第28話

 研究室の、巨大なモニターの前で、誰もが黙りこんでしまっていた。今、そこで起きたことの何もかもが、完全にこれまでの常識の埒外にあった。これまで一匹しかいなかった八つの首の死神の大量の出現、それを殲滅する勢いだったゼロシキの暴走状態に近い圧倒的な力、突然のゼロシキの沈黙、そして白く光る《機械》とそれによって引き起こされた、死神の消滅。研究員たちはその現象を説明する理屈を探し求めたが、虚無によって駆動していたはずの《機械》に何が起こったのか、全く見当がつかない。やがてあきらめたように、研究員たちが、じっと考え込んでいるクロガネの様子をうかがうようになる。自分たちで答えを出せない以上、納得のいく説明をつけてくれそうなのは、もはやクロガネ以外にいなかった。タカマツも、クロガネの挙動を観察していた。だが、クロガネ自身は、その研究員たちの視線をあえて無視するように、何も言おうとはしない。理解しがたい現象ではあった、だが、クロガネ自身は、全く見当がつかないというわけでもない。唯一の手がかり、呪われた兵器と呼ばれる《機械》の、その本当の姿。虚無とは別の可能性。クロガネは、長い間忘れていたそのことについて、考えざるを得なかった。


 「所長、これはいったい……何が起こったのですか?」


 タカマツが尋ねてくる。クロガネは肩をすくめ、分からない、というそぶりする。


 「しかし、《機械》によって引き起こされた現象だというふうに見えるのですが」


 何か知っているはずだという勘が働くのだろうか、タカマツは何とか答えを引き出そうとするかのように、質問を繰り返す。


 「……正直、分からんな」


 「しかし、《機械》を発明した所長にならば、多少の仮説くらいは立てられるはずでは?」


 《機械》の発明者、その言葉を聞くたびに、クロガネはとても苦々しい気分になる。本当の意味で《機械》を発明したのは、自分ではないからだ。言わば、自分は泥棒のようなものだ、他人のアイデアをほとんど盗み取るようにして、自分の狂気に突き動かされるままに開発した兵器、それが《機械》だ。クロガネは、そんなふうに思っていた。だから、《機械》がこんなふうに未知数な可能性を示したとき、自分は馬鹿みたいにうろたえてしまうだけなのだ。《機械》が自分の理解を超えた力を示すとき、クロガネは、それが自分のものではないのだという事実を突きつけられてしまう。


 「タカマツ君」


 「はい?」


 「《機械》は、私の理解を超えているんだ」


 「と、いいますと?」


 「《機械》を発明したのは、私ではない」


 「どういうことでしょうか?」


 「私は、他人のアイデアをまねただけだ。だから、私は《機械》の持つ可能性の全てを理解しているわけではない」


 突然何を言い出すのかと思い戸惑っているようで、タカマツはクロガネをじっと見つめたまま黙ってしまう。


 「むしろ……」


 クロガネは、上手く喋ることができなくなる、自分が何を言っているのか、よく分からなくなりそうだった。まるで、過去の犯罪を告白しているような気分になっていた。


 「むしろ、これこそが、《機械》の本当の姿なのかもしれない」


 みんな黙っていた、タカマツも他の研究員たちも、クロガネが何を言っているのか、さっぱり分かっていない。そして、クロガネ自身も、あやふやに漂う胞子のような自分の考えを、いったいどんなふうに結論づけたらいいのか、さっぱり分からないのだ。そのまま長い沈黙が続いてしまう、もはや誰も、この話の出口を見出すことができなくなってしまった。


 「クロガネ所長!」


 突然、部屋の外でクロガネを呼ぶ声が聞こえた。ドアが開き、全員がそちらに視線を向ける、そこには研究所のスタッフが立っていた。


 「どうした?」


 何も答えようとしないクロガネに代わって、タカマツがそのスタッフに尋ねる。


 「……クロガネ所長に、お客さんです」


 「客? こんなときに何を言っているんだ!」


 タカマツが半ば怒ったような声を上げ、スタッフを追い返そうと近づいていく。


 「で、ですが、その方は、自分の名前を出せば、必ず所長がお会いになるはずだと申しておりまして……」


 胸ぐらをつかみそうなくらいの勢いで迫ったタカマツに許しを乞うかのように、スタッフは後ずさりしながら話す。


 「その客の名前は?」


 タカマツがあきれたように尋ねる。政治家か軍か官僚あたりの大物が、今回の戦いでの研究所の体たらくに何か文句の一つ二つでも付けにきたのかと思ったからだった。


 「……ナルセ、という方なのですが」


 その名前を聞いた瞬間、クロガネがほとんど短い悲鳴のような、驚きの声を発した。タカマツは振り返り、クロガネの顔色をうかがう。クロガネは目を見開き、どこか青ざめた顔をして、呆然としていた。少なくとも、何かショックを受けているのは確かだった。


 「所長?」


 タカマツが尋ねるが、クロガネはうつむき、手で額を押さえて固まってしまい、唇をかすかに震わせている。


 「……所長、どうかしましたか?」


 もう一度尋ねられて、クロガネは何か決心したかのように顔を上げる。それでも、うろたえた様子は隠しようがなかった。


 「……すまない、その客をここへ通してくれ」


 全員がクロガネを見た。いったいその客が何者なのか、誰もが知りたがっていた。


 「みんな、すまないが、この部屋から出ていってもらえないだろうか。その客と、私と、二人きりにしてくれ」


 タカマツと他の研究員たちは納得いかないという顔をしていた。だが、クロガネはもう一度念押しするようにそう言って、全員がしぶしぶ了承するように部屋を出て行った。


 部屋に誰もいなくなると、クロガネは脱力して、へたりこむようにイスに腰掛ける。目の前のモニターの奥では、まだ、悲惨すぎる戦闘を終えた戦場の光景が、白い鬼火のように映しだされたままだった。


 ――なぜ、今さら?


 クロガネは自問する。なぜ、今さら、ナルセは自分に会いに来たのだろうか。生きていたことさえ驚きだったが、あまりに出来過ぎたタイミングでの登場に、クロガネは何かの意図を感じざるを得なかった。ナルセ、この研究所に在籍していた最高の科学者、《機械》の真の発明者。そして、クロガネを、ハルミを、最もよく知る男。自分が封じ込めていた過去が、いきなり目の前に、現在以上の存在感を持った現実として立ちはだかったような感じだった。逃げ出したいような気分を必死で押さえながら、じっと、その男がやってくるのを待っていた。その反面、クロガネには期待もあった。自分が抱え続けてきた重荷を、浄化することができる人間がいるとするならば、それはナルセ以外には存在しない。もしかしたら、全てを終わらせることができるかもしれない、死神による人類の虐殺や、自分自身の死という、全てをごまかしたような偽りの終りではなく、何もかも、自分の全てを浄化することによる、真の終りを、その男ならばもたらしてくれるかもしれないのだ。

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