第三話
ネオンが輝き、夜中なのに人通りが耐えない賑やかな町中を私は歩いています。
ここはベールの町。
あのあと足を伸ばしてここまできてみました。
城塞都市ベール。
ラルツの町はオーギル王国から半分独立しているので、王国にとって実質的な最前線がこのベールです。
常に万の軍が駐屯していて、更にそれをあてにした様々な店、あげく遊郭もあります。
この町の冒険者ギルドはラルツの冒険者ギルドと提携をしていて、同じギルドカードが利用できます。
人口はラルツのほうが多いのですが、賑やかさはこのベールでしょう。
輝いているネオンは、軍属の魔術士が全て毎夜一つ一つ魔法で明かりを灯しています。
明かりの魔法具を使えば昼間に魔力をチャージしておけますし便利なはずなのですが、これが拘りなのでしょうかね。
最も明かりの魔法を一晩持続させるには、それなりに魔力を練ってあげる必要があります。もしかすると魔術士の魔力練習にも使われているのかも知れませんね。
普通の町で夜中もこれだけ賑やかであればかなり治安は悪くなるのですが、さすが城塞都市です。常に軍の警備が行き届いていて驚くほど治安が良く、女子供ですら夜中歩いていても問題ないのです。
さすがに子供は保護されて家に強制送還されますけどね。
そして私も先ほどから数回保護されそうになっています。むきー。
可憐な美少女冒険者のアオイさんを捕まえて、どこの子供だ、夜中に一人で出歩いちゃダメだよ、とか散々言われましたよ。
思わず魅了してしまおうかと思いました。それを抑えた私の自制心をほめて欲しいですね。ギルドカードがあってよかったです。
でもここはダンピールでも普通に話しかけてくれるので、好きなんですよね。
私は串に刺さったお肉に齧り付きながら、ワインを飲んで歩いています。
野菜が好きな私ですが、やっぱりこういったお祭り的な雰囲気ではお肉ですよね。
たまりませんっ。
しかも日本のお祭りで出されているような小さなお肉ではありません。
これ一本でおなかいっぱいになる量です。というか食べきれないかもですね。
元々大人の男、しかも軍や冒険者といったよく食べる人に合わせた量ですからね。
しかもお値段も、ワインがついて千ギルと大変リーズナブルなのですよ。
このセットを食べたいが為にベールまで来たと言っても過言ではありません。
はぁ~、しあわせ~。
我ながら安っぽい幸せですね、と思いながら散策しているとふと視線に気がつきました。
いえ、正確には私への視線ではなく、私がかじりついているお肉への視線です。
どこの誰かは知りませんがこのお肉は私のです。これだけの為にわざわざここまで足を伸ばしてきたのですからね。串に名前でも刻んでおきましょうかね。
ちなみにお肉の量が多いので串もかなり太いのです。鉛筆くらいはあります。
牙でしっかり串に名前を刻んでから、私はその視線の元をたどってみました。
そこは店と店の狭間にある明かりの魔法も使われていない、暗い裏路地からきていました。
しかし私の赤い目はしっかりと視線の人物を映し出しています。
十歳くらいの男の子。薄汚れた布を体に巻きつけただけの質素な服装で、物欲しそうにこの私のお肉を見ています。
……ああ、戦争孤児か冒険者孤児ですか。
ここ数年戦争は起こっておりませんので、冒険者孤児でしょうかね。
冒険者孤児とは、両親ともに冒険者で結婚して子供を生んだのはいいが、冒険先で両親が亡くなり子供だけが残された事を指します。
子供を作るのであれば、ちゃんと人生設計を考えてから作りましょうね。
ラルツでは冒険者ギルドが冒険者孤児を保護しています。
また町の住民殆どが冒険者ギルドに何らかの関係を持っていますし、こぞって周りが面倒を見てくれます。
しかしこの町はラルツほど冒険者の数は多くなく、また孤児を保護できるだけの余裕もありません。
城塞都市ですしね。ラルツが特殊なのです。
ベールではさほど珍しくありません。
私は無視することにしました。
無視することにしたのですっ!
