち所のない礼をして、彼は去っていきました。

 普通なら革鎧をオーダーすれば二週間はかかるはずです。

 四日で防具を作るなんて、ものすごく急いでくれたのでしょうか?

 ちょうど時間も空いたことですし、昼食を取ったら受け取りに行きましょう。



 アオイさんと昔会ったファミリーレストランで昼食を取った後、防具屋へ行ってみました。


「早速ご来店いただき、真に感謝の極みでございます! 不肖私めが全身全霊を持って作製させていただきました。どうぞお納めくださいませっ!」

「あ、ありがとうございます。一度着替えさせてください」

「はっ、あの更衣室をご利用くださいませ!」


 彼から受け取った革鎧は、アオイさんが着ているものと同じタイプのものでした。

 しかしとても丁寧な造りで、且つ素材も非常に強固に感じます。

 何らかの魔法がかかっているみたいですね。

 付与魔法をかけた場合、数百万ギルはするのですが本当にあのお値段でいいのでしょうか。


 革鎧、革スカート、革ブーツを装備してみます。

 本当にぴったりとサイズが合っています。

 ギルドの情報では腕は良いと聞きましたが、確かにこの出来であれば納得できますね。

 今度他の方にもお勧めしておきましょう。


 でも……少しスカートが短いですね。

 あとで頑丈なズボンを買って下に履いておきましょう。


 鏡に映る私。


 もうこれで一人前の冒険者ですね。

 早速今夜にでも魔物狩りに行ってみましょう。


 私は着ていた革鎧を脱いで、ギルド制服を着なおしてから更衣室を出ました。


「ぴったりでした。でも本当にこの革鎧いいのでしょうか? お値段が安すぎると思いますが」

「我が女王様のためであればこの程度の出費痛くもありません。今後とも宜しくお願い致します! ぜひ次回は女王様とご一緒にご来店ください!」

「は、はい。アオイさんには伝えておきます」

「宜しくお願い致します!」




 その日の晩、私は早速大剣をもって革鎧を着てラルツの町の周辺に行ってみました。

 でも……。


 魔物がいない。


 そうでした。あの事件の後、町の周辺にいた魔物の数が減っているのを忘れていました。

 冒険者たちもわざわざ遠くまで行って素材を集めています。

 私も少し遠出してみましょう。

 セント公国へと続く街道を、高揚感を感じながら走り始めました。



 夜は吸血鬼の時間、確かにそうですね。

 こんなに速く走ることができるなんて、人間の時には思っても見ませんでした。

 それに夜なのに昼間のように感じます。


 身体が軽い。


 これならアオイさんだって認めてくれますね。

 私は嬉しくなって、つい山間を抜けた先の草原まできてしまいました。


 この草原の先には、確かアオイさんが討伐依頼を受けたミノタウロスがいたはずです。

 あの事件ですっかり忘れていましたが、まだ依頼は残っています。

 ミノタウロスはBランクの魔物です。初めての討伐にはかなり危険、どころか勝てないような相手ですよね。

 でも……これくらいの魔物を倒せなければアオイさんの隣には並べません。

 足をひっぱるだけになります。

 だって彼女はSランクの魔物、ドラゴンですら一刀両断したのですから。


 落ち着いて行動すれば、ミノタウロスなんて敵ではないはずです。

 これだけ身体が軽くなっているのですから。



 夜が明けるまであと数時間はある頃、ミノタウロスが出没している辺りに着きました。

 速い。

 ここまで徒歩二日はかかるはずなのに、三時間くらいしかかかっていません。


 私は油断無く大剣を両手でしっかりと持って、周囲を見渡しました。

 特に怪しいところはありません。

 このまま街道沿いに歩いていきましょう。



 そして私は自分の認識が甘かったことを痛感しました。



「あぐぅっ」


 ミノタウロスの単なるパンチが私の腹部を殴りつけ、その衝撃で軽く十数メートルは吹き飛ばされました。

 人間の時でしたら今の一撃で私のお腹が破裂するくらいの威力です。

 幸い吸血鬼という不死性、そして革鎧にかかっている魔法で事なきを得ましたが、何回も喰らえばタダではすみません。



 あの後街道沿いに歩いていると、前に一体のミノタウロスが道を防いでいたのです。

 たしか報告では数体いたはずですが、残りはどこか別の場所にいるのでしょうか。

 でも一体だけならば勝てます。

 私は大剣を両手に持って一気にミノタウロスへと迫り大きく振りかぶりました。

 が、魔物はそんな私の動きを読んでいたかのように、大剣を軽く避け、カウンターの拳を私の腹部へと撃ち放ってきたのです。



 ミノタウロスの残忍そうな目が私を捉え、そして「ウモォォォォォ!」と叫ぶと私に向かって凄まじいと言えるような突進をしてきました。

 頭に生えている二本の角。

 とても頑丈な角が月の明かりに照らされ煌めきながら、私の心臓へと迫ってきます。


 咄嗟に横に転がりながら避けましたが、かわしきれず角が私の太ももを貫き、そしてそのまま引きずられていきます。


「ああああぁぁぁ!!」


 痛みで思わず叫んでしまいました。

 私の真っ赤な血がミノタウロスの角を濡らし、そして魔物の顔へとかかっていきます。

 魔物は顔にかかった私の血を舐めて、そして再び今度は歓喜に満ちたような声で叫ぶと、頭を振ってまるで邪魔なものを振り払うように私を振り飛ばしました。


 またもや数メートル吹き飛ばされた私。

 呼吸困難に陥りつつ、口の中から血が吐き出されます。


 だめ、勝てない……。


 あの魔物の攻撃が全く見えません。

 町を出て走り出したときに感じた身体の軽さ、それが今は全くなく、自分の体重が十倍にもなったかのように這いずるしかできません。


