第五話


「と言うことで、アリスさんを連れてダークエルフの里へ行くことになりました」


 その日の晩、私はギルドマスターからの依頼の件をアリスさんに説明していました。


「バル連邦国ですか。名前だけは知っていますが行った事はありませんね」

「はい、ついでですから旅行も兼ねて行ってみましょう」

「冒険者の練習にもなりますね。それでいつ出発するのですか?」

「まだ決まっていません。アリスさんの武具もそろえないといけませんし、それに二週間程度はかかると思いますので、血の補給も必要ですし」


 食べ物は現地調達できますが、血は現地調達するのはまずいですしね。

 魔物の血を吸うのであれば問題ありませんが、出来ればそれは避けたい所存です。


「吸血鬼は体力的にはすばらしいものがありますが、定期的に血を吸う必要がありますし、意外と不便ですよね」

「維持費はそれなりにかかるんですよ。世の中都合のいい事だらけじゃあねぇって事です」

「え? そ、そうですね」


 そのかわいそうな子を見るような目で見つめないでください。

 悲しくなってくるじゃないですか。くすん。


「まずはアリスさんの武具が欲しい所なのですが。実は今日武器屋さんや防具屋さんを見に行ったのですけど見事にお店が壊れていまして。暫くこの町では買えないんですよね」

「あのお店以外にも武器屋や防具屋はたくさんありますよ?」

「何をおっしゃいます! あのお店なら、おまけしてもらえますっ!」


 非常に重要なポイントです。


「私の武具ですし、私が払いますけど」

「私の目の前で定価で買うなんて行為、とても見ていられません! まずは値切る、そして目標は三割ですっ!」

「三割引きですか? それはさすがに難しいのでは」

「いいえ? 定価の三割価格で売ってもらうのが目標ですが何か?」

「…………」


 この前買った革の鎧セットは、半額までまけてもらいました。

 もう少し粘りたかったのですがね。店主が涙目で訴えてきたので許してあげました。


「お店泣かせな人ですね、アオイさんって」

「それは褒め言葉として受け取っておきます。そしてあとは血についてですが、これはバーのマスターに相談してみましょう。もしかすると半月くらいは保管できる真空パックみたいなものを持っているかも知れませんし」

