ラウンド15
『The die is cast……Duel!』
ラウンドコールが鳴る。
ゆみは開幕、相手との距離を離なす為に、低空バックダッシュ(空中ダッシュをジャンプから素早く出すテクニック。後ろへ間合いを取りたい場合に使う。前へ間合いを取りたい場合は低空ダッシュを使う)で後ろに下がった。
ゆみが選んだのはヴァルミリアという二匹の蛇を使った長いリーチの攻撃が特徴で、中距離~遠距離での戦いが得意の派手な露出とスタイルの良い体が特徴の女性キャラクターだ。長いリーチを使った技による牽制と、画面に『杭』を設置することにより、蛇を引っかけて移動するなどトリッキーな動きができる。
反面、小技の性能があまりよくなく、機動力も低い。さらに、防御力が全キャラ中最低な為、慎重な立ち回りが要求される上級者向けキャラである。
対するアンジェは、主人公キャラの
性能は、無敵対空技(出掛かりに無敵時間のある対空技)、突進技、飛び道具等バランスがとれていて癖もない為、初心者~上級者まで使える万能キャラとなっている。
アンジェは、開幕ダッシュでヴァルミリアに近づこうとしたが、途中で止める。ゆみがどう出るか、様子見をする為だ。
アンジェがこちらに攻めてこないと判断したゆみは、必殺技の『アンタレス』を出す。
アンタレスは、画面に杭を出す技だ。杭を設置することにより、ヴァルミリアは蛇を使って画面内にある杭を経由し、自由自在に動けるようになる。機動力が低いヴァルミリアにとって、この技は攻めにも守りにも使える重要なものとなっている。
アンジェが操る隼斗は、ヴァルミリアに対し中距離を保ち、必殺技『威嚇射撃』を放った。飛び道具でゆみがどう出るか、探る為だ。
ゆみはこれを空中ガード。地上に着陸すると、立Bで牽制(相手の様子を見るために攻撃をすること。これを行うことによって、相手の動きを制限できる)する。
アンジェはガードすると、ダッシュでヴァルミリアに接近し、ラッシュをかけた。
立ちA。
立ちA。
立ちB。
しゃがみC。
威嚇射撃。
防御するのが困難な攻撃ではない。
だが、下手に動けば崩れてしまう。
何も考えずに『暴れる(通常技を連発して近づいてきた相手に対抗すること)』のではなく、隙を見つけて『割り込む(相手の連係を止めるためにこちらの攻撃をヒットさせること)』のがベターだと、ゆみは判断した。
じっとガードを固めるヴァルミリアに、アンジェの隼斗が引き続き攻めを継続する。
しゃがみA。
しゃがみA。
しゃがみB。
攻撃が、一瞬止んだ。
隼斗がダッシュで近づき、投げを狙ってきた。
だが、ゆみはこれを読んでいた。
通常技をガードしている時に、相手の『投げ』を意識していた為だ。投げを外し、立ちAを刻む。
ゆみは、焦っていた。一連の流れで、ヴァルミリアが画面端に追い込まれてしまったからだ。
(くっ……。失敗した……)
ゆみは、心の中で後悔した。
今の状況を作ったのは、自分が先の先の展開を考えて行動しなかったからだ。
ブランクのせいで、つねに考えながら技を振り、行動するということを忘れてしまっていた。当たり前のことが、出来なくなっていた。
こうなると、焦ってしまうのが人間だ。
一刻も早く、画面端を脱出しようと動こうとする。
そこに、隙が生まれる。
ゆみは、刻んだ立ちAをキャンセルし、『シリウス』という必殺技を出した。シリウスは、ヴァルミリアの正面から背後までを弧を描くように蛇が動く技で、蛇の移動範囲にアンタレスが設置されている場合、ボタンを押しっぱなしにすることでアンタレスに接続ができる。
攻撃しながらアンタレスに接続ができ、攻撃範囲も広い。足下に無敵はないが発生が早いため、信頼できる必殺技だ。
シリウスで攻撃しつつアンタレスに接続し、画面端から脱出する。
ゆみは、無意識にこの行動をとった。
この無意識の行動が、いけなかった。
アンジェはシリウスに対し無敵対空技『対空迎撃』を出す。対空迎撃は隼斗自身が跳び上がりながら攻撃する技で、強力な切り返し手段だ。
(読まれていた……!)
