第三話


「あうぅ~、頭が痛いです……」


 翌朝、二日酔いの頭痛に襲われた私は大量の水を飲みつつ痛みに耐えていました。

 酒は飲んでも飲まれるな、は至極名言ですよね。

 今更ながら痛感しました。


 汲んできた井戸水で顔を洗います。

 うぅ~、頭に沁みます。いたた……。


 そして鏡に映った私の顔。

 うん、今日も可憐な美少女ですね。

 若干顔が青いのは気のせいです。ダンピールですから顔が青いのは仕方ありません、ということにしてください。




 さて、今日は緊急集合です。朝九時にギルドへ行かなければいけません。

 もし行かなかった場合、下手をするとランクダウンもありえちゃいますしね。

 さて、時間は……と。


 …………あれ、八時五十四分?


 だ、ダッシュですっ! やばいですっ! 遅刻しますっ!


 慌てて着ていた寝巻きを脱いで、適当な服を着て家を出ます。

 鎧なんて着ている時間はないのですっ!

 っと、ギルドカードだけは忘れてはいけません。

 机に置きっぱなしのカードを持って、吸血鬼の脚力で猛ダッシュします。

 朝ですので、三倍速ではありませんけどね。


 歩いていけば十五分かかる距離を、全速力で走った結果二分でした。

 息が結構切れています。


 ぜぇ、ぜぇ……。


 やはり体力不足ですね。

 でも吸血鬼は夜行性ですから、お日様が照っている時間帯は仕方ありません。

 エルフとしても人間より力は弱いですから、冒険者として体力不足なのは仕方ないことなのです。


 つまり私は悪くないっ!


 そう思いつつギルドのドアを開けました。


「予想通りぎりぎりでしたね、アオイさん」


 お出迎えしてくれたのは、ギルドの一番人気の受付嬢アリスさんです。

 今日もクールな表情と目がたまりませんね。


「アリスさん、おはようございげほげほっ」

「そんなに息を切らせながら話すと、咳き込みますよ」


 うぅ~、淑女としてはしたないところをお見せいたしました。




「と、ところでギルドマスターはどちらに?」


 一分休んで何とか息を整えた私は、アリスさんに尋ねました。


「三階のギルドマスター室でお待ちしております」

「ええっ、そんな高級なお部屋で密談ですか。嫌な予感がします」

「高級かどうかは知りませんが、緊急集合は大抵ギルドマスター室でお話されますよ。もう九時を回っていますので早く行ってください」

「はい、では行って参りますっ」


 アリスさんの、はよいけやこのダメ娘が、という視線を感じつつ悲壮な顔付きで奥にある階段を登ります。


 そしてとうとうついちゃいました、ギルドマスター室の前に。

 重厚で頑丈そうな扉です。

 ぱっと見るだけで、三重くらいの防御魔法が掛けられていますね。


 実質この町を支配している人ですしね。

 これくらいの防御魔法はかかっていても不思議ではありません。


 さて、一息ついてから扉をノックします。


「Bランク冒険者アオイ=ハタナカ、緊急集合にてお伺いいたしました」


 ちなみに、アオイ=ハタナカは前世の名前です。

 男でも女でも使える名前で良かったのです。

 だって今世では名前をくれるどころか、捨てられましたからね。くすん。

 ですので、親の名前すら知りません。

 いつか強くなったら、一発殴りにいく予定です。



「おう、アオイか。入って来い」


 渋いおっさんの声が部屋の中から聞こえてきました。


「失礼します」


 そう言って私はお辞儀をしながら扉を開けました。


 そして顔を上げた私の目に飛び込んできたのはお宝の山でした。


 床にはAランクの魔物である大牙狼の毛皮が敷かれていて、壁にはSランクの魔物ドラゴンの牙が飾られています。

 この二つだけで三千万ギル以上はしますね。


 更にAランクであるトレントロードという木のお化けで作られたテーブルがあり、挙句この近くの山の一番奥で取れる水晶を元に作られた照明が輝いています。

 山の一番奥には、それこそSランククラスの魔物がたくさん住んでいて、まさに命がけなんです。


 椅子はBランクのミノタウロスの革で作られていますね。

 部屋の壁はドラゴンの鱗で守られていますし、全部売れば億の単位のお金になるでしょう。


 冒険者にとってはまさしく宝の山です。

 垂涎ものですっ。欲しいですっ。


「やらんぞ。欲しけりゃ自分で取って来い」


 はっと気がつくと、ギルドマスターが呆れ顔で私を見ていました。


「な、なぜ分かったのですかっ!?」

「目を見ればわかるよ。お前は変わらんな」


 そういいながらフレンドリーに立ち上がって、手招きをしてくれました。

 私は少々遠慮しつつ、ミノタウロス革の椅子に座ります。

 そして改めてギルドマスターの顔を見ました。


 年齢は四十代後半、以前倒したオークに匹敵するくらいの大きな身体で、顔や腕にはいくつもの傷痕が残っています。

 このギルドマスター、昔はSランク冒険者として名を馳せた人です。



 そして七年前、私が森から抜け出してこの町へやってきたとき、後見人にもなってくれた人です。



「お久しぶりですギルドマスター、ルーファスト=オメガさん」

「こうして対面するのは一年ぶりだな。というか、昔どおり呼べばいいのに」

「いえ、立場というものがありますっ。今日は正式な緊急集合ですよね? ならばギルドマスターとお呼びしなければならないのですっ! でないと、アリスさんになんて言われるか分かりませんよ」

「まー、そうだな。アリスも外見はいいのに、あの性格はもったいねぇよな」

「ギルドマスター! 彼女はあの性格だからこそ良いのですっ。それが分からないとは、まだまだ未熟ですね」

「お、おう、そうか」



 七年前、私はまだ八歳でした。八歳では何もできません。

 能力的な問題ではなく、年齢的に。そして吸血鬼とダークエルフのハーフという種族的な問題もありました。

 いくら子供とはいえ、いえ子供だからこそ、血を吸ってしまえば快楽に溺れて制限が効かなくなることがあります。

 その結果、人を殺してしまう事件が過去何度もありました。


 そんな危険な種族を雇ってくれるところなんてないですよねー。

 私が逆の立場なら、無理ですごめんなさい、って言っちゃいます。


 それくらい当時の私にも分かっていました。


 さ、さみしくなんかないんだからねっ!

