第八話



「うわぁ~」


 ラルツのメインストリートの四倍はある大きな広い大通り。

 その道が碁盤の目のように走っている八十万人の人口を擁する街、王都オーギル。


 時刻はまもなく日が暮れようとしている頃です。

 この時間でもラルツとは比べ物にならないほど、たくさんの人が出歩いています。


 それでも日本の新宿に比べるととても少ないですけどね。

 そう考えると東京ってすごい街なんですね。


 そしてまた人間以外にもたくさんの種族が入り乱れています。

 エルフやドワーフ、グラスランナーなどの亜人や獣人はもちろん、吸血鬼や果てはリッチまで。


 ってちょっとまったぁぁぁぁ。りっちぃぃぃ!?


 思わず振り返って凝視してしまいました。

 彼(?)は私の視線に気がついたのか、こちらを振り返り愛想よく骨だけの手を振ってきます。

 思わず軽くお辞儀をしてしまいました。


 さ、さすがは王都。別の意味でもすごい街ですね。

 ある意味カルチャーショックです。



 さて、王城は街の中央にそびえ立っています。

 それなりの高さがあり、街のどこからでも見えますので道に迷う心配はありません。

 でも今日はもう遅いので、明日の朝に王城へいってお金を借りにいきましょう。

 どうせお役所仕事ですし、この時間では窓口は閉まっているでしょうしね。


 今夜はどこに泊まりましょうかね。

 出来れば王城近くのほうが明日移動するのに楽ですけど。

 でも高そうですよねー。

 一泊三千ギルくらいで夕飯がついている宿屋なんてありますかね。


 こういうときに便利なのが冒険者ギルドです。

 冒険に必要なあらゆるお店を紹介してくれるのです。もちろん宿屋もそれに含まれます。


 そしてこの王都にも冒険者ギルドは存在します。

 ですがラルツの冒険者ギルドとは提携はしていません。

 ラルツ発行のギルドカードはある程度の身分証明書にはなりますが、このギルドで活動することはできません。

 でも宿屋の紹介くらいはしてくれるでしょう。


 しかし私は冒険者ギルドの所在を全く知りません。

 王都に来たのは初めてですしね。

 冒険者っぽい格好をしている人に聞くのが、一番手っ取り早く教えてくれるでしょう。


「あの、すみませんっ」

「はーいですにゃ」


 私は剣士風の人間の男性と、猫の獣人の女性のペアに声をかけました。

 いちゃらぶしている最中に悪いですねー。

 爆発しやがれっです。


「冒険者ギルドってどこにありますか?」

「えっとにゃ、ギルドにゃらここから三つ目の道を右へ曲がってまっすぐ行った先にあるにゃ」

「ありがとうございます!」

「いえいえにゃ~」


 ふぅ、良い人でよかったです。

 爆発しろなんて言ってごめんなさい。


 彼女の言うとおり三本先の交差点を右へ曲がると、そこは武器屋や防具屋、雑貨屋などが立ち並ぶストリートになっていました。

 ある意味、ここにギルドがあるよって言っていますね。とても分かりやすくて素敵です。


 そして三百mほど進むと、ひときわ目立つ大きな建物が建っていました。


 あそこですね。

 さすが王都です。主要な建物は分かりやすいように作られているのですね。

 これはラルツも見習うべきでしょう。


 私はギルドの建物の入り口へと到着しました。

 ラルツに比べて若干小さいですね。

 ラルツは四万人の冒険者がいますが王都では一万人くらいでしょうし、規模が小さいから建物も小さくなるのは仕方ありません。


 そして入り口そばには、のぼりが飾られていて、それにはこう書かれていました。



 冷やし中華始めました。



 なんでやねんっ!


 しかもご丁寧に日本語で書かれています。

 私以外にも絶対転生者か召喚された人がいますねこれは!

 真実は常に一つなのです!


