第二編 第四章 ⑦
貴方は壊れ物を扱うように私の身体を両手で持ち上げて、私の部屋へ移動した。そこはテレビや数冊の本しかない殺風景な和室だった。床の間近くの書院窓の前に用意された小さな敷き布団に私の身体を横たえて、優しく掛け布団をかける。
(礼を言いますわ、頼来)
「お前、一人であんまり無茶すんなよ」
貴方は眠っている私の頭を指先で小突いた。
永久と別れ、貴方は自室へ戻る。寝る準備を済ませて布団に入るとすぐに眠ってしまった。目が冴えているのではと思っていたが、どうやら逆に心労が強かったらしい。
私は電気が消えた貴方の部屋の中で、一人、考える。明日になれば、本当に全てが分かるのだろうか。それを始めに、次々と疑問が浮かんできた。
永久は何故、先程はあれほどまでに素直だったのか。自分の過去を晒し、少しだけ感情を晒した。彼女が素直になるのはいいことであるはずなのに、何故か私は不安を覚えていた。
明日になれば、この疑問の答えも分かるのだろうか。
そんなふうにぐるぐると考えを巡らせてから、私は意識を薄めていく。そうすると本当の眠りにつけるのだ。私も貴方と同じく心労が強かったようで、すぐに眠りにつけた。
そして、朝が来た。
私が目を覚ますと、貴方はまだ眠っていた。言葉にならない煩雑な思考が私の中に流れ込んでくる。それが嫌だというわけではないが、私は声をかけて起こそうとした。
その時だ。
「――頼来!!」
貴方の名前を呼ぶ声が、部屋に響いた。
私、ではない。
寝間着姿の永久が部屋に入ってきて、声を荒げたのだ。
初めて聞くような、声だった。
「起きろっ、頼来! 目を覚ませ!」
永久にのしかかられて、揺さぶられ、貴方は覚醒する。目の前の永久を見上げ、彼女の様子を見るなり、貴方は意識を明瞭にさせた。
「どうしたんだよ?」
「聞きたいことがある。頼来……昨日、一体何があった」
永久が何を言っているのか、分からない。
「お前、寝ぼけてるのか?」
「違う! 私は寝ぼけて言っているのではない! 私は……っ」
永久は言うと、両手をだらりと降ろし、言葉を紡いだ。
「私の体質について、君は景政に聞いたのだったな。それはどんな内容だった」
「どんな傷を負っても次の日には治って健全な状態に戻る、って聞いたけど」
それがなんだというのか。
訳が分からない。
「お前も説明してくれただろ? 身体に傷を負ったら次の日……」
「そうだ、身体に傷を負った時の話はした。だが、頼来――傷は身体だけに負うものか?」
「何言って……」
貴方は語尾を喪失した。
身体に傷を負った時の話は?
他にも傷を負う場合がある?
だとしたら――
それは身体ではなく、心にも――
もし心にも傷を負うことがあったとしたら――
「お前、まさか……」
「……そうだ。私は、昨日の記憶が一切ないのだ」
永久は悔しそうに、申し訳なさそうに、俯いて言った。
「私の体質は、身体だけでなく、心の傷さえ再生して修復してしまうのだよ」
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