第二編 第二章 ③


「……で、なんで俺は白雪さんとゲームをしてるんだ?」

「文句あるの? シスコンの癖に」

「文句あるわ! つーか、シスコン関係ねえぞ!?」


 貴方はコントローラーを握り締めて叫んだ。怪我をした右手がズキリと痛み、手の力を解くとじわじわと痛みが広がっていく。


「何よ、貴方。不満なの?」

「そりゃそうだろ、俺はゲームしたくて来たんじゃねえぞ?」

「そうじゃなくて、シスコンと言われたことについてよ」

「不満に決まってんだろ!! それ、わざわざ聞くことか!?」


 また手に力が入って、ギブスの中で痛みがにじむ。


「……一応、俺、怪我してるからゲームやるの辛いんだけど」

「私は存分に叩きのめせて楽しいわよ?」

「あんたはな……」


 ちょうど貴方の操っていたキャラクターが倒される。『K.O.』という文字を見ていたら、物凄く虚しくなってきた。


「これくらいで弱音吐くなんて軟弱者ね。せっかく貴方のためを思ってゲームさせているというのに」

「この拷問のどこが俺のためになるって?」

「貴方、まさか『リハビリ』を知らないの!?」

「あんたこそ知ってるのか!? 『リハビリ』は怪我が治ってからするものだろ!!」

「そんな決まりはないぞ、頼来。『リハビリ』は症状に合わせて、術前にも術直後にも何かしらすることはあるものだ」


 不意に後方から永久に返されて、貴方は面食らう。


「永久の言ったとおりよ」

「そうなのか? 骨折も?」

「貴方馬鹿? 骨折の場合は治ってからに決まってるでしょ」

「あれ……おかしいな。俺、骨折してるはずなんだけどな」

「まだ治ってないの? その手」

「これを見てどうやったら治ってると思えるんだよ!?」


 ギブスをよく見せるように右手を上げたが、白雪さんは見ていなかった。気づけば、また、『K.O.』されている。


「つまらないわね。歯ごたえがないわ」

「あんた、わがまますぎるだろ……」

「次はレースゲームにしましょう」


 聞いてない。

 白雪さんは楽しげに兎のような耳を揺らして立ち上がった。

 本当にゲームが好きで、本気でゲームを楽しんでいるらしい。

 よく、この状況で楽しめるものだ。


 レースゲームで遊び始めたところで、貴方は言う。


「白雪さん、ホント、楽しそうだな……」

「当たり前でしょう? 貴方をからかうのは楽しいわ」

「びっくりするほど嬉しくねえな!!」

「失敬、言い間違えたわ。貴方をからかうの超つまらないわね」

「だったらなんでからかうんだよ!? 誰も幸せにならねえぞ、それ!?」


 貴方が操る車体がコースアウトした。

 話もコースアウトしていた。


「違う違う、そうじゃなくてだな。俺はゲームの話をしてるんだよ」

「男はレースゲーム好きって聞くけど、嫌いなの?」

「嫌いじゃないけど……気が咎められないのか? あんた」

「……?」


 白雪さんは本気で分からない感じで首を傾げた。


「いつも思ってたし、こうして俺もゲームしてて思ったんだけどさ。ニャー先輩や蒼猫が働いてるのに、ゲームなんかしてて「楽しいわよ?」――って割り込むな!!」


 しかも最悪な回答だった。

 駄目だ、白雪さんには人の心がないらしい。


「そんなこと言ったら、永久だってそうじゃないの」

「こいつは従業員じゃないし、別にいいだろ」

「貴方、この子には甘いのね」

「甘いとかじゃなくてだな……」


 そういえば、永久はなんでここにいるのか。

 永久を盗み見ると、白雪さんがいれてくれた紅茶を飲みながら優雅に読書していた。

 思うところがないわけではないが、貴方は自分の発言を思い出して何も言わなかった。


「私にも甘くしたらどうなの? ねえ」

「俺には厳しくするくせに、よくそんな要求できるな」

「何? 貴方、もしかして甘えたいの?」


 不意を衝かれた気がする。

 視線の端で白雪さんがこちらを向くのが分かった。無意識に視線を切ると、目が合ってしまう。


「あら、図星?」

「――誰があんたなんかに甘えるかよ」


 いつもと違うからかい方をされたためか、貴方はつまらなそうに言い捨てた。

 すると白雪さんはテレビの方を向いて、


「あーあ、今の傷付いたわ」

「へ? あ、ごめん」


 白雪さんの感想は正しかった。確かに、本心とはいえ言い過ぎたかもしれない。


「悪かったって、白雪さん」

「今更謝ったって許さないわよ。罰を受けてもらわなきゃ」

「罰って……どんな?」

「そうね。一応は謝ったことだし、百歩譲って極刑かしら」

「それだけ譲ってなお極刑!? つーか、極刑の意味分かってるのか!?」

「それが貴方の最後の言葉とはね……」

「もう執行する気かよ!?」


 なんて不謹慎な会話だろうか。


「貴方どうやって永久と仲良くなったの?」

「は……?」


 唐突に、おそらくだけど真面目な質問をされて、貴方はコントローラーの操作を誤った。コースを外れ、その隙に白雪さんの車がゴールする。


「あ、卑怯な……」

「さっき、蒼猫から貴方たちが最初、仲悪かったって聞いたのよ。どうやってこの子と仲良くなったの?」

「……本気で質問してたのか」

「私のように知的な頭と蠱惑こわく的な身体を持っている完璧超人ならともかく、貴方みたいな矮小わいしょうな人間がどうやって?」

「本気で質問してるんだよな? なあ?」


 動揺させるためのものだと思っていたが違うらしい。

 今、自分たちが仲が良いかは分かりかねるが、


「仲悪かったわけじゃ…………ねえですよ?」


 貴方は彼女との初対面での仕打ちを思い出し、そのあとの彼女の態度を思い出して、否定したかったけどしきれなかった。


「そうなの? 永久」


 白雪さんが直球で聞くと、永久は返事をしなかった。じっと本に目を落として、時折、尻尾を動かす。


「あれはたぶん、耳に入ってねえぞ」

「だったら、貴方に聞き直すわ。どうやってあの子を手込めにしたの? 貴方」


 また人聞きの悪いことを言う。

 そもそも、何をそんなに気にしているのだろうか? この人は。

 貴方は疑問に思ったが、ゲームが勝手に開始されるのを見て、ただの雑談だと悟る。


「白雪さん好みの面白い話はないと思うけどな」


 それに、それで彼女との関係が良くなったとは言い切れない。

 本当に、自分は特別な何かをしたわけではないのだ。

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