 ちなみに裏には、ごめん冷やし中華終わりました、と書かれていました。


 私の人生の中で一番の重要な発見をしてしまいましたが、とりあえずまずは宿の確保からです。

 中に入ると、受付の窓口が五個くらい並んでいました。

 そして中には冒険者風の人が十人くらいたむろって居ます。


 一万人もいるのに、意外とギルドは空いていますね。

 ラルツでは常時五十人や百人はいますしね。


 とりあえず、一番空いている、一番暇そうにしている人へ聞きましょう。


「すみません、私ラルツの町に所属しているA-ランクの冒険者ですが、少しお聞きしたいことがありますが、今よろしいでしょうか」


 そう言いつつ、私はギルドカードを提示しました。

 受付のお姉さんは私が見せたカードをちらっと見て、そして一言「何?」とだけ聞いてきました。


 うわー、愛想悪いですねぇ。

 でも我慢です。所詮よそ者ですし、仕方ないでしょう。


「王城に一番近くて一番安い宿屋ってご存知でしょうか?」

「ここ」


 彼女は手元にあった街の地図を指差して、私に見せてきました。

 ハルトハルツの憩い亭、ですね。

 ぱっと見て大体の位置を記憶します。


「あと、もう一つお尋ねしたいのですが、表にあるのぼりってどなたが作られたのでしょうか?」

「あれこの街の名産物。ずっと昔に発掘された遺跡に刻まれた文字を写して作られたもの。誰も読めないけど洒落たデザインとして扱われている」


 日本語が洒落たデザインですかー。

 でもそうなると、転生者か召喚者は既に亡くなっているのですかね。


「ちなみにその発掘された遺跡はどこにあります?」

「ゲルミ遺跡。イーヴァから海を渡った先の大きな島」

「ありがとうございました」


 彼女に礼を言って私はギルドから出ました。


 イーヴァの町から海を渡った先にある大きな島に、ゲルミ遺跡というところがあるのですね。

 イーヴァはこの大陸の端、海の側にある町でしたね。

 その海を渡った先には魔大陸があります。私が生まれた場所ですね。

 そういえば魔大陸とこの大陸の間に細長い島がありましたね。


 遺跡というからには数百年は昔でしょう。

 これは文献オタクのサブギルドマスターリリックさんに聞いたほうが早いですね。

 どうせ父親を殴りに魔大陸へ行くのですし、殴り終わってから帰りにその遺跡を調べてみるのも手ですね。


 元の世界に戻りたい、何てことはもう思ってないですが、先人がどうなったか興味はあります。

 遺跡にあんな文字を刻んでいるくらいですから、きっとラーメン屋でも作ってたんじゃないですかね。適当ですが。


 さて宿屋に向かいましょう。

 ハルトハルツの憩い亭という名前でしたね。

 夕飯ついているといいな。



 結論から言いますと、ハルトハルツの憩い亭は確かに安かったです。

 何せ一泊二千ギルでしたからね。

 でもどうみてもカプセルホテルでした。

 棺おけっぽい感じでしたから私には似合ってますよね、きっと。

 何が楽しくて王都まで来てカプセルホテルに泊まらなければいけなかったのですかね。くすん。



 翌朝、私は王城へと足を運びました。


 それにしても意外と快適に寝られましたね。

 棺おけっぽい寝床がこんなにも自分に合っていたなんて。

 あれなら一年は楽に寝られますね。新しい発見です。

 これは今使っているベッドを売って、代わりに棺おけを買ってくるのがいいかもしれません。



 さて王城の門が見えてきました。

 鉄の格子で作られていて、そうそう簡単には破られない作りですね。

 あそこにいる衛兵さんに、リリックさんから貰った書状を見せればいいのですよね。


「すみません、ラルツからきた冒険者で、ギルドマスターの元養子のアオイと申します。今日はうちのサブギルドマスターから書状を預かってきましたが、どちらに伺えばよろしいでしょうか」