ゆみは、自分の焦りから出た軽率な行動をしてしまったことを、後悔した。
「意識していたか……」
華澄が、険しい顔でゲーム画面を見つめた。
意識――。
格闘ゲームは、反射神経が大事。そう思っている人間は、少なくない。特に、やるより観る派の人に多い傾向がある考えだ。
確かに、反射神経は重要なものだ。だが、実際にやれば解るが相手の攻撃を見てから反応するには、限界がある。
特に、しゃがみA等の発生が数フレームの技を見てから反応するのは、不可能に近い。先程の、ヴァルミリアの立ちAからのシリウスもそうだ。
では、なぜアンジェは反応できたのか。
一つは、画面端に追い込んだことによりヴァルミリア側の選択肢を絞ったこと。もう一つが、相手の行動をつねに意識した攻めを行っていたからだ。画面端に追い詰められたヴァルミリアが取る行動で、意識しておくものはジャンプによる逃げとシリウスによる移動での回避。もう一つは、バックステップの無敵時間を利用した回避だ。
今回の場合、先に画面内にアンタレスが設置されていた為、シリウスを使った画面端脱出法が使われる可能性が高いと推測したアンジェは、シリウスを使うタイミングを予想し、対空迎撃を放った。
ゆみが焦っていることを感じ取り、シリウスを出させる状況に導く。
本人はケロッとした顔でやっていたが、中々侮れない少女だ。
対空迎撃を喰らったヴァルミリアは、空中に浮き上がった後、追加攻撃の叩きつけを受け、地面に倒れる。
ゆみは地上受け身をしたが、起き攻めは避けられない。
起き攻めは、何がくるか。
下段か?
中段か?
しかし、アンジェが取った行動は、隼斗のパーソナルアクションであった。
隼斗のパーソナルアクション。それは、D+特定のコマンドを入力することにより、威嚇射撃の性能が変化する、といったものだ。通常はエネルギー弾を前方に飛ばす技だが、パーソナルアクションを使用することにより、空中に向かってエネルギー弾を撃ち、一定時間後に空からエネルギー弾が降ってくる『強襲射撃』と、発生は遅いが、ガードさせると大幅有利となる巨大なエネルギー弾を撃つ『強化射撃』の二種類が、入力したコマンドによって使えるようになる。
アンジェが選んだのは――。
「強襲だな」
華澄は、腕を組みながら断言した。
「強襲? なんでその強襲だってわかるの?」
遥之が不思議そうに華澄を見る。
「画面端で強襲を使うと、起き攻めに使えるからな。ここから、また読み合いだ」
「う~ん。難しい……」
「遥之にも、いずれ解るようになるさ」
華澄は、遥之に微笑みかけた。だがその微笑みも、すぐ真剣な顔に変わった。
(今のブランクがある髙野に、防ぎきれるだろうか)
焦りとブランクで、キャラクターをうまく操作できていないゆみを、華澄は真剣な表情で見守った。
今までの攻守のやり取りは、プレイヤーとしてある程度対戦していれば、対応できる。特にゆみは、全国レベルのプレイヤーだった。何か、何かがきっかけで現役の頃の感覚が甦れば、ここからでも充分勝機はある。
(後は、髙野次第……か)
華澄は、ふとゆみの顔を見る。ゆみの顔には、心の動揺が浮かんでいた。心の動揺は、プレイに影響する。なんとしても画面端から脱出したいゆみは、ヴァルミリアが起き上がると同時にレバーを左斜め上に入れっぱなしにした。ジャンプで逃げようという考えだ。
ヴァルミリアは、他のキャラよりジャンプするまでの時間が早い。その為、相手の起き攻めを拒否するときにジャンプを使う場合がある。
ガードストライクをしようにも、ゲージが足りない。
リベレイションバーストを使うには、まだ早すぎる。
では、どうするか?
