第16話 天の邪鬼のお祖父ちゃん

「わぁ! のどかな所やなぁ!」


 都会のねずみ男である忠吉くんは、良くんのお祖父ちゃんが住む奈良の田舎に来て喜ぶ。小学1年生としては、大阪市内から電車に乗って奈良まで行き、そこからバスで山の奥まで行くのは大冒険なのだ。実際は電車には大人が乗せてくれたし、終点で降りて、バスに乗っただけだが、良くんと忠吉くんは間違えなくて良かったとホッとしている。


「あと2つ先の停留所で降りるんやね」

 一緒に来ているにもかかわらず、つい忘れがちになるが、バスの乗り換えなど、詫助くんが全て指示したのだ。良くんは何時もはお父ちゃんやお母ちゃんと一緒にお祖父ちゃんの家に来ているので、当てにならなかったのだ。


「いや、次の停留所で降りても、同じや! 2つ先の停留所からだと、戻らないといけないんや」

 天の邪鬼の血が出て、次の停留所で降りた三人は、かなりの距離を歩くことになった。


「なぁ、まだなん?」

 都会育ちの忠吉くんは、最初は田舎の風景が物珍しくて、きょろきょろしながら歩いたが、だんだんと飽きてきた。どこまで行っても田んぼや畑だし、所々に農家がポツンと建っているだけだ。


「あの山のふもとに見えている家がお祖父ちゃん家やねん! あと少しや!」

 良くんが指差した方向を見て、忠吉くんはげっそりとする。風情のある茅葺き屋根が見えているが、あと少しの距離ではない。2つ先の停留所から、少し後ろに帰るという道までもかなりの距離がありそうだ。


「あっ、かぶと虫がいるよ!」

 文句を言おうとした忠吉くんだが、詫助くんの声で「どこ? どこ?」と元気を取り戻す。

「ほんまや! 俺、デパートで買うて欲しいとねだったのに、お母ちゃんが駄目やと買うてくれへんかったんや!」

「お祖父ちゃん家には虫取網があるから、虫取をしよう!」

 良くんも、しまったなぁ! と思っていたが、元気よくお祖父ちゃんの家へと歩きだした。


 しかし、待ち受けていたのは天の邪鬼なのだ。なかなか思うようにはいかなかった。

「お祖父ちゃん! 良やで! 友だちと遊びに来たで!」

 やっとのことで家に着き、夏なのにひんやりとした土間で、大きな声で呼ぶが、なかなか返事が無い。良くんは、天の邪鬼のお祖父ちゃんが何処かに隠れたんだと溜め息をつく。良くんもお母ちゃんも天の邪鬼なところがあるが、お祖父ちゃんは純血の妖怪なので付き合うにはコツがいる。


「やったぁ! お祖父ちゃんは留守みたいや! 家で好き勝手できるええチャンスやで! アイスクリームやジュースの食べ放題や!」

 大きな声で叫ぶと、座敷の奥から天の邪鬼のお祖父ちゃんが飛び出てきた。

「人の家で好き勝手させへんで!」

 見るからに意地悪そうなお祖父ちゃんに怒鳴りつけられて、忠吉くんは「チュウ!」と飛び上がった。キラリと天の邪鬼の目が光る。弱い者虐めは大好きなのだ。


「やっと出てきたなぁ。お祖父ちゃん、ボクの友だちの忠吉くんと詫助くんや。一緒に遊びに来たんや」

 忠吉くんと詫助くんは、帽子をとって、ペコリと頭を下げた。

「そんな所に居てらんと、まぁ、上へおあがり」

 良くんは、上機嫌なお祖父ちゃんに警戒心を持った。しかし、お母ちゃんが電話で「友だちも連れて行くんやから、変な事をしたら瓜子姫お婆ちゃんに言いつけるで!」と厳しく言い聞かせていたので、大丈夫だろうと高い玄関にあがろうとした。