「わざわざラルツからきたのか、ご苦労さん。一応書状を見せてくれ」

「はい、どうぞ」


 私はポーチから書状を取り出して衛兵さんへと渡します。


「確かにこの印はラルツの正式なものだな。日付も四日前だし間違いないって、まて、四日前? ずいぶんと着くのが速いな。早馬でも飛ばしてきたのか?」

「私は見ての通りダンピールですので、夜中走ってきました」

「ほおー、ダンピールってそんなに走るのが速いのか。まだ子供なのによく頑張ったな」


 頭をなでられました。

 何この屈辱感。


「こ、こう見えても十五歳なんですっ! 大人なんですっ!」

「十五歳?! そ、それは申し訳ない」

「それよりどちらへいけばいいのです?」

「案内するからついておいで」

「お願いします」


 衛兵さんに案内された場所は、とても高級そうなお部屋でした。


 うわっ、この石板は古代シリス王国末期に作られたものですね。

 売れば五千万にはなる好事家が垂涎する一品ですよっ。

 でもしっかりと回りに防御魔法がかけられていますね。

 これはああしてこうしてやれば解除できるかな?


 目を輝かせた私を、衛兵さんは危ないものを見るような感じで「ここで少し待ってて、偉い人を呼んでくるから」と言って部屋から出て行きました。


 ちゃーんす!


 そう思って私は石版へと手を伸ばし……って、危ないです。

 思わず拝借しようとしてました。

 大人しく椅子にでも座って待っていましょう。


 おおお?!

 この椅子の上に敷いてある座布団は、滅多に見つからないとされるFランク魔物ラッキーニードルラビットの毛皮製ですねっ!

 これだけの毛皮の量であれば、売れば五百万にはなりますっ!

 じゅるり。


 って、ダメですっ。

 私はギルドを代表して来ているのです。

 せめて座り心地だけでも堪能しましょう。



「……何をしておるのかね、君は」


 数分後、部屋に入ってきたローブを着た五十代くらいの男性が、怪訝な顔つきで私の事を胡散臭そうに見ていました。


 ……はっ、つい座って飛び跳ねていました。


「い、いえ。この座布団がとてもすばらしい座り心地でしたので、つい」

「ふむ、子供を派遣してくるとはラルツも余裕がないのか」


 むかっ。

 でもここは我慢です。何せ三百億ものお金を借りるのですから。

 私は大人なのです。


「し、失礼いたしました。私はラルツの冒険者ギルドに所属している、A-ランク冒険者のアオイと申します」

「A-? 君のような子供が?」


 むかむかっ。


「こ、これがギルドカードです」

「ふむぅ、確かにA-ランクだな。しかしラルツのギルドもずいぶんと落ちぶれたもんだ」


 むかむかむかっ。


「そ、それでこれがうちのサブギルドマスター、リリックからの書状になります」

「どれ、見せてもらおう」

「と、その前にあなたはどちらさまですか?」

「ああ、わしは宮廷魔導師筆頭のファインだ」


 宮廷魔導師筆頭って文官のトップですよね。

 そんな超お偉いさんが一介の冒険者に気軽に会うなんて、不思議ですね。

 でも額が額ですしね。


「そうでしたか、失礼しました。ではこれをどうぞ」

「確かにリリック殿の書状のようだな。しかしわざわざ来てもらったが、既に金はラルツへ届けている最中だ」

「え?」


 なんですと?


「何せ額が大きすぎたのでな。早馬をラルツへ飛ばしたあと、うちの軍属から何人か選んでそちらへ届けさせている。多分もうそろそろ着く頃だと思うが」


 私は夜に移動していましたが、普通の人間は昼間に移動しますよね。

 つまり行き違い?


「書状にサインはしておくから、それもって帰りたまえ。ではご苦労さん」


 そう言って彼はサインをした後、部屋から出て行きました。

 私は無駄足だったという事ですね。


 ショックですっ。私の苦労はどうするんですかっ! ラルツなんて破産しちゃえばいいのにっ!!


 orzのポーズで私は一人部屋で落ち込んでいました。



 こうなったら王都で暫く遊んでいましょう。

 そして帰ったらリリックさんを一発殴ります。


 くすん。


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