ラウンド6
校庭は、カオスな状況になっていた。
新入生たちが校舎から出てくるのを待ち構えていた在校生たちが、一斉に動き出したか
「君、良い体してるね! バスケ部に入らない!?」
「わたくしたちと一緒に、テニスで青春の汗をながしませんか?」
「軽音楽部でレッツ、ロック!」
まるで獲物を狙う肉食獣のように、在校生たちは新入生を部に勧誘していく。
明陽高校は、文武両道をモットーにしている進学校である。今日のように、在校生が新入生を熱心に勧誘するのは、伝統になっていた。
「うわ、めちゃくちゃじゃんか! ゆみ、あたしにつかまってて。一気に駆け抜けるから!
「う、うん!」
ゆみと遥之は、生徒たちでぐちゃぐちゃになっている校庭を、手を繋ぎながら全力で走っていく。
そんな二人の走りっぷりを見た在校生たちが、一斉に駆け寄ってくる。
「その走り姿……君たちは陸上部に入る為に生まれてきたんだね!」
「違うってば! ってゆーか、笑顔で平行移動してこないでよキモい!」
「その毒舌……ディベート部入部希望者だね! そうだよね! はい、この書類にサインして!」
「ご、ごめんなさい。私、別に入部希望者じゃないです!」
「ゆみ、相手にしちゃダメ! こいつら、ゾンビみたいなもんだから!」
「ああ、いいです……。もっと罵ってください!」
「あんたはそもそも部活なの!?」
在校生たちにもみくちゃにされ、ゆみと遥之は中々校門まで辿り着けない。
「あーもー! あたしは入る部活決めてるんだから! 道あけてよ!」
遥之が大声を上げたそのときだった。
「その通り! その娘は、既に我が部のものだ!」
突如聞こえた、凛々しい少女の声。
その瞬間、あれだけ大量に群がっていた在校生たちが、まるでモーゼの十戒のように綺麗に左右に分かれた。中央には、腰までありそうな艶やかな黒髪をなびかせ、切れ長で力のこもった瞳をしている、モデルのような体型の背の高い少女が仁王立ちをしていた。
「げえ、
「あの超人女、既に新入生を確保していたっていうの!?」
「ちょっと待て、南城の部活って……」
在校生たちが、やばい人を発見してしまったかのようにざわつき始めた。
「もう、お・そ・いーってば、華澄!」
「ははははははっ。悪い悪い。遥之以外の優秀な人材を獲得しようと奮闘していたんだが、ことごとくフラれてしまってな! 正直泣きそうだ!」
「全然、そんな風に見えないけどね~」
「あの、遥之ちゃん。こちらの人は……?」
「あー、えっとね、この子はあたしの幼なじみの……」
「君は、髙野ゆみじゃないか!」
ゆみの顔をじっと見ながら考え込んでいた華澄が、校庭中に聞こえる大きな声を突然出した。
これには、ゆみ、遥之を始めとしたその場にいた生徒全員が、心臓が飛び出るくらい驚いた。
「――――――!」
すぐ目の前で聞いてしまった遥之は、声にならない苦痛の顔をし、華澄を睨む。遥之の横にいたゆみも、耳の中がキーンとするのを我慢しながら、華澄に向き直る。
「え、ええと、私が髙野ゆみです……けど」
「やはりそうか! 東京のインターミドル代表選手が、まさかこんな偏差値しか特徴のない公立高校に入学してくるなんて! これは運命だな、素晴らしい!」
「……!」
「いんたーみどる? それってすごいの?」
「めちゃくちゃすごい! インターミドルは全国中学校eスポーツ大会の略称で、要するに中学の全国大会のことだ! 髙野ゆみは、現在世界ランク五位のプロ・ゲーマー、髙野あきの娘で数々の大会で優勝経験のある、格闘ゲームの超強豪プレーヤーだ!」
「へ~、そうなんだ」
「今や世界の競技人口約一億三千万人といわれる格闘ゲーム界でもトップレベルに君臨すること間違いなしの人間だ!」
華澄の説明を聞いた生徒たちが、急にざわつき始めた。
「すげー! そんなすごい人がウチに入学してくるなんて!」
「でもうちで格闘ゲームやってる部活って、南城しか部員いなかったよな?」
「
「なんで明陽高校に?」
ゆみにとって、今の状況は最悪だった。
格闘ゲームから逃げる為に、わざわざ都外の高校を受験したというのに。
格闘ゲームと、縁がなさそうな学校を選んだのに。
ゆみの脳裏に、あの少女の姿が浮かんできた。
「………………」
ゆみは急に苦しくなり、無意識に胸を押さえた。
ゆみの様子に気付いた遥之は、華澄に話しかける。
「ごめん、華澄。ゆみ、ちょっと人酔いしちゃったみたいだから、今日は先帰るわ。話はまた今度聞くからさ」
胸を押さえたゆみの手を、遥之が両手で優しく包み込む。
「ん? 別に構わないぞ。そうだ、よかったら髙野もe格闘技部に入部しないか? 髙野が居たら、百人力だ!」
「……私は……もう、格ゲーはやりません!」
ゆみは語気を強め、華澄を拒絶するように遥之の手を引っ張り、その場を立ち去っていく。
「髙野……?」
驚いた表情をした華澄を背に、ゆみと遥之は校門へと向かっていった。
ゆみの後ろ姿は、悲しい色を帯びていた。
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