ラピュタ王子、来日する
智慧の神に愛され全科学者の守護者たる父王陛下へ
日本に来て1年が経ちました。こちらの冬はラピュタに比べてとても寒いですが、友人にも恵まれて楽しくやっています。日本語も上達し、漢字も少しずつ書けるようになってきました。
さて、近年のグローバル化の流れを受け、大臣の諫言もあって日本に留学したわけですが、率直に申し上げて、父上が想像していた以上にラピュタのおかれた状態は深刻であると言わざるを得ません。
来日してまず戸惑ったのは、ラピュタ出身だと自己紹介すると、100人中100人が――これは比喩ではなく本当にそうなのです――スタジオジブリという会社が作ったアニメ映画の方を想像することです。この映画は毎年のようにテレビで放送され、たいへん視聴率が高いので、1億人の国民のほとんどが知っているということです。
そして困ったことに、その映画によると、ラピュタというのは既に滅亡した国で、かつて恐るべき科学力で全地上を支配していた恐怖の帝国なのだそうです。
とんでもない誤解です。歴史的に見ても僕たちが支配できていたのはせいぜい足元のバルニバービ国くらいで、地上人は恐怖どころかラピュタの存在を認知していません。300年前にガリヴァーという英国人が旅行記を出版して、ようやく少し名前が知れたくらいです。
アニメ映画のフィクションが大手を振るってまかり通ってしまうのは、ひとえに我が国がこれまで広報活動というものをまったく行ってこなかったせいかと思われます。
確かにラピュタは人口20万人の小国ですが、ちゃんと国連にもTPPにも加盟しているれっきとした主権国家なのですから、もっと世界的な認知を集める必要があると思われます。
このように申し上げるのは、我が国の将来の観光業化を考えてのことです。植民地であったバルニバービ国も今や独立し、ラピュタは領土の不確定性を利用した
我が国は――地面から浮いているという特異性はあるにせよ――要するに南太平洋の小さな島国なのですから、リゾート開発等を行って観光地化するのが、このグローバル社会を生き抜く数少ない戦略かと存じます。
たとえば日本ではアニメ映画の舞台を観光する「聖地巡礼」という儀式が広く一般的に行われておりますので、ラピュタもそのような需要に応える観光業化を行うのが良策かと思われます。作中の世界観に配慮して立方体のブロックを並べておいてください。素材は何でもいいです。
以上に述べたように経済の問題はたいへん深刻ですが、何よりも重要なことは、我が国はもはやとうの昔に科学大国ではなくなっているという事です。父祖たちがニュートン時代の力学について思索を深めている間に、地上人は百年も前に二重スリット実験を考案し、量子力学という新たな物理体系を作り上げていたのです。
こんなことはとうの昔に――太平洋戦争で、日米の戦闘機がラピュタの周辺を飛び回り、バルニバービ国が日本軍に占領されてしまった時に――気づいておくべきことだったのです。我が国民はその思索の深さとは裏腹に、時代の変化というものにあまりに鈍感なのです。
哲学的思索によって真理を得るというのは、地上ではもう何百年も前に廃れた手法で、現代では巨額の国家予算を使って研究所や実験施設を建造し、データを測定して実証していく時代なのです。日本はもうH2Aロケットを打ち上げて、ラピュタのはるか上空に人工衛星を打ち上げているのです。僕たちが応用技術を軽視してきた結果、かくも力の差がついてしまったのです。
もちろん、国土も小さく産業も資源もないラピュタでそこまで大規模な科学研究予算を組むことが困難ということは重々承知しております。
そこで第一歩として、情報の制約を取り除いていくのは如何でしょうか。わが国にもいい加減にブロードバンド回線を導入するべきです。いつまでもバルニバービ通信の帯域制限の厳しい3G回線が頼りでは、到底グローバル社会の流れに追いつくことが出来ません。
地上の国家はどこも海底に光ファイバーケーブルを敷設しています。ラピュタも空中ケーブルを垂らして、地上のインターネットに直結させるべきかと存じます。
ケーブルに束縛されることに国民の反発があるのは分かりますが、もはや情報が制限されている事のほうが、物理的な束縛よりもはるかに強い束縛なのです。規制の厳しい中国人でさえVPNを通して YouTube を見ているのですよ。
ラピュタは確かに小国ですが、国民の知恵と思索の深さにおいては世界に誇れる国だと確信しております。どうか父上におかれましては、我が国民の子達、孫達の世代のために、今少し哲学的思索から頭を離し、実用的な応用技術を導入し、産業の活性化と情報の流通に励んでいただければと思います。
王子より
追伸
イスラエル大使館は日本でのイメージアップのために「シャロウムちゃん」というゆるキャラを作ったそうです。ラピュタ大使館も花を持ったロボット兵のゆるキャラで広報活動を行っていくのも一案かと思います。
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