「真空パック?」

「えっと、長期間保存できる優れたアイテムのことです」

「そのようなものがあるのですね。知りませんでした」


 まずこの世界にはなさそうですが。

 でも冷凍ビームで血を定期的に凍らせていけば、少しは持つでしょうかね。

 それか、道中血の吸い愛いをやればいいのですが、吸われていると私は役に立たなくなりますからね。

 万が一、その時魔物に襲われたらひとたまりもありません。


「アリスさんの武具購入と、血の保管方法が決まったらダークエルフの里までいきましょう」

「そうですね、わかりました」

「私は明日、バーのマスターに聞いてきますね」

「お願いします。それと明日私はお休みを頂きますから一緒に武器や防具を買いに行きませんか?」

「あうぅ~、あのお店なら安くすませられるのに」

「実はこの町を出るのは初めてですので、早く行ってみたいんですよ。……だめですか?」

「はいっ! ぜひ一緒にお買い物しにいきましょう!」


 そんな上目遣いで見るのやめてください。即効で許可しちゃったじゃないですか。


「ではお願いしますね。それではおやすみなさい」

「はい、おやすみなさい」



 そして翌朝、私はアリスさんの着せ替え人形になっていました。

 毎回思いますが、どうして女性は服装に拘りをもつのでしょうかね。

 私的には、いつもの革鎧シリーズで十分なのですけどね。

 そう抗議はするものの受付窓口はないらしく、黙って立っていろと目で訴えられました。くすん。


 そして二時間半ほど経過して、ようやくアリスさんが満足したように頷きました。

 以前バーに行ったときのゴシックな服装ではなく、今日はカジュアルっぽい雰囲気です。髪型まで変えられています。

 私服なんてわざわざ上下別に揃えなくても、ワンピース一枚でいいのに。あとは軽く上に羽織れるものさえあれば、他に何も必要ありません。

 しかも私の靴までなぜか揃っているのです。おかしいですね。

 服はアリスさんのお下がりですが、靴はさすがに違います。

 いつの間に十足も揃えたのでしょうかね。恐るべしアリスさん。


 鏡を見てみましたが、もはや別人です。誰ですかねこの鏡に映っている人。

 朝から体力がごっそり削られました。



 さて、やっと出発です。

 今日は武具を売っているお店を探しにいく予定です。

 探すといっても、アリスさんはラルツ生まれのラルツ育ちです。しかも受付嬢です。

 冒険者が利用する殆どの店を網羅しています。


 そんな彼女がお勧めする、この町で二番目のお店に行くことになりました。



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 まずは武器屋さんです。幸いここは壊れていませんでした。

 さて、アリスさんにはどんな武器が似合うでしょうか。

 ……やはり鞭ですかね。

 あの目で鞭を使われたら、もうどんな気持ちになるのか自分が怖いですっ!


 でも良く考えれば、そもそも鞭は敵を痛めつけるのが目的の武器です。

 殺傷力はそこまで高くはありません。

 ここは涙を飲んで普通に無難に片手剣ですかね。


「アリスさんはどのような武器がいいですか?」

「そうですね、今まで持ったことはありませんし。まずは全部の武器を一つずつ持ってみます」


 彼女は武器を持って少しだけ構えて、また戻してを繰り返していきます。

 悩んでいますね。

 今まで武器は使ったことがないのですし、とにかくまずは一本決めて、実戦慣れしてきてから改めて決めるのも一つの手ですよね。

 そう助言しようかと思った時、アリスさんの手が止まりました。


 ふむ、大剣ですか。吸血鬼の膂力があれば確かに扱えますけどね。

 問題は大剣は細かい動きが苦手なのです。

 でも初心者ですし、とにかく剣を振っていればいいので楽といえば楽ですよね。


 周りを気にしなければ。


 これからは彼女が戦う使うとき、私も彼女の動きも気にしないといけませんね。


「アオイさん、私これ気に入りました」

「そうですか。まあ無難といえば無難ですが、片手剣のほうがいいのではないでしょうかね」

「片手剣ですと軽すぎて。こちらはちょうど良い重さなんですよ」


 あの大剣って五kgくらいありそうです。

 それがちょうどいい重さですか。

 改めて吸血鬼って力持ちさんですよね。


「分かりました。ではそれにしましょう」

「はい!」


 さて、これから私の出番ですねっ!

 あの大剣のお値段は五十万ギル。初心者向きの武器のお値段ですね。

 さあどこまで安くできるでしょうか。



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 三割引が限界でした。しょんぼり。

 半額まで持っていきたかったのですけどねー。

 アリスさんが途中で止めなければっ!


「アオイさん、さすがにあれはやりすぎですよ」

「もう少し安くできたのになー」

「あれ以上やっていれば、もうあのお店にいけなくなりますよ……」


 残念です。

 さて、次は防具屋さんですね。


「防具屋なのですが、少々店主に問題のあるお店と聞いていますが、腕はかなり良いとの評判ですよ」

「へぇー、そうなんですか。店主に問題があるということは、気難しいおやじって感じしますよね」

「私も他の冒険者から聞いただけですので詳しくは知りませんが、本当に気難しい方なんでしょうか」

「とりあえずは行ってみればわかりますよ!」



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「おおっ、俺好みの美少女キターー!」

「へ? へっ?」


 お店に入った途端、いきなりものすごく怪しい叫び声が轟きました。


 その叫び声の主は、三十代後半くらいのぼさぼさ頭の小太り男です。

 これ気難しいおやじではなく変態なおっさんですよね。

 どうみても腕の良い防具屋には見えません。でも見た目で判断してはいけませんよね。


「あの、防具を見せて欲しいのですが?」

「まかせとけっ! 早速お嬢さんのサイズを測ってやろう!」

「いえ、私ではなくこっちの彼女でってぇぇぇぇ?!」


 彼は私の言葉を無視し、あろうことか、私の胸を鷲づかみにしてきやがりました。


「うむ、七十七とみた! なかなか慎ましいサイズであるっ!」


 …………ぷちっ。


「じょーりゅーけーん!!!」

「ぐはぁぁぁぁ」


 私の綺麗なジャンピングアッパーカットが不埒な男の顎に炸裂しました。

 水が天へと登っていくかのような必殺技、上流拳です。

 そのまま宙を飛び天井にぶつかった後、床に激突する男。


 よし、このままとどめですっ!!


