石油玉になりたい(短編集)
柞刈湯葉
人間観察
中村くんの趣味は人間観察らしい。
「オタクっぽい」「モテなさそう」「お金かかるんじゃないの」
というのがクラスの女子達の評価だった。まあ中村くんがオタクっぽくてモテなさそうなのは見ればわかるんだけど、お金に関してはちょっと不思議だ。というのは彼のお父さんはうちの父親の部下で、つまり単純に考えてうちの父親よりもお金がないはずなのだ。花も恥じらう女子高生にこづかい月5000円しかくれない親父よりも金がないってことなのだ。お母さんがバリバリ働いてるってわけでもないし、とても人間観察ができるような家庭だとは思えない。あれは結構いろいろな設備が要るし、なにより広い家が必要だ。中村くんはアパート暮らしのはずだ。
昔のマンガとかでよく見るけど、人間観察っていうのは小学生の夏休みの宿題の定番だったらしい。両親が小学生のころは、6月末になると業者の注文用紙が配られて、好きなタイプの観察用人間を選ぶと夏休みの直前に送られてきた。人間の寿命はだいたい夏休み期間と同じくらいなので、その間に赤ん坊から大人になって、年老いて死んでいくまでの期間を観察日記につけてたんだそうだ。ズボラな子供だと8月が来る前に死なせてしまったりするけど、うちの父親は几帳面なタイプだったので人間をよく世話してて、8月31日まで生きのびて先生に花丸をもらったと未だに自慢している。他に自慢することないのか。
でもそのあと人間愛護団体が「ひとりの人間をずっと閉じ込めて観察するなんて非人道的だ」って非難したせいで、このタイプの宿題はなくなって、アサガオとかの植物に変更された。今では人間観察をするときは最低でも三十人以上いっしょにして観察すると決められている。日本のたいていの家にそんなスペースの余裕はないし、ご飯代もかかるし、小学生の宿題でできるようなものじゃない。だから今では人間観察というのは鉄道模型とかと一緒でかなりマニアックな、というかオタク的な趣味として扱われる。
そんなものをどうやって中村くんの家でやってるのかと聞いてみたら、
「よかったら見に来ない」
といわれて、マジかよこいつと思ったけど一周回って行きたくなったので日曜にミユと一緒に見に行くことにした。ところが直前になってミユが彼氏に呼び出されたとかなんとかでわたしが一人で行くことになった。まあ彼のお父さんは私の父親の部下だから大丈夫だろう、何がどう大丈夫かわからんけど多分大丈夫。
彼の部屋は狭いけれどきれいに片付いていた。女の子を部屋に上げるから慌てて片付けたとかそういう感じでなく、普段からあるべきものをあるべき場所に置いておく習慣がついている人の部屋だった。人間観察の箱はドアのすぐそばの隅にあって、昼間でも直射日光があたらないようになってる。
「ほら見て」
と箱にかぶせられた薄い布を外すと、ガラスの中にはちょっとした都市があった。箱の真ん中に大きな石造りの建物があって、まわりに放射状に道路が伸びていて、たくさんの家や、工場や学校みたいな建物がある。周辺は農場になってる。そこに、ゴマ粒みたいな人間がちょこまか動きまわってる。
「すごーい」
「いま3万人いる。最初は2000人だったけど、1年でここまで増やした」
「最近の人間ってこんなちっちゃいんだ」
「大陸のほうのなんだよ。伯父さんが海外出張のおみやげに買ってきてくれた」
「この建物も中村くんが作ったの?」
「いや、おれがやったのは地形の整備だけ。農業しやすいように水路とか掘ってね。あとはこいつらが勝手に作った」
「へー、小さいのにやるなあ」
わたしはガラスの箱をこんこんと叩いた。すると中の人間たちがぞわっと全体的にわたしから遠ざかる方向に動いた。
「ああ、揺らしちゃ駄目だよ」
「あっ、ゴメンゴメン」
すぐに人間はもとの配置にもどって、何事もなかったかのように都市生活を再開した。
「箱の中から外は見えないようになってるけどね、振動とかは伝わるから、気をつけて」
「はーい」
それから中村くんはこの観察箱の上にある基盤がどのように天候や日照のリズムを調節しているかについて詳しく説明してくれた。わたしは別にそこまで興味なかったけれど興味深そうに頷いた。
あとでネットで調べてみたら、人間観察ってのはここ最近どんどん小さいタイプが人気になってるらしい。なんでかといえばそもそも箱のなかで観察するわけだから、小さいほうが箱のサイズを気にせずに済み、つまり自然の人間に近い状態を観察できるからだ。しかも社会が発達して自律的になるから、外から手を加える手間が減るし、お金もかからない。
ただこれ以上小さくすると、こんどは箱の中で宗教や国家にわかれて対立して戦争とか起こすから、このくらいで止めていくのがいちばん人道的だ、と人間愛護団体は言ってるんだそうだ。戦争とかするのも自然で人間的だし観察するべきものなんじゃないかなとは思うけど、確かにあの箱のなかであれだけの都市を築ける人間が戦争とかやり始めたら、中村くんの狭い部屋を破壊しかねないからなぁ。
(おわり)
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