 しゅわしゅわと自分の足から音が聞こえています。

 吸血鬼の超再生力。

 角が刺さって穴が開いていた自分の足が、見る見ると塞がっていきます。

 そしてそれと共に痛みも引いていきます。


 でもミノタウロスはそれを見て、却っておもちゃがまた元気に復活したのを喜ぶように、私をいたぶろうと突進してきました。



 そして数回。

 私はミノタウロスの角に突かれ飛ばされを繰り返しました。

 もはや私が持っていた大剣はどこかへ置き去りになっています。

 魔法のかかっていた革鎧もミノタウロスの強力な突進によって壊され、ぼろぼろな状態です。


 突かれたところや痛みは再生していきますが、もはや体力が無くなってきました。

 既に腕すら上がらなくなってきています。


 Bランクの魔物。


 中位冒険者であれば十人以下の場合、下位冒険者は何人いても逃げること、とギルドでは教えています。

 私はF-ランクです。登録したばかりでしたから。

 当然勝てる相手ではありません。


 でも吸血鬼になって世の中が変わったように感じられて、舞い上がっていました。

 これほど差があるとは分かりませんでした。



 ミノタウロスはぐったりして殆ど動けない私を見て、今まで素手だった手に武器を持ちました。

 遊びは終わったということでしょう。

 魔物は大きな剣を片手で軽々と掲げ、ゆっくりと私のほうへと歩いてきます。

 自分の力を過信して誤っただけです。これは自業自得というものでしょう。

 私は観念して目を塞ぎ……。



 …………!

 あれは、あの魔物が掲げた武器は《ワタシ》の大剣!



 そう認識した瞬間、自分の血が沸騰したかのように熱くなってきました。

 体中から力が湧き出てきました。


 数日前、アオイさんに内緒でギルドマスターに戦い方を教えてもらったときに言われた事が不意に頭をよぎりました。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「アリスよぉ、お前は熱い戦いってのをわかってねぇ。ここぞという時の力は、熱くなったときが一番沸点なんだよ」

「熱いって、よくわかりません」

「かぁ~、お前は冷静すぎるんだよ。男なら熱くなれ!」

「女です」

「アオイにはこれで通じたんだけどなぁ」


 いざという時、絶体絶命の時こそ熱くなって、隠れた自分の潜在能力が目覚めるんですよねっ!

 さすがお父さん、分かっていますね!

 これこそ王道ですよ、これぞ王道!

 大事なことなので二回言いました。


「なんて言ってたぜ」

「はぁ、よく分かりませんね」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 なるほど、熱くなるってこういうことでしたか。

 今なら何となくですが分かります。

 女ですけど。



「返せ」


 私の声が周囲に響き渡りました。

 その声を聞いたミノタウロスの歩みが止まります。


「ウモ?」

「……その大剣は私のです。アオイさんと一緒に選んだ私の武器です」


 ミノタウロスは決して頭の良い魔物ではありません。

 私が言っている言葉は通じていないでしょう。

 しかし私が武器のことを言っているのは理解できたのでしょう。

 何せ私の赤い目が大剣を捉えてているのですから。


 魔物は大剣を私に見せ付けるように、ブンっと一振りしてきました。



「お前が使っていいような武器じゃないんだよ!!」



 思わず下品な言葉で叫んだ私は、一気に起き上がってミノタウロスへ突進していきます。


 ……軽い!


 町を出たときのような高揚感が漲ってきて、今まで感じていた身体の重さが嘘のように消えてなくなりました。

 血が、《アオイさんの血》が、熱くなってきます。


 そうですか、この高揚感ですね。

 嬉しい、楽しい、感情が激しくなると血が騒ぐのですね。


 戦いは冷静だけではなく、吸血鬼になった時のような高揚感が大切なのですね。

 血を滾らせるのが吸血鬼としての戦い方なのですね。


 私は知らず知らず、口から雄たけびを上げました。




「URYYY(ry」




 そして数分後、ミノタウロスは私の足元に沈んで動かなくなっていました。


 なんだ、こんなに簡単な事だったのですね。

 とても簡単にできるじゃないですか。

 私は転がっているミノタウロスの死体を無造作に蹴り上げました。

 数百kgはあるミノタウロスの身体が五mほど空へと浮き上がり、地面へと落ちていきます。


 それに目もくれず、次の獲物のことを考え始めました。

 まだミノタウロスは数体残っています。

 早くしないと、《私の獲物》が他の冒険者に奪われますよね。


 奪い返した大剣を持って、私は次のミノタウロスを探しに夜の街道を彷徨いました。



 そして夜が明けた頃、私は三体のミノタウロスを討伐して、意気揚々とラルツへ向かって走り出していました。



 暫く走り続けていると、徐々に思考がクリアになって冷静になってきました。

 それと共に先ほど我を忘れてミノタウロスを虐殺したこともはっきりと思い出してきます。


 ああ?! なんていうことをやってしまったのでしょうか。

 つい我を忘れてしまいました。

 こ、これもアオイさんの血のせいですよね。

 決まっていますよね!


 ラルツの町並みが見えるまで、ずっと一人で自己嫌悪が襲ってくるのに耐えていました。




 後日、ギルドに正体不明の女性のような姿をした大剣を持った魔物が、ミノタウロスをまるで赤子のように虐殺していたのを見かけた、という情報が入ってきました。


 ……ごめんなさい。


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