ラウンド4

 その後、ゆみは父方の祖父母の住んでいる名古屋の明陽めいよう高校を受験し、合格。四月から祖父母の家で暮らすことになった。

 ゆみが名古屋に旅立つ日。新幹線のホームには、ゆみの周りを人が囲んでいた。

 その中に、母であるあきの姿はなかった。

 同級生の友人に、父親、部の後輩の一部が見送りにやってきただけだった。

 部の顧問、レギュラーメンバーは練習を優先して、前もってゆみに挨拶をした。本当のところ、ゆみを戦犯だと思っている部の面々はゆみと顔を合わせたくなかった。

 ゆみを精神的支柱として、エースとして頼りながらいざ負ければ手のひらを返す態度をとる。人間とは、勝手なものである。

「ゆみちゃん、向うに着いたらメールしてね!」

「元気でな!」

 友人たちがゆみに声をかける中、一人心配そうな顔でゆみを見ている男性がいた。

 ゆみの父である。

 ツーブロックで七三に分けたヘアスタイルに、キッチリ着こなしたグレーのスーツが似合っている。いかにも仕事が出来そうなビジネスマンといった外見をしていた。

「ゆみ、大丈夫かい? 無理するんじゃないよ? 何かあったらすぐ電話するんだよ?」

「大丈夫だよ、お父さん。名古屋に着いたら電話するね」

「それとな、ゆみ。母さんのことだけど……ゆみのことを嫌ってる訳じゃないと思うんだ。ただ不器用というか、なんというか……」

 ゆみの父が言葉に詰まっていると、新幹線が間もなく発車することを知らせるアナウンスが流れた。

 ゆみは、アナウンスを聞いて焦っている父に笑顔を向けると、荷物を手に新幹線の車内へと向かう。

「大丈夫、分かってるから。でも、今は私もお母さんもきっと分かり合えないと思うから……」

「ゆみ……」

「じゃあ、もう行くね。お父さん、体大事にしてね」

 父と友人たちに別れの挨拶をすると、ゆみは新幹線の車内に入っていった。

 発車を告げるアナウンスの後、新幹線は静かに動いていく。

 父と友人たちの姿が見えなくなると、ゆみは指定席の座席に座り、深呼吸をした。

(これで、よかったんだ)

 格闘ゲームを辞めて、よかったんだ。

 逃げて、よかったんだ。

 ゆみは心の中で自分に呟くと、ゆっくり目を閉じた。

(これで、よかったんだ……)

 やがて、ゆみは静かに眠りについた。 

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