ゆみの結論は、ジャンプで逃げる、ということだった。
さらに、レバーを左斜め上に入れっぱなしにすることにより、空中ガードも同時にすることができる。
アンジェが低空ダッシュ攻撃をしてきた場合、攻撃をガードすることができる為、ダメージを喰らわない。
何度も攻撃を刻めるジャンプAを使うとは、考えられない。
ヴァルミリアが暴れることを予想して対空迎撃を使うのは、リスクが大きすぎる。
今の状況から考えて、この行動がベストだとゆみは判断した。
しかし、アンジェの次の行動、それは必殺技の『強行崩撃』だった。
強行崩撃は中段技で、ヒットすれば確定でダウンを奪える。それに、空中ガードができない。
ゆみの考えは、アンジェに読まれていた。
(……! しまった!)
ゆみは、自分が犯したミスに気がついた。
エナジーガードをしながらジャンプ逃げをすることを、忘れていた。エナジーガードをしながらジャンプで逃げていれば、空中ガード不能の強行崩撃を使われても、ガードすることができた。
初歩的なミスを、犯してしまった。
長いブランクでゲームの知識を忘れてしまっていたことと、焦りによるケアレスミス。アンジェは、ゆみがこうなることを完全に読んでいた。
強行崩撃がヴァルミリアに当たった瞬間、アンジェはボタンを三つ同時押しする。画面が暗転し、リベレイションが発動。
強行崩撃が、リベレイションでキャンセルされる。アンジェが、リズムよくボタンを刻んでいく。
立ちB。
立ちレバー前B。
立ちC……。
アンジェは一つもミスることなく、コンボを続けていく。
ゆみは、たまらずボタンを四つ同時押しし、リベレイションバーストを使う。ヴァルミリアからでたオーラで、隼斗が吹き飛ばされた。
コンボを完走されていたら、ライフゲージが半分以下になっていただけでなく、強襲射撃での起き攻めが待っている。
ゆみは、とにかく状況を一度リセットする為に、リベレイションバーストを使うことにした。
ここから、どうするか。
どう攻めるか。
どう立ち回るか。
ゆみは、一端深呼吸をして自分を落ち着かせた。
(落ち着け……。落ち着け、私……)
内なる自分に、言い聞かせる。
すると、焦りがすーっと消えていった。
レバーを持つ手も、震えなくなった。
冷静になったところで、改めて考える。
ここから、どうするか。
時間は、まだ気にする必要はない。
ライフゲージも、絶望的な減りをしていない。
ワンチャンス、ワンチャンあれば、充分勝てる。
その為に今すべきことは――。
ゆみは、ヴァルミリアをダッシュで前進させる。
相手を、制圧することだ――。
ゆみはヴァルミリアのダッシュを途中で止め、隼斗との距離をある程度維持すると、低空ダッシュレバー上Cを出した。この攻撃は、横に長く上に向かって蛇を伸ばすモーションをしており、空中で距離を置いている相手に一方的に攻撃ができる。おまけに、蛇には喰らい判定が存在しない為、ガードすることしかできない。
アンジェは、隼斗をガードさせる。
ゆみは低空ダッシュレバー上Cがヒットした瞬間、キャンセルしてアンタレスを設置。
ヴァルミリアの斜め前に設置されたアンタレスを警戒したアンジェは、空中バックダッシュで隼斗をアンタレスから遠ざける。
ゆみは隼斗を追いかけ、立ちB、しゃがみBキャンセルシリウスを出し、蛇をアンタレスに接続する。
アンタレスに接続したヴァルミリアにできる行動は、三つ。
一つは、『スピカ』という蛇を使った移動技。
もう一つは、接続をキャンセルすること。
最後の一つは、アンタレスに黒いオーラを送り、蛇の衝撃波を出す技『デネブ』である。デネブの衝撃波は範囲がそこそこ広く、削りダメージが高い為、ガードしている相手を固める際によく用いられる。
ボタンによって発生とダメージが違い、それぞれ使い分けることでより効果的になる。
ゆみは、Bデネブを使用した。