 と思いつつも、目から水が流れてましたけどね。


 そんな時偶然ギルドマスター、ルーファストさんに出会ったのです。


 いえ、実際は町に入った瞬間から私は目をつけられていたのでしょう。

 そりゃー目立ちますもんね、可憐な美少女ですし。


 彼は「俺はここの町の責任者だ。お前が望むなら冒険者として生きていく事もできるがどうする?」と聞いてきたんです。


 普通八歳の子供にそんな事聞きます?


 私が転生者だからこそ言っている意味は分かりましたが、普通の八歳の子供じゃ、へ? ってなるでしょう。

 それくらい不器用な人でしたが、私には誠実で優しかった人です。


 森の中に住んでいた時はとにかく力押ししか出来ませんでしたが、彼の元で色々戦い方や魔法を習った結果、十五歳にしてBランクという高位冒険者になれました。

 Bランクなんて一生かかっても到達できない人がたくさんいます。

 

 彼は私の親であり、恩師でもあります。

 いくら感謝しても足りないくらい恩があります。

 いつか必ず恩を返さなきゃいけませんね。



「そうそう、Bランク昇進おめでとう」

「ありがとうございます。というか、何ですかあの試験は? こんな可憐な美少女に対して五十匹ものオークを倒せだなんて、この人でなしっ! 鬼っ! 悪魔っ!」

「一晩でクリアした奴のセリフじゃねぇよ。普通のB-ランクは何日もかけてあの試験をクリアするんだぜ」

「そりゃーまあ、夜であればあの十倍は居ても勝てますけどね」


 生まれてから八年間、森の奥に住んでいましたからね。

 オークなんて雑魚ではなく、キマイラやワイバーンといったAランク、Sランクの魔物相手に死ぬ思いで戦って、時には逃げて、時には実際死に掛けましたからね。


 まさか首を切られても生きているとは思いませんでした。

 さすがハーフとはいえ吸血鬼ですよね。


 そして今では彼に教わった数々の技術があります。

 オークなんて何百といても敵ではありませんよ。たぶん。

 さすがに匂いが嫌なので、できれば戦いたくないですけどね。



「さすがダンピールとはいえ真祖だな。そんなアオイにうってつけの仕事があるんだ」

「お断りいたします」


 このおっさんの言い方、絶対嫌な敵を倒せとかに決まっていますっ!

 さっき恩は返さなきゃいけないだなんて、言ってませんからね!


「まあそういうな。相手はリッチだ」

「リッチ……」


 やっぱり思いっきり嫌な奴でしたね。

 魔法は殆ど効かないし、剣だって魔力がかかっていなければ傷一つつきません。

 何より、私が一番得意で一番楽に勝てる魅了の効果がないのがきついんです。

 こんな可憐な乙女に、骨しか残ってないじじぃを倒せだなんて、やっぱりこの人は鬼ですね。


「おお、すっげえ嫌そうな顔だな」

「当たり前ですっ! リッチってSランクの魔物じゃないですか! どこの世界にBランク冒険者に倒せなんて依頼する人がいます!?」

「正直言えば、アオイはもうSランクぐらいの強さはあるぜ。というか俺よりもう強いだろ?」

「それは夜限定ですってば。昼間はAランクくらいですっ!」

「俺も過去リッチはソロで倒したことあるし、アオイならいけるだろ」

「私の話聞いてますっ?!」


 全くこの人は全然私の話を聞かないんですから。

 そういうところは、ギルドマスターも全く変わってませんよね。

 本当は嫌で嫌で仕方ありませんが、ここは一肌脱ぎましょう。

 恩は返さなきゃいけませんしね。


「というかいくら出しますか?」

「お、受ける気になったか? 三百万でどうだ?」

「Sランクの魔物相手に三百万って安くないですか?」

「いや、普通くらいだよ。リッチはお宝抱え込んでいる事多いから、倒したらそれ全部やるよ」

「むむっ」


 確かにリッチは魔法研究している人が多く、魔法研究用の素材などを集めている確率は非常に大きいですね。

 つまり全部強奪すれば、かなりの金額が見込めます。

 うまくいけば、億単位のお金になるかもですっ!


 私の夢に一歩……いえ三歩くらいは近づきますねっ。


「分かりました。ではBランク冒険者アオイ=ハタナカが、リッチ討伐の依頼を引き受けます」

「うむ、ああ報告は俺に直接してくれ。下の連中を通すとうざいだろ?」

「そうですねー、確かにBランクなのにSランクの魔物を倒してきたら、何かと思われますよね」

「では、アオイ=ハタナカ。無事倒して戻ってきてくれよ」



「わかってますよ、お父さん」


 そう言って私は、ギルドマスターへにっこりと笑ってあげました。

 可憐な美少女の笑顔です、百万ドルの価値がありますよー?

 あ、なんか照れてますね。意外とこういうところは純情ですね。




 では面倒ですが、私のおかねとお父さんへの恩返しのためにも、リッチを倒してきますかっ!


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