第二編 第三章 *

 月明かりしか届かない裏路地に風が吹いた。男が持っていた紙束が揺れて、微かに音を立てる。微音は耳に残らず、自身がついた溜息にかき消された。


(結局、注目すべきはこの二人か)


 男は薄闇の中で紙束をめくり、該当する箇所に目を落とす。

 県警刑事課の橘景政。この刑事は今、自分や紅坂夫妻の捜索をしていた。それ自体は当然のことで、是非もない。その関係からか、紅坂永久の世話をしようと便宜を図ったことに気がかりな部分があった。

 景政は彼女を児童養護施設に斡旋し、反発され、結果的にある人物に世話を任せた。それを任されたという男について、ある種の危機感と不信感を覚える。


(御門心裡……)


 男は苦々しく顔を歪めた。

 現在、彼の団体『あるべき暮し』は警察の要請を受けて、行方不明となっていた人間の管理を行っていた。既にほとんどの人間を仕分け、帰る場所がある者はそこに帰し、ない者には宿泊施設を提供。容態の悪い者は各地の空いている病院へ送っている。


 公務に関しては彼の行動に不審なところはない。しかし、私務に関してはどうか。

 彼は仕事と称して、様々なところに顔を出していた。病院、警察、児童養護施設、テレビ局、出版社……。上から三つは公務としてだが、他二つはそうではない。確証は取れていないが、どうやら報道機関や記者クラブの上層部に掛け合って、情報公開を抑制しているらしい。


 紅坂博と紅坂澄代に関しての報道も、彼が一枚噛んでいるのだろうか。


(あれから一ヶ月……)


 二人が消息不明になったことを知ってから、それだけ経っていた。これだけ地道に調べ上げても、まだまだ分からないことが多い。だが、これ以上調べるのは危険だ。下手に動けば察知される可能性がある。もしかしたら、心裡が情報公開を抑制しているのはそういった理由かもしれない。


(自ら動かざるを得なくして、私を見つけやすくするためか)


 男は握りしめていた紙束を整え、衣嚢から取り出したライターで火をつけた。


 薄い紙束は端からゆっくりと黒く染まっていき、その存在を綻ばせていった。

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