大人と子供⑦


 市街地につく。

 もう夕日が沈みかけていて、やや涼しくなりつつある。


「さ、市街地だけど、どこ行く?」

「そうね。竹ノ内さんや、1件目のほてるさんも市街地を最後に寄ってから殺されているから、その時の様子でも調べようかしら」


 なるほど。


「ただ、鎌倉さんと違って馴染みの店って感じのお店はないようだから、店員さんの記憶には残ってなさそうなのよな」


 腕を組み、うんうん唸る。

 そこに突然、


「よぉ! お二人さん!」


 っていうこれまた根が明るい感じの声はクラスメイトの福岡で、


「ぎゃぁあああああああ!」


 このクソ暑い中、冬服のわたしに抱き付いてきた。


「ルルム復活したか~! やっぱこれだよな~」


 といって髪や制服のひらひらした部分を触ったり弾いたりしている。


「こんな女の子っぽい格好して、中ではえげつないもんをおっ勃ててるんだからな~」

「おっ勃ててねえよ!」


 何を言ってるんだコイツは!

 福岡の発言を聞いて大川は、


「え……」

「え……、じゃねえよ! 信じるなよ! 安心してくれよ! 平常だよ! さすがに頭おかしいだろ! 女装してることそのものに興奮してるとか!」

「いや、マジなら本当、事件とかどうでもいいし、金輪際、私に話しかけて欲しくないのだけど……」


 だぁああああー! クソ、どうすれば信じてもらえる!


「見せるしかないか」


 って言う福岡はうれしそうだが、確かにそれ以外の論理的な解決方法は浮かばない。そんな血迷った思考を巡らせていると、


「あ~、ウソウソ。ごめんね。エイミーさん、ホラ、コイツのが本当におっ勃ててたら、それこそスカートではごまかせないレベルだからさ、安心してよ」


 おお。なんか悪ノリの引きが福岡にしては早いな。


「それよりなんだよ。今日はデートってより捜査なのか?」

「今日は、ってこともなく、常に事件の捜査だな」

「ちぇーっ! つまんねぇのー!」


 生きる希望にあふれた恋愛脳め。

 わたしにはそんなことに幸せを見出す余裕がもうなくなってしまったんだぞ。


「名探偵のエイミーさんも一緒で?」


 大川を見やり、福岡は聞いてきた。


「うん。協力関係にある」

「調子はどうよ」

「? うーん、微妙だな」


 この事件、福岡は意外と気になる感じか。


「あ! この事件が解決したら、もうルルムも終わるのか?」

「……、まあ、そんな感じだな」


 成功すれば、ルルムは死ぬ。

 失敗しても、女子高生を殺す連続殺人犯が現れるまでは封印するだろうな。


「そうだよな。空ちゃんも、ヒトリちゃんもブチ切れてるしな」

「空も怒ってるのか?」

「えっ! 気づいてないのかよー!」


 冬服を着られているヒトリはともかく、なんで空まで?


「まあいいや。ルルム、お前も考えろよ。エイミーさんにばっかり任せるな。お前もお前なりに悩んで悩んで考えまくって、ちゃんとした答え、見つけろよ。自己中にはなるなよ」


 なんだよ自己中って。意味わかんない。だから、


「うっわ! 素人のクセに偉そう! わたしだって言われなくても考えてるっつーの!」


 って返すけど、


「へん、批評はな、素人にだって簡単にできるんだ。簡単だからそんなに的外れでないことも多いんだ。真摯にありがたく受け止めとけよ! じゃあな」


 得意そうな顔して、福岡は去って行った。


「さ、いくか」

「……ええ」



 まず、わたしたちは竹ノ内さんのグループが事件の日、最後に寄ったというスーパーへ向かった。

 店内はエアコンがキツすぎるほど効いていて、冬服のわたしとしては完璧なほど快適だ。


「ああ、あの子たちねえ。うん、覚えてるよ」


 わたしたちは店長のおじさんに話をうかがった。


「なんか、カード作るのにモメたそうですけど……」

「ああ、だから覚えているんだよ。どうもその亡くなった竹ノ内さんの想定していた以上に時間がかかってしまったらしくてね……。アルバイトの子としては説明はしたらしいのだけどね。聞いてないって言われてしまって」


 まあ、ありえそうなことだよな。竹ノ内さんなら。


「ただ正直、対応したアルバイトの子も、あんまりこっちの話を聞いてもらえてなかったかも、とは言ってたんだ」

「というと?」

「どうも上の空で、こちらの問いかけにも、『あー、はいはい』って返すだけだったらしく、その子の『カードお作りしますか?』にも『あー、はいはい』って答えた感じなのかもね」



 一通り話を聞いてから、店を出た。

 あっつい! エアコン効き過ぎの店内から、これは急に暑すぎる!

 結構長く、なんとか新たな情報を得ようとしていて、とにかく長く話していたから、もう夕方を回っているのだけど、暑い。

 夏はやっぱり日差しだけじゃなく、蒸し暑さもやばい。

 ここは海に近い村で、けっこう風があるからなんとかなっているけれど、もしこの風がなかったらわたしはとっくにこの冬服では耐えられなかっただろう。

 死にたい、より涼しくなりたい、が勝っていたに違いない。


 いやいや、そんなことより捜査だ。

 今のお店で得た情報は……、特になかったな。あれだけ長く話し込んで、ほとんどムダに終わってしまった。

 強いて言うなら、あの取り巻きたちの証言がウソではないということがわかっただけか。

 まあ、でも最初っからアイツ等なんか疑っちゃいないから、そういう意味でもあんまり意味ない結果だ。

 と、大川が立ち止まる。


「ん~、次どこ行こうかしら。学校とかも気になるのよね」

「が、学校~?」


 遠いなあ。


「いや、でも~、みんなが竹ノ内さんとこの店で別れた後、実はその後の足取りってのはつかめてないのよね。どっかに寄り道していたかもしれない」


 体を色んな方へ向けて、


「う~ん、どうしよう。最後に寄ったお店を順番に探していこうかしら。でも、どっちへ行っただろう。普通に考えれば家の方向だけど、みんなと別れても家に帰りたくないならアッチだろうし、う~ん、そもそも、どっちか方向がわかったところでお店はいくつもあるし、そこの店員さんが覚えてるとも限らないし~、やっぱり、学校へ行こうかしら……」


 あ、あ、あ、あ、あ、もういい!

