第44話 霙屋で……

 珠子ちゃんの家は大きな屋敷だが、少し歩くとごちゃごちゃと小さなビルや家が混じった下町になる。雪女の小雪ちゃんの家は『霙屋』という氷屋だ。雪女のお母ちゃんが作るかき氷は、ふわぁと口の中で溶ける。猫舌の珠子ちゃんの大好物だ。

 年中、軒下にぶら下がっている氷のノレンが、ひらひらと春の風に舞っている。ガラガラとガラス戸を開けると、そこには何人もの霙屋のかき氷ファンが、シャカシャカと食べている。

「いらっしゃい! あれ? 珠子ちゃん?」

 小雪ちゃんは、お客さんの食べ終わったガラスの器を片づけながら、何か約束してたかな? と首をひねる。

「霙屋のかき氷が食べたくなって来たんや!」

 いつも仲良くして貰ってる珠子ちゃんは大歓迎だ。

「まぁ、珠子ちゃん! 小雪、一緒にかき氷食べるか?」

 雪女のお母ちゃんは、店の手伝いをしてくれた小雪にもかき氷を食べさせてくれる。小雪ちゃんは、雪女なので冷たい物が大好きなのだ。

「お母ちゃん、おおきに! うちはミゾレがええわ! 珠子ちゃんは何にする?」

 透明なシロップがけの通が注文するミゾレの後で言いにくいが、珠子ちゃんはミルクが大好物だ。

「私はミルク! いっぱいミルクかけて!」

 お母ちゃんは、ガリガリとかき氷をガラスの器に半分溜めて、練乳をたっぷりと真ん中に挟んだ。その上にもかき氷を山にして、雪が山をおおうように練乳をかける。普通のかき氷なら、こんなに練乳をかけたら、溶けて固くなってしまいそうだが、霙屋のかき氷はふわぁとしている。

「わぁ~! ミルクたっぷりや! 美味しいなぁ」

 小雪ちゃんは、あんまり美味しそうに珠子ちゃんがミルクかき氷を食べているので、そちらにすれば良かったかなと思う。

「なぁ、私なぁ……学校の帰り道で大きな黒い犬におうてん」

 猫娘の珠子ちゃんが、犬だけは克服できてないのを小雪ちゃんは知っている。1年1組でクラスメイトだったねずみ男の忠吉くんがぴょんぴょん飛びはねていると、つい襲いたくなる衝動も上手くコントロールしているし、狼少年の謙一くんとも仲良くできている。でも、本物の犬は駄目なのだ。

「いやぁ~! 大変やったなぁ、私と一緒に帰れたらええんやけど……三叉路で道が別れるからなぁ! 招き猫お婆さんに家まで送って貰ったら?」

 途中までは一緒の道だが、三叉路にある宝くじ売り場の前で別れて帰るのだ。この宝くじ売り場は招き猫婆さんがやっていて、よく一等が当たるので有名だ。

 この前で、緑ちゃんと三人でよく喋っては、招き猫お婆さんに「道草食ってたらあかんで!」と叱られるのだ。しかし、招き猫お婆さんと猫娘は親戚になるので、暑くて小雪ちゃんが倒れそうな時は、冷たい麦茶を飲ませて貰ったりもした。けっこう親切なところもある。

「あかんわ! 宝くじ売り場を留守にはできへんもん。それに、その犬は小雪ちゃんの家の近所で飼われてるんやて」

 雪女の小雪ちゃんは、犬にはあまり興味がないので、近所に居たかなあ? と首をひねる。

「ああ、犬飼動物病院の犬と違うかな?」

 ごっつい大きな雪男のお父ちゃんが、氷の配達をしようと店に出てきて教えてくれる。

「犬飼動物病院? お爺ちゃん先生がたまにかき氷を食べに来てくれるけど、犬とか飼ってかなぁ?」

 お父ちゃんは、引っ越しのトラックが止まっていたと思い出す。

「そや! お爺ちゃん先生の息子さん一家が引っ越して来たんやて! まぁ、年をとっての一人暮らしは寂しいからなぁ」

 そう言うと、お父ちゃんは氷の配達に出かけた。霙屋の氷は透明で固く溶けにくいので、飲み屋さんにも人気なのだ。

「そこに小学生の男の子もいるんやね! 犬を散歩させてたわ」

 犬が居なければ会いに行きたいが、獣医さん家なら犬も診て貰いに来る。

「なぁ、もしかして……」

 おませな小雪ちゃんは、その男の子に気があるのでは? とこそっと言う。

「あほなこと言わんといて! ちょこっと可愛いなぁと思うただけや」

 猫娘は、犬を飼ってる男の子とは仲よくなれないだろうと、残っていたミルクかき氷を一気に口にいれた。

「あいたたたぁ~! 頭がツウンときたわ」

 大袈裟に騒ぐ珠子ちゃんを、何だか怪しいなと小雪は笑った。

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