アンジェは、これを空中ガードでしのぎ、空中から攻めようと隼斗を動かす。
ゆみは立ちBで隼斗を対空迎撃。ジャンプキャンセルからコンボを決め、締めに空中からアンタレスを設置。隼斗の対空迎撃が届かない距離から、低空ダッシュCで隼斗の動きを封じる。
ヴァルミリアのC攻撃は、どれもリーチが長い。さらに、攻撃部分の蛇には、ダメージを受ける当たり判定が無い。C攻撃をうまく活用することで、相手の動きを制圧することができる。
焦って距離を詰めようとする相手をC攻撃や立ちB等で引っかけ、コンボを決める。 警戒して動かなくなった相手を、一気に攻めていく。これが、ヴァルミリアの必勝パターンだ。
焦りが消え、少しずつではあるが現役時の動きを思い出してきたゆみは、アンジェの操る隼斗の動きを、どんどん封じていく。
(これなら、勝てる! 頑張れ、髙野)
華澄は、小さくガッツポーズをした。
先程とは、動きが明らかに変わってきた。人間、どれだけブランクがあろうとも、長年ずっとやってきたことなら、自然と体が覚えている。さすがに現役の頃には及ばないが、動きがいい。ゆみ自身も、そう思っていた。
動きを完全に制圧され、ただガードすることしかできないアンジェの隼斗。
一瞬の、隙が生まれた。
その隙を、ゆみは見逃さなかった。
ゆみはヴァルミリアをダッシュで一気に接近させ、しゃがみAからコンボを決めていく。最後にエナジーゲージを半分消費し、超必殺技でコンボを締めた。
ちょこちょこと牽制やコンボ等でライフゲージを減らされ、ここで超必殺技を使った大ダメージコンボを喰らった隼斗は、一気に残りの体力を減らされた。
『DOWN!』
派手な演出が流れ、隼斗が倒れる。
「ふー……」
ゆみは、思わずため息をついた。
これで、少しは楽になる。そう考えると、安堵のため息が自然と出てしまっていた。
「よし! 一ラウンド取った!」
華澄は、片手で大きなガッツポーズを取りながら、子供のようにはしゃいだ。
「え、ゆみが勝ったの!?」
「いや、ラウンドを取っただけだ。この店の設定だと、先に二ラウンド取った方が勝ちだから、髙野がもう一ラウンド取れば髙野の勝ちになる」
「そうなの? じゃあ、紛らわしい喜び方しないでよ!」
遥之は、ムスッとした顔で華澄の脇腹をつついた。
「こ、こら! 脇腹はやめろ! 髙野が、今でもこれだけ動けることが解ったんだ。嬉しくもなるさ!」
「あ、そ。ゆみ、あと少し! 頑張れ~!」
華澄の言葉を無視し、遥之はゆみに向かって激励の言葉をかけた。
だが、激励の言葉はゆみには届いていなかった。
ゆみは、疑問に思っていた。
(おかしい……。いくらメインキャラじゃないとはいえ、こんなにあっさり勝てるなんて……)
アンジェの実力を、ゆみは痛いほど理解している。
だからこそ、解った。
何か、何か違和感がある。
ラウンドを取ってから、ゆみは言葉で説明できない何かを、感じていた。
次の瞬間、何かがゆみの体を通り過ぎていった。
ゆみは、何が自分の体を通り過ぎていったのか、すぐに理解した。
(あの時と、同じだ!)
あの時――インターミドルで、ゆみがアンジェに感じたもの。言葉ではとても言い表せない、恐怖。違和感の、正体。
「アン、相手のリハビリはうまくいったか?」
後ろで壁に持たれながら対戦を眺めていた唯が、無表情でアンジェに話しかけた。
「良い具合に、できたみたいよ♪」
アンジェは、唯の方を振り向かずに返事をした。
「さあ、楽しませてよ♪」
アンジェは、笑顔で呟いた。天使のような、可愛らしい笑顔だった。
だが、アンジェから放たれている殺気のような、相手を恐怖で凍り付かせるような何かが、笑顔から溢れていた。
『Next Game……Duel!』
第二ラウンドが、始まった。
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