第2話 泣き女

 1年1組の担任の鈴子先生は、東京の鈴が森の元刑場に住む泣き女だ。今日も、銀次郎くんの耳が出ていた件で、授業が中断した所を、ぽんぽこ狸の田畑校長に見られてしまい、放課後に注意されたのだ。


「1組1組は訳ありの子ども達がそろっています。指導も大変ですが、他のクラスと同じ進度を保って下さい」


 2組や3組は、普通の人間の子ども達ばかりだ。耳が出たり、頭のお皿をのせてきたり、驚いてチュウと飛び上がる生徒はいないのだ。どうしても1組は、他のクラスよりも授業内容が遅れている。


「気をつけます」


 鈴子生徒は、泣き女なので、涙が溢れてしまいそうになるが、教師としてグッと我慢して頭を下げた。



「泣かないようにしなくては!」


 憧れの小学校の先生になれたのだから、泣いてる場合ではないと、鈴子先生は強くなろうと決意する。


 東京の大学を卒業して、憧れの小学校の先生になろうと、夢をふくらませていた鈴子は、何校も落ちてしまって落ち込んだ。最後の望みの公立の採用試験には、面接で落とされてしまった。


「泣き女を先生に採用してくれる小学校なんてないのね! シクシク……シクシク……」


 泣き女の鈴子は、泣き出したら止まらない。毎夜、シクシク……と、部屋からは泣き声が聞こえた。同じマンションの住民は、気が滅入って仕方ない。


「泣き女の泣き声を止めるのは、首斬り男しかいないけど……今時、首斬り男なんていないよなぁ」


 江戸時代なら、この鈴ヶ森の刑場には首斬り男が住み着いていたのだが、明治のご維新以降は姿を見た者はいない。泣き女の鈴子が泣き止むのを、全員が耳に綿をつめて我慢する。


 しかし、泣き女の鈴子の毎晩の泣き声は、遠い町でひっそりと暮らしていた首斬り男にも届いた。


「シクシク……シクシク……シクシク……」


 布団を頭から被っても、泣き女の声が耳に響く。首斬り男は、ガバッと起き上がり、泣き女を泣き止ませに行くことにする。急いで袴をはき、腰に刀をさす。もちろん、本物の刀を持ち歩くのは人間社会ではご法度だ。


 しかし、首斬り男は鈴ヶ森の刑場の妖怪だ。刀が腰に無いとおちつかない。竹光の刀でも腰にさすと、自分のあるべき姿になった気がする。


「こんなに、毎晩泣かれては安眠妨害でござる!」


 首斬り男は、泣き声のする方向に歩き出す。段々と、鈴ヶ森に近づいているのも、夜中なので気づかなかった。


「ここは、鈴ヶ森ではないか! せっしゃは、ここに来てはいけないのに……しかし、泣き声が私を呼んでいる」


 首斬り男は、泣き女の泣き声に弱い。鈴ヶ森に行くと、首斬り刀だった血が騒ぐのだが、泣き声に囚われてしまった。


 部屋で泣いていた鈴子は、異様な殺気に気がついた。シクシク泣いていたのが、ぴたっと止まる。そっとカーテンから外をのぞく。電信柱の影に、袴姿の首斬り男が立っている。腰の刀が夜目にも恐ろしい。


「私の泣き声が、首斬り男を呼びよせたの?」


 暗くてよく見えないが、おどおどしい殺気を身にまとっている首斬り男の姿に怯えた鈴子先生は、朝一番に大阪の猫おばさんを頼って逃げ出した。


 猫おばさんは、泣き女のお母さんの大親友だったので、鈴子を家に下宿させてくれた。その上、PTAの会長をしている月見ヶ丘小学校の校長先生に掛け合って、憧れの小学校の先生にもなれたのだ。




「また泣いてはるなぁ」


 大阪のど真ん中に大きな蔵を持つ立派な屋敷に猫娘と呼ぶには少し年がいっている猫おばさんが住んでいる。大阪一の米問屋の蔵の番をしていた猫が百年生きて、猫娘になったのだ。猫娘は情報を仕入れるのが上手く、株や先物取り引きなどで大金持ちになった。元の飼い主であった米問屋が没落した跡地を買い、蔵と屋敷を建てて暮らしている。珠子ちゃんの父親は、雄猫の放浪癖が出て、ニューヨークでダンサーなどをしたり、パリで舞台監督をしたり、風のたよりで生きていると知るのみだ。


 珠子ちゃんは、春でも長火鉢の前に一日中座ってるお母ちゃんに、学校での鈴子先生の様子を報告する。


「うちのクラスには、まだ人間の社会に慣れていない生徒がいるから。鈴子生徒は他のクラスより、勉強が遅れていると、ぽんぽこ狸に叱られたんや」


 校長先生をぽんぽこ狸と言うのを注意するが、実際に狸の妖怪なのだから仕方ないとも思う。


「それで泣いてはるんやなぁ、新米の先生には妖怪学級はしんどいかなぁ」


 泣き女の鈴子のお母ちゃんとは親友だったので、先生の口も手配してあげたし、なんやら首斬り男に狙われているというので物騒だと下宿もさせている。しかし、聴覚の優れている猫娘にとって、毎晩部屋でシクシク泣かれるのは気がくさくさするのだ。陰気な泣き女が人間社会で生きていくのは大変なので、猫おばさんと猫娘は、少し辛気くさいぐらいは我慢しようと思った。


「お母ちゃん、私もサポートするわ! だって級長なんやから」


 猫科の妖怪は女はしっかり者だ。ふと、猫おばさんは、猫科の男は役に立たないと、何処で何をしているのかわらかない夫に溜め息をついた。


  





 

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