そんなにお肉見るなー。
あうぅ~。
私は彼が潜んでいる裏路地へと向かいました。
先ほどの子供は私が向かってくるのを見て戸惑っている様子です。
人間の目ではここから彼の姿は見えませんし、彼もそれを知っているのでしょう。
自分の姿は見えないはず、と思い込んでいるに違いありません。
そして一歩。
右足に力を入れ、空へと跳んで彼の背後へ静かに気配を消して降りました。
彼は私の姿が掻き消えたように見えたのでしょうね。
驚いた様子で、先ほどまで私のいた場所を見ています。
そんな彼に背後から優しく声をかけてあげました。
「もしもしわたしアオイさん、いまあなたのうしろにいるの」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
そう叫んだ彼はいきなりストンと座り落ちてしまいました。
どうやら腰が抜けたようですね。
メリーさんゴッコはこれだからやめられませんっ!
アリスさんに同じ事をやったら、涙目になりながらぐーぱんされましたけどね。くすん。
「ああぁぁぁ……は? あ、あれ。いつの間に後ろに?」
おそるおそる振り返った彼は、私を見て目がガン開き状態になっています。
「先ほどから私のお肉をじっと見ていた様子ですが、このお肉欲しいのですか?」
そして私は彼の目の前にお肉を差し出して上げます。
肉を見てごくりと唾を飲む音が彼から聞こえます。
「ほ、ほしい」
「では等価交換ということで、私もあなたから少しだけ欲しいものがあります」
「え? でも俺なんももってないよ」
「いえいえ、あなたの血を少々分けて頂ければお肉差し上げますよ?」
「血って、まさかお前吸血鬼?」
「半分当たりですね。私はダンピールです」
そして赤い目をゆっくり彼の目に合わせてあげました。
「も、もしかして俺殺される!?」
「吸血鬼が人を殺したら犯罪ですよ。いえ吸血鬼じゃなくても犯罪ですけどね。ほんの少し、百cc程度で十分です」
「それくらいならやるから、肉くれっ!」
手を伸ばして私のお肉を奪い取ろうとする少年ですが、さっと避けてあげました。
「くれるんじゃないのかよ!」
「そんなにがっつくと、女の子にもてませんよ? では契約成立ということで、あとでちゃんと血は吸わせてくださいね」
そして齧りかけのお肉を少年に渡してあげました。
彼はひったくるようにお肉を奪って、飲み込むようにして食べていきます。
ちゃんと噛んだほうが、満腹中枢が刺激されて少しでおなか一杯になるのですけどね。
みるみるとお肉が彼の胃袋へと消えていきます。
そんなに勢い良く食べると、喉に詰まらせてしまうかもですね。
残ったワインを飲み干して、水の魔法でカップに水を入れてあげました。
「はい、お水どうぞ」
「あ、ありがとう」
よっぽどおなかが空いていたのですかね。一分もかからずに食べきっちゃいましたよこの子。
お肉を食べて水を飲んで一息ついたのか、改めて私のほうへ礼を言ってきました。
「助かった、ありがとう」
「いえいえ、お肉おいしかったですか?」
「とても旨かったよ」
「それは良かったですね」
満足そうな顔をしている少年を見ると、思わず笑みがこぼれてしまいました。
ふと少年を見ると、なにやら顔が赤いです。
先ほどまではお肉の事だけで頭が一杯だったけど、食欲が満たされたのでようやく私の魅力に気がついたというところですかね。
しかし……彼の肌はとても汚れていますね。
血を吸うと言いましたが、さすがにこれに牙を立てるのは少々嫌です。
オークロードの首筋にかじり付いた私が言うことではありませんけど、あの時はそろそろ血を吸う時期でしたから贅沢は言えなかったのです。
今日はまだ血を飲んでから数日しか経っていません。
逼迫するような状況でもないですしね。
「さて約束の血ですが」
「わかっている。ほら吸え」
彼は右腕を私に出してきました。
ちゃんと約束を履行しようとする心がけは良い事ですね。
しかし私はその腕を取って戻してあげました。
「吸わないのか?」
「いえ、正直あなたの肌は汚れていますから、牙を立てるのは遠慮します」
「でも俺、他にあげられるものなんてないぞ」
「では少しお話聞かせてもらえませんか?」
「話? 何の?」
「もちろんあなたの身の上話ですよ。それにまだあなたのお名前を聞いていませんしね。それとご両親はどうなされました?」