「アオイさん、落ち着いてください」

「どいてアリスさん、そいつ殺せない」

「殺しちゃだめです。せめて半殺しにしておいてください」

「おーけーアリスさん。さて、用意はいいですか? あなたがこの世に生まれてきたことを後悔する用意です」

「す、すまん! ものすごく好みの美少女だったもんでつい」

「それで、ついあなたは、女の子の胸を鷲づかみにするんですかっ!」

「気にする必要はないっ。俺は小さいほうが好みだ」


 …………。


 そして十分後、彼はボロ雑巾のような姿になりました。

 天誅です。



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 その後、アリスさんのサイズは私が測って彼に伝えて作るように命令しておきました。

 なおお値段は定価の三割にさせました。


 それにしてもアリスさんのサイズ、とてもうらやましいスタイルでしたよ。

 しかも吸血鬼ですから、これから永遠にあのサイズのままなんですよね。

 私はいつ彼女に届くのでしょうか。百年くらいたてば追いつけるでしょうかね。くすん。



 さて、最後はバーです。

 アリスさんは、グラスに入った血をおそるおそる舐めています。

 何しろ初体験ですしね。仕方ありません。

 私は優雅に血を舌に乗せて、転がすようにして味わっています。

 これは十六年物の処女ABの血ですね。相反するような味わいが玄人向けと分かります。


 こくん、と舌に乗せた血を飲んだ後、私はマスターに旅行の件を話しました。


「ということで、血を長期間保存できるような容器ってありますかね」

「あるぞ。吸血鬼だって旅をするし、ちゃんと用意されている。あとで売ってやるよ。それよりお嬢さんはどうやって旅をしていたんだ?」


 なんと、そのような便利なものがあったのですね。安ければいいのですけど、繰り返し使えるのであれば、私とアリスさんの二個買っておきましょうかね。


「私は血を飲まなくても一ヵ月は持ちますし、最悪魔物の血を吸っていましたから」

「魔物の? よくあれを飲めたな。一回チャレンジした事はあったが吐き出したぞ。魔物の中で飲めるような血って精々サキュバスかラミアくらいじゃないか」

「人間慣れればオークロードだってコボルトだって、果ては狼だって吸えます」

「人間じゃなく吸血鬼だがな。それにしても、お嬢さんは苦労した人生を歩んできたんだな」

「はい、いつか私は処女の美少女に囲まれて暮らす夢を持っているんです」

「アオイさん、そのお話は初耳なのですが?」

「ひっ。ぞくぞくするからそんなに見ないでぇ~」

「だからあれだけのお金を貯めていたのですね。今夜はとことんその辺りを詳しくお聞かせくださいね」

「そ、そんなに詳しくお話するようなことはないですが」

「いいえ、この際ですからちゃんとお話し合いしましょう」


 それは話し合いではなく、お説教といいます。


「ですからアオイさん? 聞いていますか? そもそも吸血鬼、ダンピールが女性を囲うだなんて、男が言うハーレムとかいうものではありませんか? そんな不埒なまねを女の子のあなたがしてどうするのですか。倫理的に問題がありすぎますよ? 聞いていますか? しかも囲った彼女たちの将来をどう考えているのですか。彼女たちの幸せを願うならそんなことはしてはいけないと思いますよ」


 わーん、もう許してくださーい。ぐすん。


 そして本当に一晩アリスさんの説教は続きました。しくしく。




「俺は千年生きてきたけど、親に説教する子ってのは初めて見たな。ま、ご愁傷様、お嬢さん」



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