「痛い!」玄関には蝋が塗ってあり、良くんと忠吉くんは、つるりと滑って土間に落ちた。

 けたけた笑いながら「大丈夫か?」と聞いてる天の邪鬼のお祖父ちゃんだったが、一人土間で転んだ二人を起こしている物静かな男の子を見て、飛び上がりそうになった。

『げげげ……彼奴は座敷わらしの血を引いているやんけ! なんちゅうもんを連れてくるんや!』

 しかし、天の邪鬼の血が騒ぎ、熱烈歓迎したくなる。


「暑いところをご苦労さんやったなぁ」

 普通なら冷たい麦茶かジュースだろうが、天の邪鬼なので、熱いお茶だ。それも湯呑みのぎりぎり上まで入れてあるので、持つこともできない。良くんは慣れているから、冷めるのを待つが、忠吉くんはお祖父ちゃんの期待通り、湯呑みに手を伸ばして「あっちぃちぃちぃ!」と騒いでいる。

 天の邪鬼のお祖父ちゃんは、忠吉くんが騒ぐのをけたけた笑っていたが、静かに自分を見つめる詫助くんの視線に気づいて、口を閉じる。

『けったくそ悪いガキやで! わいを責める気か?』

 ふん! と思うほど、天の邪鬼の血が騒ぎ、暑い夏の最中に鍋物を食べさせたりと、接待する。良くんは、これなら何時もの素っ気ないお祖父ちゃんの方がマシだと思いながら、汗をかきながら鍋を食べる。


 しかし、天の邪鬼のお祖父ちゃんも夏の鍋物で汗をかいて疲れてしまった。昼ごはんを食べると昼寝をしだしたので、良くん達は虫取りをしたり、小川で水遊びして田舎の夏を満喫した。


「もう、そろそろ帰りのバスの時間なんやけど、素直にそんな事を言ったら、帰られへん。だから、ここは僕に任せて欲しいんや」

 忠吉は、訳がわからなかったが、詫助くんが「そうした方が良い」と言うので、任せることにした。田舎は楽しいが、そろそろ大阪の自分の家が恋しくなったのだ。


「お祖父ちゃん、皆、ここが気に入ったんや。だから、今夜は泊まっても良い?」

 忠吉くんが、泊まると聞いて文句をつけようとしたが、詫助くんに脇腹を突かれる。


「ほやけど、お前のお母ちゃんは、3時のバスで帰らせろと言うてた筈やけど……」

 天の邪鬼のお祖父ちゃんは、なかなか抜け目が無い。孫の遣り口を見抜いてる。帰りたがっているのを知って、引き留めたくなった。


「そやなぁ、泊まりたいと言うてると、電話してやろう」

 お祖父ちゃんが黒い昔風の電話を手に持った時、あまり口を開かない詫助くんがぽつりと呟いた。

「こんな茅葺き屋根の家は、とても落ち着くなぁ。ずっと、ここに住みたいぐらいや」

 座敷わらしの血を引く詫助くんは、本当に天の邪鬼の家が気に入ったのだ。それが、お祖父ちゃんにも伝わって、座敷わらしなどに居つかれては大変だと、慌ててバス停まで見送りに行く。


「良かった! 無事に帰れた!」

 バスに乗った途端に、良くんは本音を漏らした。天の邪鬼の血は引いているが、二代に渡って人間の血も入っている。あのまま天の邪鬼のお祖父ちゃんと夏休みを過ごすのは御免だったのだ。


「ねぇ、今度はいつお祖父ちゃんの家に行くの? その時は、俺も連れていってね!」

 穴を開けた箱にかぶと虫を入れて、大事そうに膝に置いている忠吉くんが、良くんに無邪気に言うのを、詫助くんはやれやれと肩を竦めて聞いていた。


 天の邪鬼のお祖父ちゃん家には、この夏休みの間に、だいだらぼっちの大介くん、ゴンギツネの銀次郎くん、狼少年の謙一くんなど1年1組の生徒たちが押し掛けた。その度に、座敷わらしの血を引く詫助くんが一緒に来るものだから、天の邪鬼としては「また来てくれ!」と言ってしまい、自分の天の邪鬼ぶりに嫌気がさすのだった。






 




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