「ああ、なんだそんなことか。俺の名はエリック。親はDランク冒険者だったけど半年前に魔物にやられて殺されたんだ」
それから暫く彼の事を聞きましたが、まあよくあるパターンでしたね。
この町はきらびやかな反面、実力のない冒険者、お金のない人間には少しきついところです。
仕事も冒険者、或いは軍や冒険者相手の店くらいしかありません。
彼のような十歳くらいの子供では生きていくのは難しいでしょう。
多少の蓄えはあったようですが、それも既に使い切ってしまい今ではこの裏路地から生ゴミなどを漁って生き延びていたそうです。
「ところでエリックさん」
「さんなんていらねーよ。あんたのほうが年上だろ?」
「これは礼儀ですよ。ちゃんと名前には敬称をつけましょう。それより、エリックさんはラルツの町へいかないのですか?」
「ラルツって隣町の?」
「はい、そうですよ。ラルツならあなたのような冒険者孤児を引き取ってくれる施設がありますから」
「行きたいのは山々だけど、途中の道は魔物がたくさんいるんだろ? 俺戦えないし行けないよ」
一般市民では、Fランクならまだしも、EやDランクの魔物に襲われた場合ひとたまりもありません。
だからこそ、冒険者ギルドに護衛の依頼が来るんですけどね。
「今なら魔物はいませんよ」
「ほんとに? なんで?」
「先日赤い月の夜がありましたよね。その時魔物が大挙して押し寄せてきたことがありました」
「ああー、こっちでもあった。軍の人たちが追い返してたけど。でもなんで魔物がいなくなるんだ?」
「あの時、この周辺にいた魔物も一緒になって襲ってきてたのですよ。それで殆ど倒されたみたいでしてね。今はラルツとベールの間に魔物は殆どいません。実際私はラルツからベールにさっきついたばかりなのですが、一度も魔物に遭遇しませんでしたよ」
魔人と吸血鬼には遭遇しましたけどね。
「でも歩いて三日くらいかかるんだよな。その間の飯もないし、行き倒れになりそうだよ。少なくともここならまだ食える」
「では私が連れて行ってあげましょうか?」
「ええ? ほんとに? いいのか?」
「ここまで関わったのですから、最後まで面倒は見させてください」
「本当に!? ありがとう!」
まだまだ私も甘ちゃんですかね。
海へ素潜りして魚介類でも取りたいくらいですね。
「でもなんでそんなに俺の面倒みてくれるんだ?」
「なぜでしょうね。きっと単に気が向いたからですよ。でもその前にまずは身体を綺麗にしましょう。確かこの近くに小川がありましたよね」
「いいよ面倒だ。それより早くいこうぜ。というかお前さっきついたばかりって言ってたよな。どれくらいここにいるんだ?」
「お前じゃなく、アオイさんと呼んでください」
「自分でさん付けかよ!」
「可憐な美少女冒険者のアオイさんでもいいですよ」
「なげーよ! ……まあ美少女ってのは分かるけど」
なにやら後半部分ごにょごにょと言ってましたが、私の鋭い耳は彼の言葉を聞き逃しません。
アオイイヤーなんです。
「それと身体は清潔にしましょう。でないと病気にかかってしまいます。あと今夜中にはここを発ってラルツに戻る予定ですので、四十秒で支度しな!」
「それじゃ小川にすらつかねーよ!」
ごもっとも。
「それに今日来て今日帰るのか。忙しいんだな冒険者って」
「少々用事がありましてね。ではエリックさんが身体を洗っている間に、私は買い物を済ませてきます」
エリックさん用にお弁当も買ってこないといけませんしね。
「わかったよ。姉御」
「姉御!?」
そうきましたか。
アリスさんなら姉御でもぴったりですけど、私はそういうキャラじゃありません。
「せめて姉さんで」
「アオイ姉さん?」
「それならまだ許容範囲ですね。じゃあさくさくっと洗ってきてください」
「ああ、洗ったらこの場所に戻ってくるよ」
「はい、わかりました」
「ところで串にアオイって刻まれているんだけど、なんだこれ?」
「気にしないでそのまま捨ててください」
「お、おう」
少々子供過ぎましたね。ちょっと照れてしまいました。
こうして私はエリックさんを連れて、ラルツの町へ戻っていきました。
もちろん彼を担いで三倍速ダッシュしてあげました。
彼は二度と私に担がれて移動したくないと言っていました。
そんなに嫌ですかね?
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