 早くしてくれ! 早くエアコン効いた店とかを選んでくれ!

 この暑い中、棒立ちはさすがに勘弁だ!



「ん?」

 大川がわたしに相談しようと思ったのか、こっちの様子をうかがいつつ、


「あれ? アナタ、イライラしてる?」


 と聞いてきたが、確かにそうだ。

 暑さでこの格好でわたしはちょっとモノを考えるのがイヤになってるぐらいイライラしている。ちょっと前に福岡に言われ、言われなくても当然としてきたものがもう守れなくなっている。


「さすがにその格好は暑いのかしら」

「おう。名推理だ。悪いな。暑すぎてちょっと集中できない」

「体調わるい?」

「まあ、万全という感じではないな」

 それを聞いて、少し考え込む。

「じゃあ、ちょっとファミレスにでも入ろうかしら」

「おう、助かるわ……。行き場所は、できるだけ涼しい場所で考えて、ダッシュで向かおう」





「っぷはーっ! 生きかえる!」


 ドリンクバーで注いだコーラを流し込んで、すごく使い古された言い回しで感動を表現する。


「体調はどう? 頭は回る?」


 甘そうな色のコーヒーをかき混ぜながら大川は聞いてきた。


「ああ、万全だぜ」

「そう。あのね、ルルム、考えたのだけど……」

「おう」

「事件の前の竹ノ内さんも……、そんな感じだったんじゃないかしら」

「へ!?」

「うん、だからね? アナタもさっき、体がダルくて、よく物事を考えることができなくて、その結果、少し荒っぽくなってたでしょ? でも、それがアナタの本当の性格ではない。単に頭が回ってなかっただけ……」

「うん」

「事件当日の竹ノ内さんも、なんだか上の空で話を聞かず、しかもちょっともめ事を起こしたようだけど、それって竹ノ内さんも体調が悪かったか、それに近い、ちょっと深く物事を考えられる状態じゃなかったんじゃないかしら……」

「そうか~? わたしはともかく、竹ノ内さんって普段からそんな感じだと思うけど。それに、仮にそうだとしてどうなのよ」

「これ、共通点にならないかしら……」

「……! 鎌倉さん……、たしか頭痛薬を……」

「ええ、つまり事件直前は、竹ノ内さんも鎌倉さんも、体調が万全とは言えなかった」

「! つまり、犯人はちょっと体調不良な子を狙ったってことになるのか。それは、つまり具合悪そうな子に欲情するド変態なのか、それともコイツなら騒がれることなく殺せそうと思った慎重派なのか……、う~ん、どっちもありえそうな」

「焦らないでルルム。まだ、全員に見られるという傾向ではないし、そもそも関係あるかもわからない。まだ答える時間ではなく考える時間だよ」


 そう説教垂れる大川に、わたしは言う。


「おい、気づいてないの? たぶん、全員がそうかもしれないよ」

「……、えっ! まさか……」


 と言って、飛び上がるようにカバンを漁り探偵ファイルを取り出す。

 大川は自分で2人の体調不良という共通点には気づいたのに、コレは気づかなかったらしい。

 わたしはちょっとだけ優越感を開始する。


「まず、2人目の被害者の中六さん。彼女は毎日職員室前の長机で受験勉強をしていたようだけど、あの日は早く帰っていた。コレ、つまり具合が悪くなって帰ったということなんじゃない?」

「ふむむ……」

「1人目の被害者のほてるさんもそうだよ。幼なじみが同じ部活で一緒に遊んでいたのに1人で帰ってるから、途中で帰ったんだろうけど、それってあんまり具合が良くなくて、それで先に帰ったってことじゃない?」

「……、その通りかもしれない。ほてるさんは市街地で先に帰った理由を離さなかったようだけど……、それは心配をかけまいと思っていたのと、その幼なじみの子に付き添わせちゃ申し訳ないって考えたのかもしれないわね」

「当時はまだ事件なんて起こる気配はなかったからな」

「確証はないけど、そうね。もう警察を頼りにできない以上は、苦しいけど、この予想を頼りに推理を進めていきましょう」

「やったー。大川さんに認められたー」


 コーラを流し込んで叫ぶ。


「ってことはやっぱりアレだな! やっぱり病弱のフリはした方がいいな!」

「そうかもしれないわね。興奮するのか、油断してくれるのか、あるいはそれ以外の理由なのか、それはわからないけども少なくともガチムチアピールをされるよりははるかに可能性が高いのは言うまでもなく確実かしら」

「よ~し、待ってろよ犯人。かならず殺しやすくなってやるからな~」

「殺しやすくって、どういうこと、サナちゃん!? やっぱりそういうことなの!?」


 ってわたしをサナちゃんと呼ぶ声が聞こえて、あんまりにも強い声だから若干びっくりして振り返ると、そこには制服姿の空がいて……。

 そんな空の後ろには、福岡までもニヤニヤしてつっ立ている。


「いい加減、説明してよ!」


 机を叩いて怒りをあらわにする。

 おいおい、いくら田舎のファミレスが無法地帯だからって、あんまり騒ぐなよ。

 つーか何よ。




続く

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