第2話 色

私はバス通学だった。通っている学校から家は遠かった。

放課後に、私のクラスメイトの一部が、自分の彼女と一緒に帰っていたので、それをバスの中で恨めしく見ていた。

嫉妬は見苦しかった。他人の嫉妬は見苦しかったが、自分の嫉妬は、みじめな境遇を慰めるには不可欠のものだった。それは友情よりも大事だった。失恋した今の私にとっては、嫉妬こそ、よき友人だった。

それをなくそうと思ったことはない。

もちろん、それで自分の人生が良くなるのかと問われれば、残念ながら、ノーである。いつまでも、この友人を私の胸にとどめるつもりはなかった。この友人は現状に満足させ、私を堕落させる悪友である。いつまでも付き合うわけにはいかないだろう。

意を決した私は、気になるクラスメイトの女の子に声をかけるため、放課後で二人きりになるチャンスを待った。

そのチャンスを待つ授業中のあいだ、とりあえず、頭の中でシミュレーションをやってみた。

やあ、やっと会話できたね。

うん、これは違うな。いかにもわざとらしい。映画で、宇宙人とファーストコンタクトを取るときのシチュエーションならば使えるかも。

髪に、なんかついてるよ。とってあげようか。

なんだろう、彼女の髪から、ほこりでも取ってあげるのだろうか。毛虫が付いていたら、それは大惨事だ。恋愛どころか、口をきいてもらえるかどうかすら怪しい。この案は却下。

教師の黒田が、黒板に、大きく文字を書いた。

「ここ、大事だぞ」

黒田という男は、短気な性格なのか、意地悪なのか、黒板に書いた文字を、すぐ消してしまう悪い癖があって、生徒たちには不評だった。べつだん、悪い先生ではない。手癖が悪いだけだ。

あわてて、私は自分のノートに黒板の文字を書き写した。

次の瞬間には、黒板に書かれてあった、テストに出てきそうな大事なキーワードが、きれいさっぱい消去されていた。

私はノートに目を落とした。

ノートにはこう書かれていた。

君を愛してる、と。

書き間違えたのかな。

さすがに、この言葉だけは使えないであろう。私にはそれを使う勇気はなかった。あまりにも、大胆すぎるし、なによりも、恥ずかしさで口ごもりそうだ。

女の子に声をかけるだけなら、もっと適切な言葉があるはずだった。

学校では、教えてくれないこと。私の通っているような、進学校では、まず、教えてくれない言葉。

ずっと、それを考えているうちに、とうとう、授業の終了を知らせるチャイムが鳴った。

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